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9.ミネルヴァ

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「ミネルヴァ…」
「どうした?」
「頼む。目を、目を覚ましてくれ…!お前は、操られているんだ!目を覚ましてくれ!お願いだ!目を覚ましてくれ!」

 俺は必死の思いで叫んだ。今すぐに魔王を倒さなければいけない。そうしなければ世界は終焉を迎えてしまう。そして、魔王を倒すためには、ミネルヴァの力が不可欠なのだ。
 ミネルヴァが正気に戻り、拘束を解いてくれれば、勝機を見つけることもできるだろう。今は勝てずとも逃げることは可能だ。何より、根は暖かくて優しい元のミネルヴァに戻って欲しくて…俺は必死に叫んだ。

「言いたいことはそれだけか?」

 しかし、俺の必死の叫びはミネルヴァには届かなかった。必死の形相で叫ぶ俺を、冷たい目で眺めるだけだ。

「確かに私はこの男に操られている。とびっきりの洗脳魔法をかけられてな」
「なっ!?」
「ふふふ、こんな強力な魔法をかけられたのは初めてだ」

 驚くことに、ミネルヴァは自身が洗脳下にあることを自覚していた。
 それならば…ミネルヴァほどの魔道士ならば…洗脳を自力で解くことだって可能じゃないのか。
 そう言おうとした俺を遮るように、ミネルヴァは話を続けた。

「この男は、そうまでして私を必要としてくれている…つまり、洗脳してまで私のことが欲しかったのだ。それに対してお前はどうだ?私の洗脳を解除しようとして、お前は何をした?」
「なっ…」
「お前はただ無様に叫ぶだけだ。そんなことは誰でもできる行動だ。私がそんな陳腐な行動になびくわけがないだろう」
「何を、言ってるんだ…」

 ミネルヴァは自分が洗脳されていることを自覚している。それなのに…洗脳を甘んじて受け入れている。どうしてだ。そして…あろうことか、洗脳を自覚した上で俺を試していたのだ。

「私を取り返したいと本心から願うのなら、行動で示せ。この男を超える魔術で私の洗脳を解くか、この男を死に物狂いで倒せばいいだけの話だ。そうしたら私はお前の元に戻ることだろう」

 俺は、操られたミネルヴァを元に戻したい。心からそう思っている。しかし、状況はあまりにも絶望的だ。
 俺はミネルヴァのように魔術の専門家ではない。だから洗脳解除の術など知る由もない。そして…ミネルヴァの暗黒魔法で拘束されている今の状態では、魔王には勝てない…
 おそらく、ミネルヴァはそのことを分かっている。分かった上で、俺にこんな言葉を投げかけているのだ。

「やれやれ。何もできないみたいだな。お前は所詮この程度の男なのだな。つくづく失望したぞ」
「ミネルヴァ…お願いだ…」
「黙れ。お前と旅を共にしたことは私にとっては汚点だ」

 ミネルヴァの言葉が、俺の心にグサリと突き刺さる。今のミネルヴァは洗脳されている。頭でそう理解している。
 だけど、目の前にいるミネルヴァの口から、俺の尊厳を否定する言葉を投げかけられるのはとても苦しい。まるで心を抉られるようだ。

「ふふふ。この男は、お前から私を救い出してくれたのだ」

 そんな俺の心をさらに抉るように、ミネルヴァはうっとりとした表情で隣に立つ魔王を見つめた。その目は情熱的で蕩けている。俺を見つめていた時の冷酷な目とは大違いだ。
 そして魔王は、恍惚の表情を浮かべるミネルヴァに呼応するように、ミネルヴァの肩をグッと抱き寄せた。

「あぁんっ…相変わらず、逞しい身体だな。雄々しくて…それでいて紳士的だ」
「ふふふ。アレン君には悪いが、ミネルヴァは私のものだ。君には二度と渡さない」
「んうぅ…♪そんなに堂々と言われると、ゾクゾクしてしまうじゃないか…」

 魔王に肩を抱き寄せられたミネルヴァは、そのまま魔王の分厚い胸板に身を委ねた。色白の顔は紅潮していて多幸感に満ちている。そして、その情熱的な視線は魔王の顔をじっと捉えており、一時も視線を外すことがない。
 そして、ミネルヴァは俺が聞いたことない声で、魔王に甘えている。普段の淡々とした口調からは想像もつかないような、男に媚びる蕩けた声…
 そんなミネルヴァを抱き寄せながら、魔王は勝ち誇ったように笑っていた。

「ご覧の通り、私たちはすっかり親しい間柄になってしまっていてね。ミネルヴァ、昔のよしみだ。アレン君に私たちの馴れ初めを話してあげてくれ」
「もちろんだ。ふふふ、喜べアレン。この世界で何が起きているのか、ずっと疑問に思っていたんだろう。馴れ初めついでに教えてやる」

 するとミネルヴァは、魔王のもとを離れて、直立不動に固まっている俺の背後に回り込んだ。そして俺の耳元に顔を近づけて、馴れ初めについて囁き始めた。
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