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未熟な関係
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しおりを挟む『本当に、明日帰っちゃうんですか?』
『うん……』
『寂しいな。朱夏さんは?』
『私も寂しいけど……少しホッとしてるかな』
三年前。朱夏が日本に発つ前の晩。
引っ越しの片づけも済みがらんとした部屋で、ふたりは床の上に直接座ってワインを開け、最後の晩酌をしていた。
少し前に父親と和解した貴人はすでに新しい部屋を契約済みで、ハウスキーパーの仕事も終了した。
しかし、その夜は朱夏に自分の想いを伝えるつもりで、彼女のフラットを訪れていたのだ。
『ホッとしてる……。好きだった人と離れられるから?』
朱夏がひとつの恋をずっと引きずっていたのを、貴人は一番近くで見てきた。その相手と物理的に距離を置けることが救いなのだろうと思って尋ねたら、朱夏は小さくかぶりを振った。
『ここにいると、どうしても貴人くんに甘えちゃうから』
『俺……?』
貴人が首を傾げると、朱夏は酔ってトロンとした眼差しで彼を見つめる。
『うん。失恋から立ち直れたのは間違いなくあなたのおかげで、とっても感謝はしているよ? でも……やっぱり、おかしな関係だったじゃない?』
自嘲気味にそう言われると、貴人の胸がざわっと波立った。
おかしい、とはどういう意味だろう。恋人でもないのに恋人のような戯れをしていたことをそう言われるのなら、心外だ。朱夏の気持ちはどうあれ、自分はとても純粋な気持ちで彼女に触れていた。
朱夏の助けになりたい。傷ついた心を癒したい。
そうしていつか、自分自身を欲しがってもらえたら――。そう願っていたのに。
『どうしたら、おかしな関係じゃなくなる?』
『え?』
『俺……ちゃんと、朱夏さんに触れる権利が欲しい』
貴人はコツ、と手にしていたグラスを床に置き、隣に座る朱夏に顔を寄せる。
『朱夏さん、俺、あなたのことが――』
至近距離で彼女の瞳を覗き、思いの丈をぶつけようとしたその時だ。
『待って! 言わないで、貴人くん』
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『なんで……?』
『今、あなたの気持ちを聞いたら……私、日本に帰れないよ』
彼女のか細い声は殺風景な部屋の中でやけに大きく響いて、貴人の胸が締めつけられる。
本音では、おそらく朱夏も自分と同じ気持ちなのだ。しかし、もしも恋人になったら、日本とロンドンでの遠距離恋愛になる。愛情があれば大丈夫と、気安く言える距離ではない。
離れ離れになってつらい思いをするくらいなら、この恋はなかったことにしましょう。朱夏は、そう言いたいのだろう。
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