曖昧なパフューム

宝月なごみ

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かりそめの幸福

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 お互いの呼吸が落ち着いてくると、外で降り続く雨の音が今さらのように聞こえた。

 ひとりで切ない思いに包まれていた時は冷たく無情な音に聞こえたのに、貴人の腕の中にいる今は、優しく耳を撫でられる感覚なのが不思議だ。

「朱夏さん、大丈夫ですか? 抜きますね、とりあえず……」
「待って」
「え?」
「まだ、離れたくない」

 朱夏は貴人の手に自分の指を絡めてギュッと握ると、彼女らしからぬワガママを口にする。貴人はなにかを堪えるように眉根を寄せたが、やがて観念したように苦笑した。

「朱夏さん、反則……。また復活しちゃいました」

 ぐり、と腰を押し付けられ、朱夏は頬を赤らめ困った顔をする。その表情にますます煽られた貴人は、朱夏に優しくキスを落として、甘えたように囁く。

「ゴム変えて、もう一回していい?」

 そんな風にねだってくる、貴人の方こそ反則だ。大人の男の顔と、可愛い年下男の顔、その使い分けは確信犯なのだろうか。悔しいけれど、すっかりそのギャップにやられている。

 朱夏は甘い敗北感に浸りつつ、貴人を見つめて口を開く。

「ゆっくりでもいいなら……。ほら私、もう貴人くんみたいに若くないから体力がなくて」
「たったの二歳差じゃないですか。でも、ゆっくりするのは賛成。さっきはがっつき過ぎたから、もっと丁寧に朱夏さんを抱きたい」

 蕩けるような視線に胸を焦がされ、朱夏はたまらなく幸せな気持ちになる。

 体力なんて、もうどうでもいい。今夜はこのままずっと、貴人を感じていたい。

 夕食を食べていないので少し空腹を覚えていたが、その欲求すらもセックスで埋めればいいと思った。

 貴人も同じだったようで、時折水分を補給しては口移しで分け合ったり、こぼれて肌を伝う水を舐め、あとは互いの体を貪るだけで満足だった。



 スマホのアラームが朝の七時に鳴った。

 それまで泥のように眠っていた朱夏は、目を閉じたままでベッドの枕元を探り、アラームを停止すると迷わず二度寝を貪ろうとした。

 が、ぼんやりした意識の端で今日が平日であることに気付くと、カッと目を見開いて跳ね起きる。

「会社……!」

 彼女がそう叫ぶと同時にコンコンと寝室のドアがノックされ、朱夏は慌てて布団を手繰り寄せて胸もとを隠す。

「おはよう朱夏さん。体、大丈夫?」

 間もなく開いたドアから貴人が入ってきて、ベッドに歩み寄る。どうやらシャワーを浴びたらしい。昨日着ていたシャツとスラックスを身につけ、半分濡れた髪をタオルで拭いながらギシッとベッドに腰掛けて朱夏の顔を覗く。

「う、うん。ちょっと怠いけど、平気」

 貴人がここにいるということは、昨夜のめくるめく甘い時間は夢じゃない。改めてそう思うと妙に気恥ずかしくて、朱夏はつい貴人から目を逸らしてしまう。

「わ、私もシャワー浴びてこようかな!」

 布団を体に巻き付けたままベッドから下り、クローゼットから着替えを適当に引っ掴む。

 そうして足早に寝室を去ろうとしたが、追いかけてきた貴人に無理やり腕を掴んで振り向かされ、布団が体からスルッと落ちてしまうのと同時に、唇を奪われた。

 軽く触れるだけのキスなのに、昨夜何度も交わした濃厚な口づけの記憶が蘇るような気がして、朱夏の顔にたちまち熱が広がる。

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