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未熟な関係
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しかし、そんな朱夏の胸の内を知る由もない貴人は、朱夏の隣に立って、その肩にポンと手を置く。
「紹介するよ、涼音。うちの社の優秀なパフューマー、桐野朱夏さん。で、これから俺の彼女に――」
「桐野朱夏?」
「彼女になる予定」と言おうとした貴人の話を遮るようにして、涼音が声をあげた。先ほどまでの天真爛漫な様子はなりを潜め、鋭い眼差しで朱夏を上から下まで観察する。
「あの、なにか?」
居たたまれなくなった朱夏がおそるおそる尋ねると、涼音はパッともとの無邪気な表情に戻る。その変わり身の早さが、逆に不気味だった。
「いいえ、なにも。……そっか、あなたが朱夏さん。会えてよかった」
ニコニコと微笑む彼女の口の端が、微かに痙攣している。朱夏はどきりとして目を逸らしたが、その不自然な笑みはいつまでも脳裏にこびりついて離れなかった。
涼音はまもなく撮影に呼び戻されてふたりの前から去っていったが、朱夏はすっかりデートを楽しむ気分ではなくなってしまった。
今日は貴人に自分の気持ちを伝えるつもりだったが、今となってはそんな勇気もない。
スイーツビュッフェではたしかに楽しい時間を過ごしていたはずなのに、涼音の登場によって、朱夏の自信やプライドは呆気なく崩れていたのだ。
それに対して貴人の方は、涼音という邪魔者が入ったとはいえ、朱夏に想いを伝えたいという気持ちに変わりはなかった。
涼音が壊した甘い空気を取り戻そうと、浮かない顔をする朱夏の手を、再びギュッと握って歩き出す。
「涼音がいきなりすみませんでした。彼女とは同い年で、親同士の仲も昔から良くて。でも、それだけの関係です。俺がこうやって、手を繋いで一緒に歩きたいと思うのは――」
「でも、元許嫁だったんでしょ?」
貴人の言葉にかぶせるように、朱夏が言った。その声にはほんの少し、棘が含まれている。
「ええ、でも言葉通り〝元〟なので、今は全然なにも」
「嘘よ。なにもないって言うんだったらどうして……」
朱夏はつい、声を荒らげて貴人を見上げた。
なにもないなら、どうして貴人にいきなり抱きついてきたりするのか。朱夏の存在に、疎ましそうな視線を向けてくるのか。それに、彼女に香水をプレゼントした件だって。
朱夏は一気にまくし立てようとして、けれど寸前で貴人に嫌われるのが怖くなり、言葉の先を継げない。
ギュッと唇を噛み、もどかしい思いで彼を見つめる。
「朱夏さん、落ち着いてください。俺は」
「落ち着けるわけなんて、ない」
朱夏は感情的にそう言って、繋いでいた貴人の手を振りほどいた。貴人の瞳に傷ついた色が浮かび、朱夏の胸がちくちく痛む。
まるで駄々っ子みたいだ。三十にもなってみっともない。彼女の中にわずかに残る理性が冷静にそう指摘するが、それを凌駕する嫉妬心や自尊心が嵐のように入り乱れて、もう引っ込みがつかなかった。
「デートは終わりにしましょう。今ここで」
「どうしてですか? 俺たちちゃんと話し合って、わかり合うことが必要です」
強い口調で諭す貴人に、朱夏は暗い海のような悲しい目を向け、口を開く。
「わかり合いたくないのよ。もう、あなたとは話したくない」
「朱夏さん……」
愕然と立ち尽くす貴人を残し、朱夏は踵を返す。砂浜に足を取られながらも、一刻も早く貴人から離れられるよう、大股で歩いていく。
涼音は相変わらず、眩しい太陽にも負けない輝きを放ちながら撮影を続けていて、その姿を横目に見ていると、またしても自分の周囲だけが日陰のように暗い気がして、朱夏は気が滅入った。
「紹介するよ、涼音。うちの社の優秀なパフューマー、桐野朱夏さん。で、これから俺の彼女に――」
「桐野朱夏?」
「彼女になる予定」と言おうとした貴人の話を遮るようにして、涼音が声をあげた。先ほどまでの天真爛漫な様子はなりを潜め、鋭い眼差しで朱夏を上から下まで観察する。
「あの、なにか?」
居たたまれなくなった朱夏がおそるおそる尋ねると、涼音はパッともとの無邪気な表情に戻る。その変わり身の早さが、逆に不気味だった。
「いいえ、なにも。……そっか、あなたが朱夏さん。会えてよかった」
ニコニコと微笑む彼女の口の端が、微かに痙攣している。朱夏はどきりとして目を逸らしたが、その不自然な笑みはいつまでも脳裏にこびりついて離れなかった。
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それに対して貴人の方は、涼音という邪魔者が入ったとはいえ、朱夏に想いを伝えたいという気持ちに変わりはなかった。
涼音が壊した甘い空気を取り戻そうと、浮かない顔をする朱夏の手を、再びギュッと握って歩き出す。
「涼音がいきなりすみませんでした。彼女とは同い年で、親同士の仲も昔から良くて。でも、それだけの関係です。俺がこうやって、手を繋いで一緒に歩きたいと思うのは――」
「でも、元許嫁だったんでしょ?」
貴人の言葉にかぶせるように、朱夏が言った。その声にはほんの少し、棘が含まれている。
「ええ、でも言葉通り〝元〟なので、今は全然なにも」
「嘘よ。なにもないって言うんだったらどうして……」
朱夏はつい、声を荒らげて貴人を見上げた。
なにもないなら、どうして貴人にいきなり抱きついてきたりするのか。朱夏の存在に、疎ましそうな視線を向けてくるのか。それに、彼女に香水をプレゼントした件だって。
朱夏は一気にまくし立てようとして、けれど寸前で貴人に嫌われるのが怖くなり、言葉の先を継げない。
ギュッと唇を噛み、もどかしい思いで彼を見つめる。
「朱夏さん、落ち着いてください。俺は」
「落ち着けるわけなんて、ない」
朱夏は感情的にそう言って、繋いでいた貴人の手を振りほどいた。貴人の瞳に傷ついた色が浮かび、朱夏の胸がちくちく痛む。
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「わかり合いたくないのよ。もう、あなたとは話したくない」
「朱夏さん……」
愕然と立ち尽くす貴人を残し、朱夏は踵を返す。砂浜に足を取られながらも、一刻も早く貴人から離れられるよう、大股で歩いていく。
涼音は相変わらず、眩しい太陽にも負けない輝きを放ちながら撮影を続けていて、その姿を横目に見ていると、またしても自分の周囲だけが日陰のように暗い気がして、朱夏は気が滅入った。
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