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―――平成五年

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 次の日、映子は保と一緒にみどりばあさんの家に行った。

 昨日恵一に話した内容は、祥子、保にも伝わり、恵一は祥子と、映子は保と、それぞれ時間のあるときに、みどりばあさんがつかまるまで、家を覗きに行くことになった。

 恵一は約束通り、宮井の話は祥子には伏せた。

 みどりばあさん、つまり長谷川きよは、弟の死に関係ないようだという父の話もみんなに話したが、恵一は本人から直接聞くべきだと言い張った。

 疑いを抱えたままでいるのはよくない。はっきり本人の口から聞くべきだと。

 それで今日は保と映子がみどりばあさんの小屋へ行くことになった。

 けれど長谷川きよはいなかった。保と二人しばらく家の中で待ったが現れない。

「よく来るんやんね」

 保は板張りの床に仰向けで寝転んでいる。
 屋根の隙間から差し込んでくる明かりに、ちょうど目元が照らされている。

 よく来るのは映子か長谷川きよか、どちらのことを聞かれたのかと思ったが、きよを待っているのだからきよのことだろう。

「来たり来なかったり。二三ヶ月会わんときもあるし、毎日のように会うときもあった」

「映子のお父さん会ったんやんな、昔。お父さんに家聞いたらいいやん」

「それは聞きにくいわ」

 父はあくまで弟の死は事故死だったと前置きしてきよの話をした。
 それを掘り返すようなことを聞くのはためらわれる。

「映子が聞かれへんのやったら俺が聞いたろか」

「いいわ、やめて。余計話がややこしくなる」

「なんやねん、邪魔者扱いして」

 保はふいと逸らして、映子の視界から顔を隠した。

 結局その日もきよは現れなかった。





 その後も交代で時間の許す限りみどりばあさんの家に通ったが、きよには会えなかった。

 二学期の終業式の日、映子、恵一、祥子、保は近くのファストフード店で落ち合った。

「もしかして死んだんかな」

 保が切り出した。その可能性は映子も考えないわけではなかった。

「高齢やろうしな。それはありえる」

 恵一が賛同すれば祥子も横で頷く。

「でも思ってるより若いで」

 宮井は六十代だと言っていた。

 映子が言うと、保も言い出したわりに「確かに。まだ元気そうやった」と訂正する。

「そのきよさんに、新聞渡した配達の人は探されへんのかな」

「それは厳しいやろ。家がどこかもわからんのに無理な話やで」

「そっかぁ」

 祥子は、提案したことを恵一に否定されて意気を落とした。

 恵一と祥子は相変わらず上手くいっているようだ。
 時折デートの話を祥子から聞く。
 最近は恵一の塾が忙しく、あまり二人では会えていないらしい。
 二人で会える貴重な時間をみどりばあさんに会うべく、映子のために割いてもらっているのが申し訳なかった。保だって映子に付き合って、彼女と会う時間が減っているに違いない。

「もう、やめにしよう」

 みんなの大事な時間を奪ってまで、きよに話を聞いても仕方のないように思えてきた。

 映子がそう切り出すと保が即座に反応した。

「映子はそれでいいんか」

「いいも悪いも今更話聞いてもしょうがないやん。保が彼女と会う時間奪ってるかもしれんと思ったら嫌やし、恵一だって、医学部入るために勉強がんばらなあかんのに、こんなことに時間使ったらもったいない」

「彼女とは別れたで」

 保がふいと顔を逸らした。
 ここ最近、保はよく映子からこうやって顔を逸らす。

「えー」

 祥子が驚いて声を上げた。

「いつ別れたん?」

「十月くらいかな」

「だいぶ前やん。恵一は知ってたん?」

「俺は知ってたけど、諸事情で祥子と映子には黙ってた」

「何それ、ひっど。隠し事するなんて」

 祥子がむくれて隣りの恵一の背を軽くはたいた。保はちらりと目を上げると、恵一と目配せしあった。

「うわ、今の見た? 映子ちゃん。男同士、秘密同盟結んでるみたいでいやー」

「とにかく」

 映子はその場を取り仕切るように声を張った。

「これ以上みんなに迷惑はかけたくない。みどりばあさんのことはまた偶然会ったら聞くことにして、積極的にみん
なに何かしてもらうのはもう止めにしたい」

 断定的な映子の言い方に恵一も保も祥子も黙った。

 やがて恵一が、映子がそれでいいんやったらと承諾した。
 祥子も映子ちゃんがいいならとそれに賛同し、保だけはいつまでも首を縦には振らなかった。


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