曖昧なパフューム

宝月なごみ

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かりそめの幸福

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「うん、絶対に深入りしちゃダメ。何人の女性と同時進行でお付き合いしてるんだか知らないけど、後で痛い目を見るよ。……でも、どうやって岡崎さんと知り合ったの?」
「会社で声をかけられたの。『ロンドン支社帰りの美人秘書さんがいるって、本当だったんだ』って、言葉巧みに食事に誘われて……。つい、いい気になって、彼の部屋までついて行っちゃったのよね」

 後悔を滲ませて、早苗が語る。悔しいが、岡崎は本当に女性をその気にさせるのが上手いのである。朱夏にも身に覚えがあるので、胃がキリキリ痛むような気がした。

「それでまぁ、ベッドの上でも楽しい時間を過ごしまして……その後、彼女になれるのかなってワクワクしながら彼の腕枕に甘えてたら、急に朱夏の話されてさ」
「えっ……?」

 朱夏は思わず瞠目した。どうしてそこに自分の名が出てくるのか。

 彼女の胸はざわざわと不穏な音を立て、早苗から目を逸らせない。

 間もなく、サラダやガーリックシュリンプ、Tボーンステーキなどの料理が運ばれてきて話はいったん中断したが、ふたりとも食事をする気分ではなかった。

 鉄板にのったステーキが焦げてぱちぱち音を立てる中、早苗がぽつぽつと岡崎との会話の内容を教えてくれる。
 
『早苗って、うちの桐野と同期だよね?』
『はい』
『彼女、今専務と付き合ってるの、知ってる?』
『えーっ! あの、香りしか興味のないザ・リケジョの朱夏が?』

 早苗はその時、岡崎が会話のネタとして、同期のスキャンダルをただ聞かせてくれているのだと思ったらしい。岡崎は早苗の髪を優しく撫でつつ、さらに続ける。

『ああ。知り合いが、デートするふたりを見かけたそうだ。しかし、どうやって知り合ったんだろうね。会社で接点があるとは思えないし』
『ああ、それは朱夏が、ロンドンで彼を養っていたからかも……』

 しかし早苗がそう口走ったとたん、岡崎の目の色が変わった。

 髪を撫でていた手がぴたりと止まり、するりと下りてきたその手は、首に添えられた。

 そうしてもう片方の手も早苗の首に当てた彼は、彼女の喉元を親指で軽く押し、笑みを消した表情で問いかけてくる。

『その話、詳しく聞かせてもらってもいい?』

 答えなければ、首を絞める。彼が口に出してそう言ったわけではないが、逆らえばなにをされるかわからない。

 恐怖を覚えた早苗は、朱夏と貴人がロンドンで一時期生活を共にしていた事実を彼に明かした。

 早苗がすべてを話し終えると、岡崎は先ほどまでの脅すような態度を改め、再び優しくなった。

『貴重な情報をありがとう。お礼にもう一度、楽しい時間を過ごそうか』

 彼はそう言って早苗の体をまさぐり始めたが、彼女の心はすっかり冷えていたため、彼を受け入れるのは苦痛でしかなかった。

 それでも岡崎の神経を逆なですまいと、早苗は必死で感じている演技をし、彼が満足するまで耐えたのだった。


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