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271話「低階層班・帰還」(視点・ギーゼ)

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 第三階層の転移陣から地上に帰還したときには、陽は既に傾き始めていた。
 
「無事帰ってきてよかったわ。成果はどうだったの?」
 
『賢者』ミリア様が自分たちを出迎えてくれた。
 
「ギルドの出張所でお話します」
 
 力なく応えた自分に「そう……」と小さく頷いて、出張所へと案内してくれた。
 
 ◆
 
「まず、自分達の到達点は……第二階層のフロアボスでした。──でも、自分の采配ミスで……教官役として立ち合ってくれたシモーネさんの手助けがなければ……仲間を喪うところでした」
 
 顔を上げることができない。悔しさでいっぱいなので、どんな表情で報告すればいいかわからない。
 
「充分ね。ご苦労様」
 
 ミリア様が労いの言葉を掛けてくれた。ただ、その言葉を素直に受け取れない自分がいる。
 
「──みんな……悔しくて仕方がない。って顔してるわね」
 
 ミリア様が自分達全員を見渡している。
 
「あなた達が、クランでどんな評価を下されるかはわからないけど……ギルドやわたしからすれば『よくやった』って判断よ」
 
 キッパリと言い切ってくれたミリア様に、ようやく自分は顔を上げた。そこにはミリア様、ギルド受付嬢のカミラさんが優しく微笑む姿があった。
 
「因みに『薔薇の果実ローズヒップ』のヘレーネ隊は、軽傷二名で帰還だったわ。もう一組の冒険者パーティーは一名死亡……後の二組はまだ帰ってきてないのよ」
「へ、ヘレーネ隊の軽傷二名って……!」
 
 自分達の後ろにいたシモーネさんが少し慌てた口調で問うた。
 
「心配しないで。かすり傷よ。舐めときゃ治るレベルの……ね?」
 
 クスッと笑うミリア様に、ホッとした表情を浮かべるシモーネさん。
 
「その……未帰還の二組なんッスけど……」
 
 ゴージュさんが前に出て、カウンターに『冒険者カード』を四枚置いた。
 
「この四名は……野営中にモンスターに襲われたみたいッス……オレ達が見つけた時には既に……」
 
 ゴージュの報告を聞いて、カミラさんが厳しい表情で書類と照らし合わせている。
 
「六名編成で突入してますね……戦士一名と魔術師一名のカードが無いという事は……」
 
 カミラさんが顔を上げた。
 
「多分、オレ達が見つける前に……別のところで既に死んだんじゃないか……と思われるッス。それと……」
 
 ここで、リズさん達から預かった六枚の冒険者カードをカウンターに置くゴージュさん。
 
「これは我々のクラン『輝く絆ファ・ミーリエ』のリズ隊から預かったものです」
 
 ゴージュさんに並んで自分が説明する。カミラさんが、再び冒険者カードと書類を照らし合わせる。
 
「第二階層のフロアボス『双頭蛇』との戦いで……リズ隊が救援に向かった時には、既に五名の死亡が確認され……かろうじて話が聞けたリーダーも……」
 
 ミリア様は自分の説明を沈痛な面持ちで聞き、カミラさんに向き直る。
 
運搬者ポーター二名を含む八名で突入してますね……『ロミィ・スヴァイラー』と『グーニラ・レーベンドルフ』の二名は……」
 
 書類を指でなぞり、冒険者カードの無い二名の名を挙げる。
 
「あーしです! ロミィ・スヴァイラー!」
「わーっす! グーニラ・レーベンドルフ!」
 
 二人が前に出て、それぞれ冒険者カードを見せていた。
 ホッとした表情で二人と冒険者カードを確認するカミラさん。
 
「お二人は無事だったのですね……」
 
 微笑むカミラさんの目は、薄っすらと涙が浮かんでいるように見えた。
 
 ◆
 
「そうでしたか……パーティーがあなた達を庇って逃してくれたんですね」
 
 出張所のテーブルにつき、詳しい説明をした。本日の帰還パーティーはもう居ない事が確認できたので、カミラさんも同席する。
 説明をする自分とシモーネさん、ゴージュさん、グーニラ、ロミィ以外のメンバーは、それぞれ手近な椅子に座っている。
 
「でも、あーしらは第二階層へと戻ることが出来なくて……第三階層へと逃げたんです」
「おっかなぐで隠れぢゃーどごろ『輝く絆ファ・ミーリエ』の人達さ助けでもらった……」
 
 ロミィとグーニラの説明を頷きながら聞くミリア様とカミラさん。
 
「……あなた達、本当に運がよかったわ。そして──ギーゼ隊のみなさん、本当にありがとうね」
 
 ミリア様がグーニラとロミィの手を優しく包むように握り、自分達に頭を下げた。
 
「迷宮に挑むという事はこういう事なの。五組のパーティーが突入して二組が全滅。他のパーティーも死者や怪我人がでた。そんな中、シモーネさんが手を貸したとはいえ……全員無傷で帰ってこれた事をもっと誇りなさい」
 
 ミリア様の言葉に、思わずハッとした。
 
(確かにそうだ……自分達は設定した目標に辿り着けなかった事ばかり悔やんでたけど……)
 
「ミリア様の言うとおりやで。確かにミスをして、生命の危険があった。それでウチが手を貸した。でもな──」
 
 シモーネさんが立ち上がって自分達全員を見渡す。
 
「──そこまで無傷で戦い抜けれたんは、間違いなくアンタらの実力なんやで。リズも言うとったやろ? 『生きてさえおれば、ミスを反省して次に繋げることができる』って。どんな事があっても、生きてたら勝ちなんや」
 
 自分達は強く頷いて、ミリア様とシモーネさんの言葉を心に刻みつけた。
 
 ◆
 
 魔石は出張所で査定して換金できるとの事なので、引取ってもらった。それらは小金貨三枚と銀貨二枚になった。
 ミリア様が戦利品の中で『古銭』に興味を持ったらしく、金貨二枚が含まれた銀貨、銅貨十数枚を金貨四枚で引取ってくれた。
 
「確かに見たことのないデザインなのよね。どこの国、いつの時代のものでもない……俄然興味が湧くわ」
 
 嬉しそうに小躍りするミリア様は、とても『賢者』と讚えられる人とは思えない愛らしさだった。
 
 ロミィとグーニラの持っていた荷物(魔石や戦利品)は、彼女たちの所有物として構わないらしい。どちらにせよ、雇用主が死んだので取り決めていた日当が支払われないのだ。
 
「持ってる戦利品や魔石を売って、日当に充てればいいよ」
 
 ミリア様に言われて、取り敢えずここで換金できる魔石を売ったら小金貨二枚と銀貨七枚になったらしい。
 
「これだけで、あーし達の日当超えちゃったよ」
「他の鉱石や宝飾品はどうすたっきゃい?」
「それもあなた達の物よ。生き残った者勝ちなんだから」
 
 戸惑う二人に軽くウインクするミリア様。
 
「鉱石はエルダ達の店で引き取るよ。査定しなきゃだから直ぐには無理だけど」
「ほ、ほ、宝飾品は……か、カズミさんはゼット商会が……か、か、買い取ってくれるって、い、言ってました」
 
 エルダとカリナがロミィとグーニラに声を掛ける。
 
「今夜はわたし達のクランハウスに来ればいいよ!」
「うん。ゼット商会は明日にでも僕達が案内してあげる」
「でも、あーし達は宿を借りてるし……」
「わーらが行げば……迷惑でねだが?」
 
 ロッタとノリスの誘いに、すこし戸惑い気味のロミィとグーニラ。
 
「遠慮は無しやで。『輝く絆ファ・ミーリエ』自慢の料理で『生還祝い』でもぶちかまそうや!」
 
 全員立ち上がって、賛成の拍手をする。
 
「いーなー……わたしもご馳走になりたいけど……暫くはここに居なきゃだからねぇ……」
 
 残念そうなミリア様。
 
「しかし……ミリア様ほどの人を、迷宮の出張所で働かせるなんて……領主様って人使い荒いというか、非常に贅沢というか……」
 
 思わず口に出たけど、自分の言葉を聞いてニッコリと微笑むミリア様。
 
「まぁ……惚れた弱みってやつかな?」
「──!」
 
(ヒロヤ殿の女をたらしこむ能力は……父君譲りだったのか……)
 
「わ、わ、わかりますミリア様! え、エルベハルト様の冒険譚でも……お、お、オブ……お父様の恋愛話はとても素敵に綴られておりました!」
「でしょ~? ほんとはもっと生々しいぐらいに浮き名を流してたんだけどね?」
 
 ミリア様とオブライエン卿の事で盛り上がるカリナがとても嬉しそうだった。
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