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曖昧なパフューム
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「貴人くんのチョコレートの香り。まさか、シロップだったなんて」
貴人の体重を受け止めながら、朱夏は思わず呟いた。キラキラと汗の浮いた彼のやわらかい髪を撫でると、甘い香りがふわりと蒸発する。
チョコレートシロップそのものが貴人の甘い香りを作り出していたとは、想像もしていなかった。
どんな香料を調合しても、再現できないはずである。
「俺、いつもそんなにチョコくさい?」
「くさいとは言ってないでしょう。それに、朝は違う香りよね。チョコレートじゃなくて、甘いキャラメルの……」
香りを想像しながら口にしかけたその時、朱夏はもしかして、と思い、貴人に問う。
「まさか、朝はキャラメルシロップを飲んでるとか言わないわよね?」
「えっと……その〝まさか〟なんですけど」
彼女の至近距離で、貴人が苦笑する。
朱夏は途端に口の中が甘ったるくなった気がして、思わず顔をしかめた。
「いつか糖尿病になるわよ」
「大丈夫、これからは減らすよ。だって、なにより甘い朱夏さんを好きなだけ食べられるようになったからね」
小悪魔的な笑みを浮かべた貴人が、朱夏の唇を啄む。どきりと朱夏の胸が鳴り、さっきまで彼と繋がっていた場所が、またしても疼きだす。
「んっ、甘いのは、貴人くんの方じゃない……」
軽く唇を重ねていただけのキスが、角度を変えるたびに深くなる。絡み合う舌を伝って注がれる貴人の唾液は、シロップの何倍も甘くて、朱夏の脳を麻痺させる。
「甘いの、嫌いですか?」
「……ううん。好き」
「やっぱり今日の朱夏さんは素直だ」
クスッと笑った貴人は、口づけを再開しながら彼女の体に手を這わせる。
貴人と再会するまでの朱夏は、どうにか彼の甘い香りを再現し、心と体にぽっかりと空いた空洞を、自分で慰めようとしていた。
けれど、何度試みてもうまくいかなくて、余計に虚しくなった。
貴人自身の指先を、視線を、言葉を、甘い香りを……自分は心の底から欲しがっていたのだと、今ならわかる。
探し求めていた曖昧なパフューム。その答えを知った夜、朱夏はこの上ない多幸感に包まれながら、貴人の愛を一身に受け止めた。
大型連休が明けて数日後、社内プレゼン当日。
長い髪をきっちり後ろに束ね、着慣れた白衣に身を包んだ朱夏は、オフィス棟の高層階、広々とした会議室へ向かっていた。
「私、社長も参加される会議って初めてです……」
「俺もです。開発した商品に自信があっても、さすがに緊張するものですね」
咲と駒門が、委縮した様子で朱夏の後ろをついてくる。
開発チームから今日のプレゼンに参加するメンバーは、朱夏を含めたこの三人。
本当なら岡崎も出席するはずだったが、彼はナチュール・デコレを解雇されたため、この場にはいない。
貴人が紹介してくれた弁護士の話によると、彼の身柄はすでに釈放されているが、自宅には警察の家宅捜索が入り、在宅起訴になる可能性が高いそうだ。
ちなみに涼音は、違法薬物所持のほか尿検査により薬物の使用も明らかになり、すでに起訴が決まっている。
ここ数日の芸能ニュースは、彼女の話題で持ちきりだった。
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「んっ、甘いのは、貴人くんの方じゃない……」
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「甘いの、嫌いですか?」
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「やっぱり今日の朱夏さんは素直だ」
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けれど、何度試みてもうまくいかなくて、余計に虚しくなった。
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