曖昧なパフューム

宝月なごみ

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曖昧なパフューム

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 警察で事情を話した後、朱夏は初めて貴人のマンションを訪れた。二十六階建てタワーマンションの最上階。窓からレインボーブリッジとはじめとした海辺の夜景が見渡せる、広々とした2LDKだ。

「……貴人くんの匂いがする」

 二十畳余りのリビングダイニングに足を踏み入れた瞬間、朱夏はすん、と鼻を鳴らしてそう言った。

 落ち着いたブラウンで統一されたインテリアは洗練された大人の男性を彷彿とさせるのに、漂う香りはまるで洋菓子店のように甘い。

「そうかな? 自分じゃわからないですけど。とりあえず座って、朱夏さん」
「うん、ありがとう」

 ソファを勧められた朱夏は、少し離れたカウンターキッチンに入っていく貴人を何気なく目で追う。

 すると彼が冷蔵庫を開けたので、飲み物でも取るのだろうと予想していたら、彼が握っていたのはなぜかチョコレートシロップ。ホットケーキやバニラアイスにかけたり、コーヒーに垂らして楽しむものである。

 しかし、貴人はボトルの蓋を開けるや否や、そこに直接口をつけた。

「えっ? ちょっと……」

 信じられない。見ているだけで、自分の口の中まで甘ったるくなる。

 貴人は朱夏の視線を感じて一度ボトルから口を離す。それから、恥ずかしそうに笑った。

「驚かせてすみません。これ、夜の恒例行事で」
「こ、恒例? ってことは、まさか毎日?」

 貴人は頷き、ますます目を丸くする朱夏をクスクス笑った。

「効率的に糖分を摂取できるんで」
「そういう問題じゃないでしょう。絶対体に悪いよ」
「う~ん、わかってるんですけどね。じゃあいっそ、朱夏さんも共犯になりましょう」
「えっ?」

 まさか、と思っているうちに、キッチンから出てきた貴人がソファに腰を沈める。そして、嬉々として朱夏の口もとにボトルを差し出した。

 ふわん、と甘ったるいカカオの香りが朱夏の鼻先をかすめて思わずうっとりするが、こんな風にチョコレートを摂取するのはさすがに抵抗がある。

「本当にこれを直接飲むの?」
「嫌ですか?」
「ん……なにかにかけるならまだしも」
「あ、それなら――」

 パッと表情を明るくした貴人は、いかにも名案だという仕草で、自分の人差し指に少量のチョコレートシロップを垂らした。節くれだった指先の先端に、光沢のある褐色がちょこんと乗っている。

「えーと、貴人くん? これはどういう……」
「なにかにかけてって言うから」
「あのねえ、あなたの指は食べ物じゃな――」

 朱夏が喋っているのをいいことに、ちょうどよく開いていた唇の隙間に、貴人が無理やり人差し指を押し込んだ。

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