33 / 79
未熟な関係
10
しおりを挟む
しかし、目を逸らしても朱夏の鋭敏な嗅覚が感じ取るのは、涼音の香水の匂いだった。
甘く華やかで、それでいて官能的な、チュベローズの香り。それにスパイシーな香りも相まったこの香水は、イギリスの人気ブランドの商品だ。ロンドンにいた頃、街中ですれ違う女性たちから、彼女はこの香りを何度も感じたことがある。
「……涼音。離れて」
貴人は淡々とした調子で、彼にくっついたままの涼音をあしらう。しかし、その冷たい態度に朱夏が安堵することはなかった。
新進気鋭の女優である猪狩涼音。その体全体から放たれる芸能人オーラが眩しいのはもちろん、なぜか貴人までも、彼女に負けないくらいキラキラして見える。
貴人は芸能人ではないが、ナチュール・デコレ創業家の御曹司としての育ちの良さが、自然とにじみ出ているのかもしれない。
そんなふたりが、親しげな様子で互いを下の名前で呼び合っている。ここに芸能記者がいたなら、間違いなくカメラのシャッターを押すに違いない。
完全に傍観者となった朱夏がそんなふうに思っていると、未だ貴人から離れない涼音が、甘ったるい声を出す。
「貴人がこの香りに気づいたら離れる~」
「香り? そういやくさいな。つけすぎだよ香水」
「ひっど~い。これ、貴人がくれたお土産だよ?」
その言葉に、朱夏の眉がぴくりと震えた。
目の前でまばゆいオーラを放つお似合いのふたりは、下の名前で呼び合うだけでなく、土産を渡す仲らしい。
確かに貴人はロンドンから帰国したばかりだ。イギリスの人気ブランドの香水は、若い女性にたいそう喜ばれる品だろう。しかし、決して安い商品ではない。いくら貴人に経済力があろうと、誰にでもポンポンと渡すような土産ではないはずだ。
「そうだっけ? 父に言われて仕方なく用意したものだから、サンプルを嗅いでもないし、いちいち覚えてないよ。だから、いい加減離れて」
「は~い。冷たいなぁ、元許嫁だって言うのに」
そう言いながら渋々貴人の体から腕をほどいた涼音は、ここでようやく朱夏の存在に気がついた。キョトンと目を丸くして、他人行儀に会釈する。
しかし、朱夏の方は頭を下げることも愛想笑いを向けることもできなかった。そして貴人が過去に断った縁談の相手を、今まで深く想像してこなかった自分を恥じた。
ぼんやりと〝良家のお嬢様〟ふうの人物を思い浮かべてはいたものの、こんなにも鮮やかな色彩を纏った本人がくっきりと視界に入ると、自分がいかに身の程知らずだったのかを思い知らされる。
この砂浜に太陽の光を遮るものなどないのに、朱夏は自分のいる場所だけが日陰になったかのような錯覚を覚えた。
甘く華やかで、それでいて官能的な、チュベローズの香り。それにスパイシーな香りも相まったこの香水は、イギリスの人気ブランドの商品だ。ロンドンにいた頃、街中ですれ違う女性たちから、彼女はこの香りを何度も感じたことがある。
「……涼音。離れて」
貴人は淡々とした調子で、彼にくっついたままの涼音をあしらう。しかし、その冷たい態度に朱夏が安堵することはなかった。
新進気鋭の女優である猪狩涼音。その体全体から放たれる芸能人オーラが眩しいのはもちろん、なぜか貴人までも、彼女に負けないくらいキラキラして見える。
貴人は芸能人ではないが、ナチュール・デコレ創業家の御曹司としての育ちの良さが、自然とにじみ出ているのかもしれない。
そんなふたりが、親しげな様子で互いを下の名前で呼び合っている。ここに芸能記者がいたなら、間違いなくカメラのシャッターを押すに違いない。
完全に傍観者となった朱夏がそんなふうに思っていると、未だ貴人から離れない涼音が、甘ったるい声を出す。
「貴人がこの香りに気づいたら離れる~」
「香り? そういやくさいな。つけすぎだよ香水」
「ひっど~い。これ、貴人がくれたお土産だよ?」
その言葉に、朱夏の眉がぴくりと震えた。
目の前でまばゆいオーラを放つお似合いのふたりは、下の名前で呼び合うだけでなく、土産を渡す仲らしい。
確かに貴人はロンドンから帰国したばかりだ。イギリスの人気ブランドの香水は、若い女性にたいそう喜ばれる品だろう。しかし、決して安い商品ではない。いくら貴人に経済力があろうと、誰にでもポンポンと渡すような土産ではないはずだ。
「そうだっけ? 父に言われて仕方なく用意したものだから、サンプルを嗅いでもないし、いちいち覚えてないよ。だから、いい加減離れて」
「は~い。冷たいなぁ、元許嫁だって言うのに」
そう言いながら渋々貴人の体から腕をほどいた涼音は、ここでようやく朱夏の存在に気がついた。キョトンと目を丸くして、他人行儀に会釈する。
しかし、朱夏の方は頭を下げることも愛想笑いを向けることもできなかった。そして貴人が過去に断った縁談の相手を、今まで深く想像してこなかった自分を恥じた。
ぼんやりと〝良家のお嬢様〟ふうの人物を思い浮かべてはいたものの、こんなにも鮮やかな色彩を纏った本人がくっきりと視界に入ると、自分がいかに身の程知らずだったのかを思い知らされる。
この砂浜に太陽の光を遮るものなどないのに、朱夏は自分のいる場所だけが日陰になったかのような錯覚を覚えた。
0
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
モース10
藤谷 郁
恋愛
慧一はモテるが、特定の女と長く続かない。
ある日、同じ会社に勤める地味な事務員三原峰子が、彼をネタに同人誌を作る『腐女子』だと知る。
慧一は興味津々で接近するが……
※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様
※他サイトに投稿済み
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる