曖昧なパフューム

宝月なごみ

文字の大きさ
上 下
36 / 79
蘇る微熱

2

しおりを挟む
 白衣を脱ぎ、岡崎と連れ立って社員食堂のある本社ビルに移動する。

 貴人や他の重役の部屋がある三十階より一段下のフロアだが、眺めの良さは抜群だ。久しぶりに利用するので、メニューも新しくなっているかもしれない。

 朱夏は岡崎との食事にできるだけポジティブな面を探しながら、彼とともにエレベーターに乗り込む。昼休みで人の流れが多いはずなのに、三基あるエレベーターのうち朱夏たちが乗ったものには誰もいなかった。

 ドアが閉まると、朱夏はどうしても岡崎の近くには立ちづらく、エレベーターの一番隅に避難した。

 それでも気まずいので俯いていると、ボタンの前にいた岡崎がゆったりした足取りでそばまで近づいてきた。官能的なムスクの香りが、ふわりと彼女に忍び寄る。

 エレベーターが上昇する感覚と同時に朱夏が顔を上げると、岡崎は真剣な眼差しでジッと朱夏を見下ろしていた。

 彼女の心臓はギュッと縮み、思わず彼から目を逸らす。けれど、それでもなお注がれる痛いくらいの視線に耐えきれず、おずおず彼を見上げた。

「岡崎、さん……?」

 岡崎は怯えた瞳で問いかけた彼女に手を伸ばし、指先で顎をすくった。

「なあ朱夏、早く思い出せよ。……あんなにも、俺とのセックスに溺れていた自分を」

 至近距離で、岡崎が囁く。

 こんな場所で突然、なにを言うのだろう。

 朱夏はその絡みつくような声から逃れるように顔をそむけ、必死で異を唱える。

「さっき、絶対変なことはしないって……!」
「こんなに運よくふたりきりになれるとは思えなかったからね」

 クスッと笑う岡崎に、朱夏の肌が粟立つ。途中で誰か乗り込んでくればいいのに、こんな時に限ってエレベーターは止まらない。

「伝えたいことは山ほどあるが、その前に、こんな絶好の機会をチャンスを逃すわけにはいかないな……悪いけど」 

 そう言って微かに笑った岡崎は、顔を傾けて目を閉じ、朱夏の唇を奪った。そのまま朱夏を背中から壁に追い詰め、彼女の顔を両手で包み込んでさらなる攻撃態勢に入る。

「ん、や……っ」

 朱夏はいやいやと首を振りたいが、大きな手にがっちり顔を固定されてしまい、執拗なキスから逃れられない。岡崎の濡れた舌が彼女の唇をこじ開け、彼女の意思を確認することもなく、口内を蹂躙する。

「お願い……やめ、……んっ」

 こんなやり方、あまりにもひどい。瞳に涙を浮かべた朱夏が懇願しても、岡崎は息を荒くしてキスに没頭するばかりだ。

「俺たち、キスも、体の相性も最高だっただろう? きみと別れてから……俺は何度きみを想像して抜いたことか」

 キスの合間に、興奮と切なさを混じらせた声で岡崎が語る。朱夏はなにも応えられない。

 なぜなら朱夏にも、彼を想像し、ひとりで不毛な行為に溺れていた時期がある。もしかしたら自分は彼よりもひどいのかもしれない。その行為を、他の男に手伝わせていたのだから。

 自分で自分を軽蔑するのと同時に、朱夏の心がゆっくり閉じていく。

 岡崎の強引なキスに抵抗する気力もなくなり、朱夏は目的階に到着するまでの間、まるで人形になったかのごとく意思を捨てて、彼の好きなようにさせた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

モース10

藤谷 郁
恋愛
慧一はモテるが、特定の女と長く続かない。 ある日、同じ会社に勤める地味な事務員三原峰子が、彼をネタに同人誌を作る『腐女子』だと知る。 慧一は興味津々で接近するが…… ※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様 ※他サイトに投稿済み

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...