曖昧なパフューム

宝月なごみ

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蘇る微熱

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『愛人、ね……。あいにく、そのポストも間に合ってるんだ。悪いね』

 廊下の陰で息をひそめる朱夏の胸が、どくんと重い音を立てて揺れる。

 これは、告白を断るための方便だ。そうでなければ彼の言う〝愛人〟のポストに就いている人物は自分だということになってしまう。

 大丈夫。彼は昨夜も自分の体を求めた。愛おしさを爆発させたような激しい行為で、高みの寸前まで連れて行かれた。

 キスだってあらゆる場所にされたし、『愛してる』の言葉で耳と心を愛撫することだって彼は忘れなかった。自分は決して、愛人なんかではない。

『……じゃあ、ロンドンの二番目、でいいです』
『しつこいねきみも』

 岡崎は鼻で笑いつつも、その声はどこか楽しげだった。朱夏の胸に嫌な予感が広がり、この場から逃げ出したいのに、足が棒のようになって動けない。

『二番目ってことは、大事になんかされないよ? 例えば……』

 衣擦れの音がして、女性が息を詰める気配がした。朱夏にはふたりの状況がハッキリとはわからないが、漂ってくる独特の濃密な雰囲気から、ふたりが接近していることが容易に想像できた。

 岡崎は、いったいなにをしているのだろう。

『こんなふうに、職場で手を出されたり』
『ん……岡崎さんが、そうしたいなら』

 女性が、まったりとした艶を纏った声でそう言ったのをきっかけに、布の擦れる音とふたりの息遣いがますます激しくなって朱夏の耳に届く。

 朱夏は嫌悪で吐きそうになり、足音を殺してその場から離れた。

 岡崎がかなり女性慣れしている男だというのは、朱夏も気づいていた。服や髪型をサラッと褒めるのがうまいし、ベッドの中ではさらに甘い言葉を惜しげもなく囁く。紳士的な振る舞いの中に時々強引な雄を滲ませるギャップもよかった。

 しかし、それは自分だけに向けられていたわけではなかった。彼には愛する婚約者がいて、自分は都合のいい女の一人だったのだ。

 なにも知らずに愛されていると思い込んでいた朱夏は、あまりにも滑稽な状況に恥ずかしくなる。

 器用な女性ならばこのまま岡崎との関係を続けられるのかもしれないが、真面目で固い彼女にそれは無理だった。

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