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第二章 私がキスをするまで

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「ザール様、お注ぎしますわ」
「は、はい」

 あれなら、地下倉庫に連れてこられた私は様々なワインの紹介をされた。酒に疎い私にはさっぱりだったが、高価な身分の客人に振る舞うための最高級品であることは理解できた。
 そこで数本のワインボトルを手に取り、私とフロラヴィ婦人は応接室でくつろぎながらワインを飲むことにした。

「それでは、乾杯」
「乾杯」

 私は婦人とグラスを重ね、そしてワインを口にした。その味はとても繊細だった。甘味、苦味、酸味が調和しており、鼻から芳醇な香りが抜けていくような心地よさを感じた。

「美味しい…」

 思わず私はそう呟いた。その言葉を待っていたかのように、婦人は矢継ぎ早に次の酒を勧めた。

「お気に召したようで何よりですわ。さあ、まだまだいろいろなお酒がありますわ」

 私は婦人に勧められるがままに酒を飲んだ。美味しい酒を飲みたかったのもあった。それ以上に身勝手な振る舞いでリザを傷つけてしまったことから、逃げ出したかったのかも知れない。



 気がつくと私はそこそこの量のお酒を飲んでいた。倒れたり、寝たりするほどではないが、全身が紅潮する感じで、頭がぼうっとしている。
 婦人との会話でも、素直に自分の不安や弱さを吐露するようになっていた。当主になること、埋められぬ出自の違い、貴族としての教養や振る舞いへの無理解、そして…リザのこと。私の内面をこんなにも赤裸々に語ったのは、今日が始めてかもしれない。
 婦人はその話を真摯に聴いていてくれる。もしかしたら、最初から婦人はこれが狙いで、私にお酒を勧めたのかもしれない。

「ふふふ。やっとザール様の本音を聞けましたわ。本当はお辛いこともたくさんあるはずなのに、いつも気丈に振る舞っていますもの」

 あらかた話をし終えた時、婦人はにこやかに笑ってくれた。そして婦人は私の右手をそっと大切そうに両手で握りしめた。婦人のしっとりとした肌の質感に右手全体が包まれる。

「ザール様はもっと人に頼ってくださいませ。私でよければできることは何でもしますわ」

 とくん、と心臓が高鳴った気がした。そしてすぐさまリザのことが頭をよぎった。リザを傷つけてしまったばかりだというのに、私は何をしているのだ…
 今日はもう一人になろう。そして明日、リザに謝ろう。私たちは話を切り上げ、各々の寝室へと戻っていった。私の右手には婦人の両手の感触がほのかに残り続けていた。
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