曖昧なパフューム

宝月なごみ

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蘇る微熱

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 数日後、なにも知らない岡崎に食事に誘われた朱夏は、レストランでの食事中に話を切り出す。

『聞いちゃったんです……婚約者の方がいるって。遊びだったんですね、私とのことは』
『……それで今夜のきみは様子がおかしかったのか。確かに、日本に婚約を交わした相手がいる。でも、婚約は解消するつもりだ。朱夏を本気で愛してしまったから』
『その場しのぎの嘘はやめてください』
『嘘じゃない。俺は本当にきみを――』

 この期に及んでまだ八方美人な岡崎を許せず、朱夏は膝の上に置いていたナプキンをテーブルの上に置いて席を立つ。彼が呼び止める声を無視して、店を出た。

 あんなにひどいことをされたというのに、完全には彼を嫌いになれなくて、胸が痛い。

 はらはらと頬を伝う涙に、冷たい風が当たる。拭っても拭っても、朱夏の目には新しい涙が湧いて止まらなかった。


 破局した後も、朱夏と岡崎は同僚として表面上は何事もなかったかのように振舞っていた。しかし、朱夏の心にはぽっかり空洞があいていて、家に帰るとベッドに臥せってばかりいた。

 そしてある日、寂しさに耐えきれず、ほんの出来心で下着の中に指を忍ばせると、その行為に没頭している間だけ、体が満たされることを知る。

 かといって決して心の空洞が埋まることはなく、むしろ失恋の痛みは増した。それでも、岡崎との行為では結局一度もたどり着くことのなかった快楽の果てを知りたい思いもあり、朱夏は自分を慰めることが癖になっていった。

 かくして、同居している貴人に行為を目撃される、あの日が訪れたのである。

 岡崎の使うムスクのフレグランスを纏って、ひとり自堕落な快楽に浸っていたはずの時間が、その日から変わった。貴人の甘い香り、彼の指先、時には舌や唇が、岡崎との行為では知れなかった絶頂の感覚を教え、朱夏の心に一時の安らぎをもたらした。

 貴人はきっと、雇い主である哀れな年上女に同情し、主人の傷を舐めているような感覚なのだろう。

 その優しさに甘えてばかりではいけないと思いつつ、彼らの淫らな関係は朱夏が日本に戻ることになる春までの数カ月、途切れることはなかった。


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