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273話「深階層班(その4)・闇斬丸」

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 翌朝から、第四階層へのルート目指して第三階層の東に向かって進んでいくも……
 
「幾つかのルートがあるけど……それぞれが曲がりくねっちゃって。結局、第三階層をめいっぱい歩き回らないと東端までは辿り着かないね」
 
 昼食時にマルティナがマップ片手にぼやいていた。
 
 ハイゴブリンやハイオークという『彷徨うワンダリングモンスター』を蹴散らし、部屋毎のモンスターを屠り、魔石と戦利品は確実に入手しているとはいえ、この単調な探索にみんな疲労の色が濃い。
 
 ◆
 
 結局、一日掛けても俺達は第三階層東端までは辿り着けず、最後にホブゴブリン達を排除した部屋で野営する事になった。
 
「東端まであと少しって言っても、第二階層と同じ広さと仮定しての事なんだけどね」
 
 第三階層のマップを書きながらマルティナが言う。
 
「それにしても複雑というかなんというか……ほんとに曲がりくねってるルートですね」
 
 ドロシーがマルティナの書き込んだマップを見て呆れたように呟く。
 
「そうなんだ。あたし達が通ってない空白部分も恐らく同じ様に曲がりくねって東端へと到るルートだと思うよ。これで第三階層が予想してたより大きいフロアだとしたら、明日昼までに第四階層へいけないかもしんないよ……」
 
 今日踏破したルートを書き込み終わったのか、鉛筆を投げ捨てて身体を逸らすマルティナ。
 
「確かに、第一階層から第二階層とフロアの広さが倍になってたしね」
「この第三階層ももっと広くなってる可能性もあるって事か」
 
 俺とリズはマルティナのマップを両側から覗き込んだ。
 
「ふむ……『ウェルニア大迷宮』のそれぞれの階層がここの第二階層の倍ほどあるから──その可能性は考えられるな」
 
 アスカが刀身に打粉を打って油を拭っている。
 
「『闇斬丸』の手入れは済ませたのか?」
 
 油を拭った刀身に丁子油ちょうじあぶらを塗るアスカが顔を上げる。
 
「それがね……」
 
 腰から『闇斬丸』を鞘ごと抜いてアスカに手渡す。
 アスカは手入れの終わった刀を鞘に納めて脇に置き、俺から『闇斬丸』を受け取って鞘から抜き放つ。
 
「……綺麗なものだ……手入れしたのか……?」
「うん……二週間ほど前にね……」
「──!」
 
 師匠から貰った時には、普通の日本刀の様な刀身だったんだけど……使い込んだ『闇斬丸』は、今や黒い輝きを放つ刀身になっている。
 
「よっぽどの事がないと血糊や脂がつくこともないし、だから錆びることもない。手入れも数えるほどしかしてないんだ」
 
 オークを斬る時も結構それを心配したんだけど、『闇斬丸』の刀身は美しいままだったんだよな。
 
「さすがは『妖刀』といったところか」
「あ、多分それ『ヒヒイロカネ』でできてるからだと思うよ」
 
 俺とアスカの話を聞いて、メルダが近づいてきた。
 
「普通の『玉鋼』で打たれた刀より、錆びにくくて刃も強いんだ。それに……」
 
 アスカから『闇斬丸』を受け取って、じっと刀身を眺めるメルダ。
 
「付与された魔力が強ければ強いほど……『黒い刀身』の輝きも強いんだって。この『闇斬丸』も……なかなかのモノだよ」
「初めは普通の刀身の色だったんだけどね……」
 
 俺の言葉を聞いて、少し驚いた顔をしたメルダが『闇斬丸』を返してきたので、受け取って鞘に納める。
 メルダが立ち上がって夕食を並べだしたアルダ達の手伝いに向かったけど、ほんの少し見えたその心配そうな表情が気になった。
 
「ヒヒイロカネ製の刀か……東方の剣士の憧れだな」
「でも、アスカの刀もかなりの業物だとお見受けしましたが?」
「……父から受け継いだ物だ。事情があって奴隷に身を落とす事になっても、これだけは手放せなかった」
 
 自分の刀を見つめて、静かに笑うアスカ。このが、どんな事情があって『奴隷』に身を落とす事になったのかはわからない。でも、きっとこの『刀』は、そんな辛い状況の僅かな心の支えになったのだろう。
 俺は立ち上がって、そんなアスカの背中を優しく叩いた。
 
「さ、晩御飯食べに行こうか」
 
 顔を上げて微笑んだアスカの手を取って立ち上がらせると、俺達はみんなの居る場所へと向かった。
 
 ◆
 
 夕食を済ませ、いつものようにテントで作った目隠しの陰でカズミとレナが身体を拭いてくれる。
 
「ヒロヤくん……そういえば『身体強化フィジカルブースト』以外の魔術は覚えないの?」
 
 レナが背中越しに訊いてくる。
 
「だよね。ヒロヤも私と同じでこの世界と『魂の相性』が良いはずなんだから、魔術も覚えやすいし魔力量も高いはずだよね?」
「その筈なんだけど……俺、どうも魔力量そんなに高くないっぽいんだよね」
 
 今でこそ『身体強化フィジカルブースト』の習熟度が上がり魔力消費量が減った事もあって、この魔術に関しては何度使ってもそうそう疲労する事ないんだけどね。
 
「やっぱりそれで他の魔術は──」
 
 レナが納得したかのように呟いた。
 
「──メルダから『闇斬丸』の事を聞いたんだけど……多分その子……ヒロヤくんの魔力を使って自身の力を上昇させてるっぽいよ」
「「え?」」
 
 レナの真剣な口調とその内容に、俺とカズミは思わず驚きの声を上げた。
 
「元々、普通の色してたんでしょ? 徐々に黒く輝く刀身になったっていうのは、ヒロヤくんに使われてるうちに……ほら、多分『高位淫魔』と戦った辺りで覚醒したんじゃないかな。『魔の眷族特効』が付与されてるって聞いたし」
「た……確かに……」
 
 あの時から『闇斬丸』の斬れ味が変わった。相手が妖魔であり『魔の眷族』だったからだと思ったけど……他のモンスター相手でもかなり斬れるようになったんだよな。
 
「その『徐々に刀身が黒くなった』っていうのは、『闇斬丸』が成長してるっていう証拠だと思うの」
 
 テントを捲ってアルダが入ってきた。
 
「普通は鍛えた時に魔力が付与されて、それ以降は変わる事はないんだけどね」
 
 タオルをお湯に浸して、俺の足先を拭いだしたアルダ。
 
「でも、その『闇斬丸』はそうじゃないっぽいの。基本的な能力として『魔の眷族特効』という力が付与されてるんだけど……使用者によってその力が上昇するような造りになってるみたいなんだ」
 
 続いて入ってきたメルダが、アルダからタオルを取り上げてもう片方の足を拭ってくれる。
 
「『闇斬丸』を鍛えた人の『付与者』としての能力がずば抜けてるのか、そういう『付与者』と協力して鍛えたのか……そこは良くわからないけど、やっぱり凄い刀よその子は」
 
 レナが呆れたような口調でメルダの言葉を継いだ。
 
「ヒロヤの魔力が勝手に使われてる訳よね? ……それってヒロヤに害はないの?」
 
 カズミが心配そうに訊く。
 
「確かに心配だな……」
「ええ。ヒロヤさん自体があまり魔術を使わないとはいえ、『闇斬丸』のせいで魔力切れを起こすような事があれば……」
「ヒロヤ兄ちゃんに害があるんだったら……あたしが捨ててきちゃうから!」
「マルティナ様、ウーちゃんも協力するです!」
「『成長する刀』か。なかなかに興味深いな」
 
 気がつけば目隠しテントのこちら側に、リズ、ドロシー、マルティナ、ウーちゃん、アスカも集まっていた。
 
「……全員集合して心配してくれるのありがたいけど……俺、全裸だからね?」
 
 ◆
 
「まぁ、ヒロヤくんの魔力量自体がカズミと同じで『ケタ違い』だから、そこは何も心配する事はないと思うよ」
 
 寝袋の用意をしながら、レナが心配するみんなを安心させてくれた。
 結局、ウーちゃんとアスカも含めた全員に身体を隅々まで拭われて非常にさっぱりした俺。ウーちゃんまではまぁわかるとして……なんでアスカまで?
 
「同じ剣士として、その身体に興味はあるんだ。今まで触って確認する機会は無かったからな。──しかし……見るたびに良い身体になっていくなヒロヤは」
 
 ま、まぁ弟の身体の成長を確認するお姉さん的観点だと思っておく。
 
 ◆
 
 みんなも身体を拭い、就寝の用意をする。
 レナがモンスター避けの『魔力障壁』を強めに張ってくれたので、見張りは最小限にして明日の為にゆっくり休もうという事になった。
 
「一人ずつ三交代で見張ろうか。その他はみんなゆっくり寝るといいよ」
 
 全員でじゃんけん。結果……
 
「あたしが一番か」
「俺、二番目」
「わたしが三番手ですね」
 
 マルティナ、俺、ドロシーが見事に負けた。いや、父さんの力を使えばじゃんけんなんて負ける事はないんだけど。それは流石に……ね?
 
「じゃあマルティナ、すまないけど頼んだよ」
「任せてリズ姉ちゃん! みんなもゆっくり休んでね!」
 
 みんなでマルティナにおやすみと声を掛けて、俺達は寝袋に潜り込んだ。
 あ、おやすみのちゅーが大変だったことも付け加えておく。だって、アスカとウーちゃん以外はみんな『俺のもの』だからねこのメンバーは。
 
「ウーちゃんもして欲しいです! してくれないと朝御飯作らないです!」
 
 と駄々をこねるウーちゃんには、ほっぺにちゅーで納得してもらった。
 
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