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213話「父と息子と」(視点・紳士→ヒロヤ→紳士)

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(自分の『内側』に……)
 
 目を閉じ、静かに瞑想する。
 
(浩哉──居るのか……?)
 
 そう自分の心の中に問い掛けてみた。
 
 やがて……暗闇の中に薄明かりを見つけ、そこへ意識を集中してみる。そこには──
 
「浩哉……なのか?」
 
 膝を抱え、目の前のスクリーンらしきものをジッと見つめる少年の姿が。間違いない。小学校高学年? もしくは中学生ぐらい? の浩哉だ。
 
「なにを見てるんだ?」
「あぁ……父さんか。その格好……生まれ変わる前の父さんだね」
 
 薄っすらと涙ぐんだ瞳で私を見つめる浩哉。
 
「父さんの若い頃からの想い出を見せてもらってた。──無茶してたんだね。人知れずこんな怪物どもと……」
 
 スクリーンに映っているのは、私の若い頃の冒険談。頼もしい仲間たちと共に『這いよる混沌』との人類の存亡を賭けた静かなる知恵比べ。
 
「……すまなかったな」
「なにが?」
「お前にはこういった危険な道を歩ませたくなかった。──私の跡を静かに継いで欲しかったんだ」
「うん。これを見て理解したよ」
 
 そう言ってスクリーンに目を移す浩哉。
 
「俺……父さんに大切にされてたんだなって……これを見て理解したよ」
「結局は、他の世界に行って……冒険に身をやつす事になったみたいだな」
 
 思わず苦笑する。
 
「父さんに鍛えられた事が、凄く役に立ってるよ。特に『尾武夢想流』がね」
 
 当家に伝わる古式居合術。確かに浩哉の腕前は別格だった。私の師匠であり父の紳一郎は『歴代最強』と呼ばれていたが、おそらく浩哉は紳一郎を超えていた。
 
「お前の腕前は間違いなく『歴代二番目』だったからな」
「……結局、父さんには勝てなかったからね。流石は爺様を超えて『歴代最強』と異名をとっただけあるよ」
 
 浩哉が立ち上がる。見たところ十一、二歳ぐらいか。
 
「これでもまだ九歳なんだ。向こうでは子供の成長が十五才ぐらいまではかなり早いみたいなんだ。その後、成長速度が落ちるって」
「なら、まだまだ私には勝てないな」
「生前、俺も動きの読みなんかは得意だったんだけど……いつも父さんに先手を取られてた。悔しかったな」
 
 私を見上げ、笑う浩哉。
 
「お前のはあくまでも『経験による予測』だったからな。父さんはズルしてたんだよ」
「ズル?」
「霊が視える力を応用して『予知』してたんだよ。相手の動きをね」
「……きったねー……」
 
 浩哉が睨みつける。
 
「向こうはどうなんだ?」
「いいところだよ。家族同然の仲間がたくさんできた。母さんは元気だし、向こうの父さんも可愛がってくれてる。そんな向こうの父さんを見て──」
 
 浩哉が、私の足元に座り込んだ。私もその隣に腰を下ろす。
 
「──生前の世界の父さんの事、誤解してたんじゃないか? って思ったんだ」
「そうか」
「死んだ母さんが、向こうでは元気なのが嬉しいよ」
「あぁ……それなんだがな浩哉。向こうのメグミは……」
 
 私は彼の母である恵の事を話した。死んだのではなく、使命を帯びて別の世界に行った事。恐らく……いや間違いなく向こうの母はこっちの世界で浩哉を産んだ恵であるという事を。
 
「そうか……俺はなんて幸せなんだろうね。大好きな母さんに、二度も産んでもらえるなんて」
「そうだな」
 
 浩哉が嬉しそうに微笑んでいた。
 
「和美さんも元気なのか?」
「うん。仲良くやってるよ。……でも驚いたな。旦那、浮気してたんだ」
「──もっと早く調査してればよかったよ。浩哉がご執心だったので、悪いが色々と調べたんだ。素敵なお嬢さんだった。旦那の浮気はそのついでにわかった事だったからな」
「そっか」
 
 ◆
 
「帰らないのか? 向こうでみんな心配してるとドールさんが言ってたぞ」
「ドール……女淫魔サッキュバスのドール?」
「お前が目を覚まさないからと、夢の中に入り込んで起こしにきたらしいぞ。──まさか父親の私の意識とシンクロしてるとは。と彼女も驚いていたよ」
「……ああ見えて、良い奴だからな。もっとも、性癖は歪んじゃってるけど」
 
 クスッと幼く笑う浩哉。
 
「早く帰りなさい。和美さんもメグミも、向こうの父さんも、家族同然の仲間たちも心配してるだろう」
「うん。──また会えて嬉しかったよ父さん」
 
 スッと頬を涙が伝うのを感じた。
 
「ごめんね。父さんをひとりにしてしまって……」
「かまわんさ。お前は向こうの世界でしっかりと生きろ」
「うん……父さん、元気でね……」
 
 そう言って、浩哉が背を向けた。
 
 ■□■□■□■□
 
「浩哉……お前にこれをやろう」
 
 背を向けた俺に、父さんが声をかけた。
 
「何?」
「私にはもう必要ない力だ。上手く使え」
 
 そう言って差し出した父さんの手に輝く光。
 
「私の力だよ。この世界の私より、向こうの世界のお前の方が必要だろう」
 
 父さんに手を差し出すと、俺の手のひらに光が移動して……そして消えた。
 
「霊やオーラ……魂かな。そんなものが視えるようになる。──これで父さんはもうお前に立ち合いで勝つことは出来なくなったな」
 
 笑う父さんの姿が消えていく。
 
「父さん!」
「あぁ、力をお前に渡したからな。……早く帰るんだぞ」
 
 そして、暗闇の中には俺だけになった。
 
「さて……帰ろっか」
 
 俺は、暗闇の中を歩き出した。
 
 ■□■□■□■□
 
「お、ようやくお目覚めかい?」
 
 目を開けた途端に、ドールの心配そうな顔が目の前にあった。私と目が合うと、照れたように顔を背ける。
 
「で、どうだったんだい?」
「あぁ、多分もう帰ったよ」
「多分って……」
 
 少し怒ったようにドールがウイスキーを飲み干す。
 
「私の『力』を浩哉に渡したからね。私の方が先に戻ったんだよ」
「……厄介な事を……またあの坊や強くなっちまうんじゃないか?」
「困るのか?」
「いや……アタシにはどうでもいい事さね。ウチのボスがやられるような事があったら……坊や達に命乞いでもするさ」
 
 そう言って笑うドール。
 
「ドール……君には本当に感謝している。おかげで、息子と和解できた」
「本当に感謝しているなら、態度で示して欲しいもんだね──」
 
 私は、跪いてドールの手を取り……その甲に口づけした。
 
「……これで良いかな?」
「な──!」
 
 仰ぎ見たドールの顔は──真っ赤に染まっていた。
 
女淫魔サッキュバスとはいえ、君はそんなに初心うぶだったんだな」
「違っ……いきなりで驚いただけだし!」
 
 そう言って、手首にはめた銀製のバングルを外して私に差し出すドール。
 
「これ受け取って。アンタ、ひとりになっちまって寂しいだろうから──また遊びに来てやるよ。コイツはアタシに、アンタの座標を教えてくれるモンだから」
「私の夢の中に来て、精気でも吸い取るのかい?」
「そんな事しないさ。──リアルで逢いに来てやるよ。ヒロヤにメグミの事、色々知りたいだろ?」
 
 ドールはウインクして、私の手首に銀のバングルを嵌めた。
 
「じゃあアタシも帰るよ。──また、ね?」
「あぁ……楽しかったよ。また」
 
 笑顔のドールが……かき消すように姿を消した。
 
(明日は身体が空いた。夜の和美さんの葬式までに三浦夫妻のところに行こう……)
 
 こんな荒唐無稽な話、信じるかわからないが……少なくとも、和美さんは幸せにしていると、あの夫婦に伝えてやりたい。
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