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再会と急接近
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朱夏は懐かしい気持ちに包まれながら席に着き、飲み物を注文したところで話しだす。
「貴人くんに初めてお給料をあげた時、こういうお店に連れて行ってくれたよね」
「あ、覚えててくれました? 本当はカッコつけてもっと高級な店にしたかったんですけど、居候の身でそれは違うだろって思って」
「ふふ、確かに」
「でも、結果すごく気に入ったので、今回も高級な店より、思い出の店を選んでみました」
貴人はうれしそうに頬を緩ませながら、店の説明をする。
「この店はフィッシュアンドチップスはもちろん、シェパーズパイにミートパイ、スコッチエッグ、スイーツも、イギリス風のものが食べられます」
「へえ、楽しみ。でも珍しいよね。イギリス料理のお店」
「朱夏さんのために頑張って探しました。って言っても、スマホ弄っただけですけど」
冗談めかして語る貴人だが、彼が一生懸命スマホを睨んでいる姿を想像すると朱夏は微笑ましい気持ちになった。こうしていると、過去の彼と今の彼とのギャップはあまり感じない。しかし、会社での立場に関しては違う。
「ところであなた、社長の息子だったの? あの頃は勤め先すら教えてくれなかったじゃない」
「ごめんなさい。当時はフルネームも伏せていましたが、俺、庄司貴人っていいます。うちの社長、庄司貴政のひとり息子です」
噂で社長に息子がいるというのは朱夏も知っていたが、それが貴人だとは夢にも思わなかった。なぜなら初対面の貴人は、朱夏の抱く御曹司のイメージとはかけ離れた風貌をしていたから。
お世辞にも綺麗とは言えない服に身を包み、髪はぼさぼさ。そして何日もまともに食事をしていないように、やせこけた頬。
事情を聞くと、彼は会社勤めの傍らキャリアアップのためのITスクールに通っているのだが、費用を工面してくれていた父親と大喧嘩をし、突然自分で賄わなくてはならなくなったそう。
しばらくして家賃が払えなくなり友人の家を転々としていたが、次第に迷惑がられ始め、路上生活をするしかないかと覚悟を決めた頃……『お人好しの朱夏なら助けてくれるかもしれない』と、彼女に連絡した者がいた。
「だから早苗とも知り合いだったわけね」
「はい。彼女が朱夏さんとお友達だったおかで助かりました」
三年前のロンドンで朱夏に彼を紹介したのは、朱夏の同期で英会話に堪能な三石早苗。
彼女は貴人の父親が息子のお目付け役として同じロンドン支社の営業部に送り込んだ人材で、日本にいた頃は本社の秘書課に勤務し、数人のチームで社長秘書を担当していた。
早苗は貴人の営業成績はもちろんのこと、スクールの成績やプライベートに至るまでも逐一社長に報告していたが、貴人と社長との大喧嘩の後、貴人がホームレス寸前の生活をしていることだけはどうしても正直に伝えられず、なんとかできないかと頭を悩ませていた。
そこで頼ったのが、友人であり、男性と一緒に住んでも心が揺れたりしないであろう(これは完全に早苗の偏見なのだが)、理系女子の朱夏だった。
まだふたりとも日本にいた頃は、働く部署こそ違えど時間が合えば一緒にランチをするほど親しい仲だったのだ。
しかし、早苗は朱夏がいくら聞いても貴人と知り合ったきっかけを教えようとせず、『お願いだから彼に人間らしい生活をさせてあげて』とだけ頼み込んできた。早苗の家ではダメなのかと尋ねてもみたが、彼女は度を超えた潔癖症のため却下された。
朱夏は困ったが、行くあてのない貴人が捨てられた子犬のように思え、同情心から自分の部屋に住まわせることにした。家事をしてくれれば、ハウスキーパーとして少しの給料を支払う約束も。
LDK以外の独立した部屋は朱夏が寝室として使っているひと部屋しかなかったため、貴人が寝る場所はリビングのソファしかない。
しかしそんな条件でも、貴人は心から感謝して、彼女のために健気に家事をした。
「貴人くんに初めてお給料をあげた時、こういうお店に連れて行ってくれたよね」
「あ、覚えててくれました? 本当はカッコつけてもっと高級な店にしたかったんですけど、居候の身でそれは違うだろって思って」
「ふふ、確かに」
「でも、結果すごく気に入ったので、今回も高級な店より、思い出の店を選んでみました」
貴人はうれしそうに頬を緩ませながら、店の説明をする。
「この店はフィッシュアンドチップスはもちろん、シェパーズパイにミートパイ、スコッチエッグ、スイーツも、イギリス風のものが食べられます」
「へえ、楽しみ。でも珍しいよね。イギリス料理のお店」
「朱夏さんのために頑張って探しました。って言っても、スマホ弄っただけですけど」
冗談めかして語る貴人だが、彼が一生懸命スマホを睨んでいる姿を想像すると朱夏は微笑ましい気持ちになった。こうしていると、過去の彼と今の彼とのギャップはあまり感じない。しかし、会社での立場に関しては違う。
「ところであなた、社長の息子だったの? あの頃は勤め先すら教えてくれなかったじゃない」
「ごめんなさい。当時はフルネームも伏せていましたが、俺、庄司貴人っていいます。うちの社長、庄司貴政のひとり息子です」
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お世辞にも綺麗とは言えない服に身を包み、髪はぼさぼさ。そして何日もまともに食事をしていないように、やせこけた頬。
事情を聞くと、彼は会社勤めの傍らキャリアアップのためのITスクールに通っているのだが、費用を工面してくれていた父親と大喧嘩をし、突然自分で賄わなくてはならなくなったそう。
しばらくして家賃が払えなくなり友人の家を転々としていたが、次第に迷惑がられ始め、路上生活をするしかないかと覚悟を決めた頃……『お人好しの朱夏なら助けてくれるかもしれない』と、彼女に連絡した者がいた。
「だから早苗とも知り合いだったわけね」
「はい。彼女が朱夏さんとお友達だったおかで助かりました」
三年前のロンドンで朱夏に彼を紹介したのは、朱夏の同期で英会話に堪能な三石早苗。
彼女は貴人の父親が息子のお目付け役として同じロンドン支社の営業部に送り込んだ人材で、日本にいた頃は本社の秘書課に勤務し、数人のチームで社長秘書を担当していた。
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