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かりそめの幸福
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しおりを挟む残酷な思考に脳内を占拠された岡崎は逆に冷静さを取り戻し、微笑を浮かべた。
「そうか、わかった。桐野の熱意には負けたよ。俺も協力する」
「岡崎さん……ありがとうございます」
心底うれしそうに目元を緩めた朱夏に、岡崎の胸は高鳴る。歪な恋情がますます成長し、彼にしらじらしい演技をさせた。
「昨日のことも謝る。きみの気持ちを無視してあんなこと、本当にすまなかった」
小さく頭を下げた岡崎に朱夏は面食らったものの、激しくかぶりを振った。
「いえ、いいんです。もう忘れましたから。これからは、同僚としてよろしくお願いします」
そのさっぱりした態度が、岡崎の胸の内でドロドロとした感情に変換される。
まだ一日しか経っていないというのに、彼女は岡崎とのキスを忘れたらしい。貴人に上書きされたとしか思えない。
唇以外も、触れさせたのだろうか。雨の音に、香りに包まれて……だから梅雨だなんて思いついたんだろう。個人的な感情を会社の商品に反映させるなんて、ばかばかしい。
「ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ」
朱夏の前では紳士的に振舞いながらも、岡崎はやる気に満ちた彼女をどうやってどん底に突き落とし、そして自分に縋らせるか。頭の中はそんな算段でいっぱいだった。
*
【朱夏、久しぶり。同じ会社なのに全然会わないから、今度ゆっくりご飯でも食べない?】
貴人と朱夏が結ばれておよそ一週間後、五月の大型連休を控えたある夜、朱夏にそんなメッセージが届いた。
差出人は、ロンドン支社時代に貴人と朱夏を引き合わせた張本人、秘書課の三石早苗。貴人のお目付け役だった彼女は、貴人が帰国するのと同時に東京本社の社長秘書のチームに戻っていた。
風呂上がりで寛いでいた朱夏は、ミネラルウォーターのペットボトルに口を付けながら、スマホに指を滑らせる。
【本当に久しぶりだね。いいよ。いつにする?】
【お酒飲みたいから、連休前日の金曜は?】
【了解。残業回避できるように頑張る】
メッセージを送信し、目の前のテーブルにスマホを置く。
金曜日か。翌日の土曜は貴人とデートの約束をしているが、夕方からなので問題ないだろう。
早苗と話ができるのは本当に久しぶりだし、彼女になら貴人との関係を打ち明けてもいいかもしれない。
朱夏はそんなことを思って自然と口元を緩め、金曜も土曜もなにを着て行こうかなと胸を弾ませながら、クローゼットを開けた。
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