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262話「過去の贖罪」

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「オレ、元は王都から来たデニス・エイジンガーのパーティーだったんだ」
 
 デニス……確かS級ダンジョンを目指してたパーティーだったな。盗賊シーフの脱退を期に王都に帰ったと聞いた……
 
「お、オレ……オットーに……アイツに拐われて……無理矢理……」
「ラウラ……あの時の女盗賊シーフ……!」
 
 アスカの目が見開き、みるみるうちに涙が溢れだした。
 ラウラの視線はアスカへと向かい、ガクガクと身体が震えだす。
 
(あ、コウイチのところのエイリアと一緒に……)
 
 ドロシーも思い出したのか、俺と目があって小さく頷く。
 エイリアと共に、オットーに囚われていた女盗賊シーフがいた。それが彼女だったのか……
 
「リズ……俺、ちょっとこのと話があるから。ギルドへの挨拶とか済ませといてよ」
 
 リズは一瞬、キョトンとした顔をしたものの、フリーダから何か耳打ちされた後、俺に頷いてみせた。俺はドロシーとアスカと一緒に、震えているラウラを連れてホールの隅のテーブルに移動した。
 
「カズミもちょっと……」
 
 こっちを心配そうに見ていたカズミも呼んでおく。今のアスカは俺だけじゃフォローできなそうだから。
 
 ◆
 
「すまない……オットーに命じられたとはいえ……ラウラを拐ったのはアタシとソラだ……なんと言って詫びれば良いのか……」
 
 そう言ってラウラの前に膝をつくアスカ。
 
「俺やアスカに会って、やな事を思い出させちゃったみたいだね……」
 
 目の前でまだ小さく震えているラウラに声を掛ける。
 
「ううん。オレ、ヒロヤさんとドロシーさんにお礼を言いたかったんです。──本当にありがとう……」
 
 深呼吸して、なんとか身体の震えを抑えたらしいラウラが頭を下げた。
 
「そしてアスカさん……オレもオットーに隷属の紋と淫紋を刻まれたから……逆らう事のできない辛さは知ってます。だから──頭を上げてください。すべてはあのオットーの責任なんですから」
「し、しかし……」
「オレはあなたを糾弾するつもりで声を掛けたんじゃないんです。ヒロヤさんとドロシーさんにお礼が言いたかっただけなんですから」
「礼なんていいんですよ。わたし達もあの卑劣漢に鉄槌を下さなければならなかったのですから」
 
 ドロシーが優しく微笑む。ラウラはそれを見て、弱々しくもなんとか笑顔を返してくれた。
 俺は膝をついたままのアスカをなんとか立ち上がらせて、椅子に座らせる。
 
「アタシは……アタシの罪は……決して赦される事はない……それだけの事を……」
 
 そんな呟きが聞こえたので、俺とカズミでアスカの腕を抱きしめて慰める。
 
「あのまま……アイツの好きにされてたら……オレ……壊れてしまうところだった……ホントに助かったんだよ……でも──」
 
 また何かに怯えるように震えだすラウラ。
 
「──でも……また現れたって……魔人になって復活したって聞いて……」
「大丈夫だよ。あんなヤツ、またヒロヤが軽くひねり潰すから。私達が次にS級ダンジョンに挑む時がアイツの命日よ」
 
 ラウラに寄り添って、そっと頭を撫でるカズミ。
 
「少なくとも、当分はS級ダンジョンから出てくることはないよ。安心して」
 
 俺の言葉に、ラウラはなんとか笑ってくれた。
 
 ◆
 
「オレ、あんな事があってから……男が怖くなってしまって……デニスや他のパーティーメンバーとも上手くやっていけなくなったんです。だから……」
「だから『薔薇の果実ローズヒップ』に入ったんだ。良かったね。いいクランよあそこは」
 
 カズミにそう言われて、嬉しそうに笑うラウラ。
 
「うん。みんないいばかりだし、ちょうど『大迷宮』も発見されて、オレの盗賊シーフとしての能力も必要としてくれてる。やりがいがあるんです」
 
薔薇の果実ローズヒップ』はそういう事情を抱えた女の子ばかりが集まったクランだ。オットーに大きな傷を負わされたラウラも、あのクランなら上手くやれてるんだろう。でも、そうだとしたら……
 
「なんか無理してない? 俺の事、怖いんじゃない?」
 
 男に対して、かなりの恐怖を感じるようになってしまった様子のラウラ。俺の傍に居るだけでもかなりのストレスになってるんじゃないかな。
 俺の問い掛けに、ブンブンと大きく首を振るラウラ。
 
「アンタは……! ヒロヤさんは大丈夫です! オレを助けてくれた人だから!」
 
 テーブルから身を乗り出してそう訴えるラウラの態度を見て、カズミとドロシーがジト目で俺を見た。あれ?
 
「そ、そうなんだ……うん。……良かったよ」
「とにかく……ちゃんとお礼を言いたかったんです」
 
 腰をおろし、また頭を下げるラウラ。
 
「ちゃんとしたお礼もしたいし、恩のあるシモーネ隊長……じゃなくてシモーネ相談役にも会いたいし……この探索が終わったら……クランハウスにお邪魔していいですか?」
 
 ラウラは頭を上げてカズミに訊く。
 
「え、ええ。是非遊びに来て。ウチにはゴージュとノリスっていう男メンバーも居るけど──あ、あとトルドも居たか」
「と、トルドって……名工トルド・フリーベリ氏ですか!? ──お孫さん達が『輝く絆ファ・ミーリエ』のメンバーだとは聞いてましたが……」
 
 そりゃ驚くよね。あんなエロじーさんだけど、王国内にその人あり! と謳われる鍛冶師だもんね。
 
「他の男は……少し怖いけど……トルド氏なら、かなりのご年配ですよね。お年寄りなら大丈夫です」
「いや……トルドが一番ヤバいと思うんだけど……」
「え?」
 
 ボソリと呟いたカズミに、首を傾げるラウラ。
 
「ま、まぁ『輝く絆うち』と『薔薇の果実ローズヒップ』の仲だし、いつでも遊びに来てくれていいよ」
 
 ハハハ……とカズミが作り笑顔で応えた。
 
「ラウラ! そろそろ行こうか!」
 
 ギルドのカウンターでリズと話をしていたフリーダに呼ばれて席を立つラウラ。
 
「ありがとう! オレ、頑張ってきます! ──アスカさんもしっかりしてくださいね。これからダンジョンアタックなんですから!」
 
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 ラウラは気をつけの姿勢から綺麗にお辞儀をしたあと、手を振って仲間たちの元へと駆け出した。
 俺達も手を振り返すと、フリーダ達『薔薇の果実ローズヒップ』のメンバーも軽く手を上げて応え、ギルドを出ていった。
 
 ◆
 
「アスカ……大丈夫か?」
 
 椅子から崩れ落ち、床に手をつくアスカ。
 
「アスカの罪なんかじゃないよ。全部オットーの罪なんだから」
「そうです。アスカさんはそれでも彼女に謝罪した。そして彼女は赦した。それでお終いですよ」
 
 カズミとドロシーの言葉に、弱々しく頭を起こすアスカ。
 
「なぁ……ひょっとしてコウイチの女のエイリアという少女……よく憶えてなかったんだが……」
 
 アスカが焦点の合わない瞳で俺を見つめる。
 
「エイリアは……オットーに捉まってる間の記憶が曖昧らしいんだ。だから今はそれについて触れちゃだめだ」
「やはり……そうだったのか……アタシは……アタシの罪というものは……」
「アスカ! アンタにゃ罪なんてないよ!」
 
 いつの間にか傍にいたリズが声を上げる。見ると、カウンターでギルド職員と話しをしていたクランメンバー全員がこちらに集まっていた。
 
「確かにアスカはオットーに命じられて、色々な悪事に手を染めたかもしれない。でもね──」
 
 レナがアスカの肩を優しく抱き締める。
 
「──それはすべてオットーの悪事なの。隷属させられてた貴方の罪ではないのよ」
 
 レナ、口調が女神様になってる。
 
「そうだよアスカちゃん。奴隷だったアスカちゃんと、今のアスカちゃんは別人なんだから!」
「アスカ、こうやって操られていた頃の罪と向き合っただけでもう充分だよ」
 
 泣きそうな顔でアスカに声を掛けるメルダとアルダ。
 
「アスカ様、泣きやんで欲しいです~」
 
 ウーちゃんがアスカの頭を撫でる。
 
「アスカちゃん……みんなの言うとおりだよ。それでも……まだ自分が罪深いなんて思っちゃうんなら……」
 
 マルティナがアスカの両頬に手を当てて無理矢理顔を上げさせる。
 
「うん。アンタの罪、アタイ達も背負ってやるよ。──だろ? みんな」
 
 マルティナと目を合わせたリズが、言葉を継いで……俺達に問い掛けた。もちろんみんな頷く。
 
「アスカの過去を断罪しようとする人が現れたら……俺達全員で贖罪する。だからアスカ……」
 
 マルティナの隣に座って、アスカの目を見る。
 
「俺達と……『家族ファ・ミーリエ』とどこまでも一緒に行こうよ」
「アスカ……私達、みんなアスカの事が大好きなんだ。一緒にいてくれるよね?」
「れな達とずっと一緒にいてくれるよね?」
 
 カズミとレナが二人でアスカの背中を抱き締めた。
 
「いい……のか……? アタシの犯した罪なんだぞ……それを共に背負ってくれる……のか?」
「あぁ。旦那──ゴージュだけじゃ頼ン無いからね。アタイ達全員で背負ってやる。だから……迷宮の最下層……地の果て……地獄の底までついてきなアスカ!」
 
 胸を張り、アスカに右手を差し出すリズ。
 
「わかった……ついて行くよ……どこまでも一緒に──」
 
 その手を取って立ち上がるアスカ。涙に濡れているが、その瞳は輝きに満ちている。
 
「約束だからな? 女に二言は無いよ? どこまでも、いつまでもだぞ?」
 
 リズの茶化すような問い掛けに、アスカは力強く応えた。
 
「無論だ……アタシの生命尽きるその時までな」
 
 
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