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思惑は交錯して
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しおりを挟む疲れた体でマンションに帰った貴人は、どさっとソファに腰を下ろすと無意識にスマホを手に取り、朱夏に電話をした。
三回ほどのコールで『はい』と朱夏の声が聞こえ、それだけで安らいだ気持ちになる。
「今帰ってきました。今日は本当にごめんなさい」
『ううん、大丈夫。……お父様、なんのお話だったの?』
父とのやり取りすべてを正直に話したとしたら、きっと朱夏を不安にさせてしまう。
貴人はしばらく考え、貴政に言われた発言や涼音の勝手な交換条件については黙っていようと決める。
「仕事のことだった。にしても、わざわざデート中に呼び出すなんてやめてほしいよ」
『お父様も頼りにしてるのよ。貴人くんは次期社長なんだもの』
「どうだろうな」
ふたりで軽く笑った後、ふと沈黙が落ちる。電話じゃなく触れられる距離にいれば、言葉がなくても分かり合えるのに。
届かない距離を歯がゆく思いながら貴人が言葉を探していると、朱夏が先に沈黙を破る。
『ねえ、貴人くん』
「ん?」
『私たち……別れよっか』
あまりにさりげない言い方だったので、貴人は一瞬なにを言われたかわからなかった。
しかし徐々にその意味を理解し、胸に動揺が走る。
「えっ? 急にどうしたんですか? 誰かになにか言われました?」
『ううん、自分で考えたの。私、やっぱり貴人くんがそばにいると甘えすぎちゃうなぁって』
理由が漠然としすぎてていて、到底納得できない。貴人が呆然と黙り込んでいると、朱夏は続ける。
『短い間だったけど、私なんかに優しくしてくれてありがとう』
「ちょっ……勝手に話を進めないでください! 俺は全然納得してません!」
貴人は思わずソファから腰を上げる。直接朱夏の顔を見て話がしたい。スマホを耳に当てたまま車のキーを取り、玄関でもどかしく靴を履く。
「今から朱夏さんの家に行きますから、待っててくださ――」
『私、そこにはいないよ』
今にも家を飛び出そうとしていた貴人の動きが、ぴたりと止まる。彼女は電話の向こうで深呼吸をし、震える声で告げた。
『貴人くんならそう言って会いに来てくれる気がしたから……家には帰っていないの。ごめんね。でも、どうかわかって』
家に帰っていないというのなら、今はいったいどこから電話しているのか。
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「どうしてですか、朱夏さん。俺にできること、なにか……」
朱夏を繋ぎ留めたいのに、自分の口から出る言葉は具体性に欠けた頼りないものばかり。切なくて、もどかしくて、貴人の胸はちぎれそうに痛かった。
『もういいの。あなたには十分、幸せをもらった。元気でね』
「朱夏さん……っ! まだ話が!」
追いすがる貴人を断ち切るように、通話がプツッと途切れる。
ツー、ツー、と無情な音を立てるスマホを操作し、もう一度朱夏に電話を掛けようとしたが、着信を拒否されたのか、すでに繋がらなくなっていた。
「どうなってるんだ……?」
思わず困惑を口に出し、貴人は壁に背を預けると、ずるずるとその場に腰を落とす。
デートの最中、朱夏はどこか物憂げな表情だった。もしかして、最初から別れを告げるつもりで会っていたのだろうか。
貴人はぼんやり壁の一点を見つめながら、徐々に襲い来る喪失感に胸を蝕まれていった。
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