曖昧なパフューム

宝月なごみ

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思惑は交錯して

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「こんな時間になんでしょう?」

 時間的に、仕事というよりプライベートな用件で父・貴政が電話をかけてきた気がして、貴人は不機嫌さを隠さずに応答する。すると貴政の方もまた、威圧的な態度で彼に尋ねた。

『今、どこで誰と一緒にいる?』
「別に、俺がどこで誰といようと自由でしょう」
『桐野朱夏という女か?』

 あっさり言い当てた貴政に、貴人は一瞬固まる。

 どうして彼女のことを知っているのか。その上、まるで彼女を見下しているかのような口ぶりだ。

「だとしたら、なんだと言うんです?」
『一刻も早く別れろ。ロンドンにいた頃、お前はその女の元でヒモ同然の生活をしていたそうだな。下品な週刊誌に嗅ぎつけられて記事にでもなったらどうする? お前はナチュール・デコレの次期社長なんだぞ』

 どこから情報を得たのだろう。貴政に鼻息荒くまくし立てられ、貴人は面喰らった。

 しかし、一時期朱夏に養われていたも同然の生活をしていたのは事実。言い訳をするつもりはない。

「確かに、ロンドンでは彼女にお世話になっていました。しかし、今はひとりの自立した人間として、彼女と愛し合い、お互いを尊重しながら交際しています。恥ずべきこととは思いません」
『お前がどう思うかではない。私は世間の批判を懸念しているのだ』
「別に不倫をしていたわけでもあるまいし、俺は芸能人でもない。週刊誌に載ったとしても、大した反響はないと思いますが」

 まともに取り合おうとしない貴人に、貴政は大きなため息をつく。

『電話ではらちが明かない。今からうちに来なさい』
「いえ、ですから今は彼女と一緒に……」
『その彼女と別れたくないのなら、直接私に話をして納得させてみろと言っているんだ。遅くなっても構わない。待っているぞ』

 一方的に言った貴政は、貴人が返事をする前に電話を切った。どうやら言う通りにするしかなさそうだ。

 こうなったら、朱夏と別れる気はさらさらないことをこれでもかというくらいに説明してやる。

 密かに闘志を燃やしながら店内に戻った貴人は、急に帰らなくてはならなくなったことを心から朱夏に詫びた。

「急に父から実家に呼び出されてしまったので、行ってきます。会計はしておきますから、朱夏さんはゆっくり食事を楽しんで。この埋め合わせは必ずします」
「そう、お父様から……」

 朱夏の表情が曇り、貴人は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。と、同時に、もっと自分と一緒にいたかったと言われているようで、甘い切なさも感じた。

 帰り支度を調えた彼は、去り際、朱夏の耳元でひそやかに囁いた。

「この次は、食事をすっ飛ばしてベッドに行きましょう。朱夏さんが足りなくて狂いそう」
「ちょっと、なに言って……」
「正直な気持ちです。だから次は、それなりに覚悟しておいてくださいね」

 真っ赤に頬を染める朱夏の頭頂部にさりげなくキスを落とし、貴人はテーブルを離れる。

 名残惜しくてたまらないが、朱夏との約束を実現させるためには、貴政を黙らせるのが先決。朱夏とはいずれ結婚も考えているので、早いうちに交際を認めさせた方が後々楽だろうという思いもあった。

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