曖昧なパフューム

思惑は交錯して

5

　連休の間にぽんと一日あった平日、出勤した朱夏を見て目を丸くしたのは後輩の咲だ。

「朱夏先輩、どうしたんですか？」
「ふふっ。見苦しい顔でごめん。ネットで韓国ドラマを見始めたら止まらなくて」

　朱夏は用意してきた嘘を口にし、笑ってみせた。

　今、彼女は早苗の家に居候中。事情をすべて知る早苗が「泣きたいだけ泣きな」と朱夏を放っておいてくれるので、その言葉に甘えて連休中は泣いてばかりだった。

「わかります。連休と言ってもどこも混んでるし、家で映画とか見てるのが一番快適ですよね～」

　咲は疑う様子もなくそう言って、朱夏の元を離れていく。

　突っ込まれなくてよかったと安堵しながら、白衣にそでを通して作業台に書類を広げる。

　プレゼン会議は明日からの三連休を挟んだ翌日。すでに準備は整っているはずだが、今一度確認しておこうと書類に視線を落としたその時。

「嘘だろう、韓国ドラマなんて」

　音もなく朱夏の背後に忍び寄っていた岡崎が、彼女の耳元で囁く。びくっと肩を震わせた朱夏が振り向くと、余裕たっぷりな様子で腕組みをした岡崎が彼女を見下ろしていた。

「岡崎さん……」
「哀れだな、身分違いの恋をしたばかりに」

　ふっと鼻で笑う岡崎に、朱夏は眉根を寄せる。どうして彼は知っているのだろう。朱夏が目を腫らした原因が〝身分違いの恋〟であることを。

　朱夏は不気味に思うのと同時に、彼が友人の早苗をも傷つけた事実を思い出し、岡崎を睨みつけた。

「早苗にひどいことをしたそうですね」
「彼女に聞いたのか。まぁ、少々強引な手を使ったのは否定しない。しかし、そうせざるを得なかったのは誰のせいだ？　きみが専務との関係にさっさと見切りをつけて俺の元へ戻ってくれば、こっちだって誰のことも傷つけない」
「そんな、勝手です……っ」
「こうまで残酷なエゴイストになれるほど、きみに本気だいうことだ。……今夜、時間あるか？　食事をしながらふたりきりでもう一度話そう」

　吐息を交じらせた声で囁かれ、朱夏の肌が粟立つ。しかし、断ったらまた周囲の人間に危害が及ぶかもしれない。だったら、自分が傷つけられる方がましだ。

「……わかりました」
「逃げるなよ？」

　岡崎は意味深な流し目を残し、朱夏の元を去っていく。

　もしかしたら、早苗のように乱暴されるかもしれない。けれど、以前エレベーターでキスされた時のように、心を殺してされるがままにはなりたくない。

　貴人には別れを告げたけれど、彼を想う気持ちまで捨てたわけではないのだ。

　こんな自分は未練がましくて弱い人間だと思うが、貴人はそれでいいと言ってくれた。

　岡崎のことは、どうあっても二度と好きになることはない。たとえ乱暴されたとしても、絶対に心を明け渡したりしない。

　朱夏は固く心に誓い、ようやく手元の書類に視線を落とした。