曖昧なパフューム

宝月なごみ

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曖昧なパフューム

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「私たちなら大丈夫。この日のために、何度試作を繰り返してきたと思ってるの?」

 朱夏も警察や弁護士にあの日のことを繰り返し聞かれ、本音を言えば少々疲れていた。

 しかし、試行錯誤してようやく生み出した商品のプレゼンに、手を抜くわけにはいかない。開発チームにとって、一つひとつの商品は我が子のように大切なのだ。

「軽く百回は超えてますよね……」
「でも、そのぶん一切妥協はしてない」
「確かに。私も、自分の仕事にもっと胸を張ります」

 背後で士気を高める後輩たちを頼もしく思っているうちに、会議室にたどり着く。

 まだがらんとした室内に入ると、三人で手分けをして、コの字型に並んだ各テーブルに資料を配る。

 フレグランスのサンプルは、二~三人にひと箱回るように置いた。

 パソコンをモニターに繋ぎだいたいの準備が整ったところで、会議の参加者である各部署の責任者が集まり始める。最後に、貴人と社長の貴政が現れた。

 ふたりがモニターの正面の席に腰かけたのを確認すると、朱夏たち三人は目を合わせて頷いた。

「それでは、時間になりましたので始めさせていただきます」

 マイクの前に立つ進行役は、駒門だ。彼の言葉に合わせて咲がパソコンを操作し、モニターに資料を映し出す。

「今回、私どもが開発しましたフレグランスの新商品、『季節の欠片』。まずはこちらの特徴についてお話させていただきます」

 咲がパソコンを操作し、モニターの画像を切り替える。今回チームが開発した商品の特徴と、それによって期待できる顧客の反応、売り上げの見込みをまとめた資料がパッと表示された。

「ナチュール・デコレのフレグランスセットは、ギフトのほか自分へのご褒美として購入する消費者が増加しており、販売開始から着実に売り上げを伸ばしている人気商品です。今回は日本の四季をモチーフに開発を進めてまいりましたが、その過程で、競合他社との差別化を目的に、四季に梅雨を追加した五つのフレグランスをひとつのセットとする案が出され――」

 駒門の説明は落ち着いていて、咲のパソコン操作もとくに問題なくスムーズ。会議はとても順調に進んでいるように見え、モニター近くの席で彼らを見守る朱夏は安堵する。

 なにげなく貴人に目をやると、彼は真剣な眼差しで資料を読み込んでいる。その凛とした表情に、朱夏は不謹慎だと思いつつも密かに胸を高鳴らせた。

 こんな時の貴人は、チョコレートシロップのボトルに直接口をつける彼とは別人に見える。

「ちょっといいかな?」

 一瞬上の空だった朱夏の耳に、威厳のある低い声が聞こえた。小さく挙手していたのは社長の貴政だ。

 途端に緊張の面持ちになった駒門が、「ど、どうぞ」と答えると、貴政は資料に視線を落としつつ尋ねた。

「ナチュール・デコレのフレグランスは合成香料をいっさい使用しないのが売りだが、そのぶん高コストだ。セットの内容が一本増えれば価格も上がり、買うのを躊躇う消費者もいるだろう。それでも五本にするメリットが、競合他社との差別化以外にあるのかね?」

 視線を上げた貴政からまっすぐ視線を向けられた駒門は、「ええと、それに関しましては……」となんとか質問に答えようとするものの、やがて口ごもってしまう。

 オロオロした彼は縋るように朱夏を見つめ、朱夏は慌ててマイクの前に移動する。

 駒門と入れ替わった朱夏は、深呼吸をして貴政と目を合わせた。



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