曖昧なパフューム

宝月なごみ

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痛みを思い出させる人

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 一週間後。朱夏はオフィス棟で行われた販売部との会議にチームの数人を連れて参加した。現在手掛けている〝四季〟とはまた別の、ティーン向け商品についての会議だった。

 それがちょうど昼頃終わり、ともに会議に参加していた咲と外でランチでもしようかと話していた時のことだ。

「あ、あれって専務ですよね。やっぱりイケメン……」

 一階のエントランスを通りかかった時、咲がつぶやいた言葉に思わず反応し、顔を上げる。

 そこには男性秘書を連れて颯爽と社内を闊歩する貴人の姿があり、朱夏はつい視線を奪われた。こうして見ると、昔とは別人のようだ。

 彼が身に纏うのは、仕立てのよいブランドスーツ。きれいに磨かれた革靴。いつも人懐っこい笑みを浮かべている口元はきりりと引き締まり、目元も朱夏を前にした時とは違って鋭い印象だ。

 すっかり大人の男性へと変貌を遂げた彼に否応なく高鳴る胸の音を聞いていると、咲が言う。

「そういえば、朱夏さん、前に食事に誘われてませんでした? ロンドンでお世話になったとかなんとか」
「えっ? あぁ……ロンドン支社にいた頃に、ちょっと一緒に仕事したことがあって」

 真っ赤な嘘である。当時の貴人は営業をしていたそうだが、向こうでも研究一筋だった朱夏は彼が同じ会社の人間だとは露ほども知らなかったし、あの頃彼と一緒に〝して〟いたのは仕事ではない。

 そこまで思った瞬間、朱夏の脳裏にある断片的な映像が再生される。

『朱夏さん……手伝います、俺』

 貴人の甘い香りに包まれながら、艶っぽく濡れた声に耳を犯され、意地悪な指先に体を探られ、おかしな関係だとわかっていながらも、彼の慰めに救われていた、あの濃密な日々――。

「桐野さん!」

 過去に思いを馳せてぼうっとしていた朱夏の耳に、現実の貴人の声が飛び込んでくる。

 ハッとして顔を上げると、先ほどまできりっとした専務の顔をしていたはずの彼が、まるで飼い主を見つけた犬のように無邪気なうれしさを滲ませた顔で、歩み寄ってきた。

 咲はそのイケメンオーラに恐れをなしたのか、「うわっ、こっちに来る!」と言いながら、慌てて朱夏の後ろに隠れてしまった。

「こっちに来てたんですね、珍しい」
「……ええ、さっきまで会議で」

 平静を装って答えながら、朱夏はどぎまぎしていた。先日食事をしてから、まともに会話を交わすのは今日が初めてだ。

 あの日、帰り際にキスをされた額がその熱を思い出したかのようにじりじりと火照ってくるような気がする。


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