まだ恋と呼べない

夏空サキ

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 古い寺の建物の廊下は歩く度きしきしと音を立てる。
 進む廊下はトンネルのようで暗く冷たいが、方丈の縁へ出ると一変。辺りは急に明るくなる。
 暗いところから一気に明るい場所へ。慣れない目に更に石庭の白砂が追い打ちをかけるように眩しく反射する。
 
 ヨリはまばゆい目を細めながらいつもの定位置である真正面に陣取ると腰を下ろした。
 石庭は低い油塀に囲まれた、それほど広くはない長方形だ。
 ブンおじさんの先々代か先先々代か…。聞いたけれど忘れてしまった。とにかくブンおじさんの先祖が、龍安寺の石庭をそっくりまねて縮小版のこの石庭を作ったらしい。
 ヨリは龍安寺の石庭も見たことがあるが、確かにそっくりだった。
 あまりに同じだったので、竜石寺の石庭を幼い頃から見慣れていたヨリは、龍安寺の石庭を見た瞬間パクリじゃんと一言呟いて祖母を慌てさせたらしい。
 今思えば本家本元さまに対してなんと失礼なと思わないでもない。
 
 庭一面には白砂が敷き詰められている。その白砂にブンおじさんは毎日流線型の紋様を描いている。
 大小15個の石がその上に配され、後は少しの緑があるだけ。
 ただそれだけの庭だ。きれいな水が流れているわけでもなく、凝った植木があるわけでもない。
 見ようによっては殺風景ともいえる。
 
 その庭を睨みつけるようにじっと見ていたヨリは、

「13個……。はぁ…」

 いつものように石の数をかぞえ、その数に肩を落とした。

 15個。
 石庭の石の数は全部でその数だ。
 けれど一度にすべての石を見ることはできない。
 どんな場所に移っても、立っても座っても見る場所、見る角度によって姿を現す石、隠れる石がある。

「やっぱ一度に全部は無理か……」

 他の石陰に隠れた石が恨めしい。
 隠れているのだから見えるはずはない。現実的な観点からはそうなる。
 ヨリだってわかっている。わかっているけれど……。

 見えない石がもし見えたなら。

 それはヨリが探し求めているものが見つかるときなのではないか。
 消えゆく祖母のため絶対に見つけなければならない場所……。

「ヨリくん! こんにちは」

 ……来た…。

 ヨリは本当はばっと振り返りたいのを我慢して、努めてゆっくりと振り返った。
 方丈の縁に白いワンピースを着た25,6歳くらいの、とヨリはそう思っているが確かめたわけではない。
 線が細く髪の長い色白の女性が眩しい太陽よりも眩しいくらいの佇まいで立っていた。

「こんにちは、ヒメ子さん」

 思わず顔が喜色に満ちるのをぐぐっとこらえ、不愛想でない程度に声色をおさえ、挨拶を返す。
 ほんとは「ヒメ子さん!!!」と会えた喜びは無限大だけれど、そんなことをするとあまりにも子供っぽくなってしまうのではとなるべくクールを装う。
 ヒメ子さんはさらりとワンピのスカートを揺らすとえへへと笑みながらヨリの隣に腰を下ろした。

 香水はつけていないとヒメ子さんは言うけれど、なんだかいつもいい香りがする。
 顔が小さくて、目がぱっちりしていて鼻筋はすっと通っていてぷっくりとした唇。
 手足は長くて髪もさらさら。
 間違いなくヒメ子さんは、ヨリが今までに見たどんな人よりもきれいな人だ。


 

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