曖昧なパフューム

宝月なごみ

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未熟な関係

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「貴人くんってさ……どう考えても私を太らせようとしてるよね」

 真っ白なクロスのかかった丸テーブルで向き合う朱夏が、じとっとした眼差しで貴人を睨んだ。

「じゃ、もうここを出ます?」
「そ、そんなことは言ってない! まだ食べてないものいっぱいあるんだから……!」

 慌てて言った朱夏が視線を向けたのは、広いホールの一角に所狭しと並べられたスイーツの数々。

 オーソドックスなショートケーキ、春らしい桜色のロールケーキ、宝石のように色とりどりのフルーツがあしらわれたタルト、ティラミス、ガトーショコラ、プリン。

 数えきれないほどの甘い誘惑に、無意識のうちに瞳を輝かせている朱夏を、貴人はにこにこと見つめている。

 ここは、お台場のラグジュアリーホテルの一階にある、広々としたラウンジ。内装はスタイリッシュなインテリアで統一され、たっぷりの陽射しが入る大きな窓越しに緑豊かな庭が広がる。

 土曜日の昼、貴人がデートプランの一番に持ってきたのは、この場所で開催されているスイーツビュッフェだった。

「なんか思い出すな。昔、〝太るから〟って、俺の作ったお菓子を拒否する朱夏さんに、無理やり餌付けしてたの」
「餌付けって……。当時大変だったんだからね。お菓子のぶんのカロリー消費するためにわざとひと駅歩いたり、エレベーターより階段を使ったり」
「でも俺は幸せだった。朱夏さんと甘いものを食べて、他愛もない話をするあの時間が」

 テーブルに頬杖をつき、至福といった感じに目を細めた貴人に、朱夏はどぎまぎしてしまって視線を泳がせる。そして、話をそらすように言った。

「お菓子作りは、誰に教わったの?」
「小さい頃、家にいたお手伝いさん。忙しい父はほとんど家に寄りつかないし、母は仕事をしていなかったけど、社交的であまり家にいない人だったから、そのお手伝いさんが母親代わりでさ」
「そうだったんだ……。寂しかった?」
「いや、全然。お手伝いさんが優しかったし、外には友達もたくさんいたし」

 そう言うと、朱夏が感心したような眼差しで貴人を見つめ、嘆息する。

「すごいね、貴人くんは」
「別にすごくはないけど……ま、朱夏さんは寂しがり屋だからね」

 からかうように言うと、朱夏は心外そうに口を尖らせた。

「ええ? 別にそんなことないよ」
「どの口が言うんだか。……あの頃は、毎晩俺がいないと眠れなかったくせに」

 そう口にしてから、貴人はハッとする。
 つい口が滑った。そんな気まずさを漂わせ、口元を手のひらで覆う。

「……ゴメン、言わない約束だった」

 上目づかいでちらりと朱夏の表情を窺うと、彼女は頬を真っ赤に染めてこちらを睨んでいた。

 今日のデートで、ふたりは一つだけ約束を交わしていた。それは、ロンドンで一緒に暮らしていた間の秘密の儀式について、絶対に触れないということだった。

 ――そりゃ、彼女にとっては忘れたい過去かもしれないけれど。

 貴人の脳裏に、その〝過去〟が一つひとつ蘇る。

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