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152話「姉ができた?」(視点・ハンナ→リズ)

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(えっと……こんな秘密、わたし達が聞いても良かったのでしょうか……)
 
 ヒロヤさん達のお世話をする様になってから、こんな立派なお屋敷に住まわせてもらい、三人の可愛いメイドさん達と一緒に楽しく家事をさせてもらっています。
 お食事も『みんな一緒に食べる事』というカズミさんの意向で、わたしもメイドさん達も一緒にテーブルについて食べてます。
 
 今夜はエルベハルト卿が、お隣のカリンさんとギーゼラさんを伴っていらっしゃったので、急いで料理を増やした。
 その食事の席での話でした。
 
「あぁそうだ! 彼女を紹介するのを忘れてたね」
 
 エルベハルト様が、突然隣に座るカリンさんの肩に手を回しました。
 
「紹介って……カリンさんですよね?」
 
 ヒロヤさんがエルベハルト様を見もせずに、適当に突っ込んで食事を続けてました。
 
「いや、実は彼女はね……シンジの隠し子なんだよ?」
 
 ヒロヤさんを含めた『家族』の方々が、全員お食事を噴き出しました。ウルフメイドさん達は平然と食事を続けてたけれど、わたしですらナイフとフォークを取り落としたぐらいの驚き。
 
「……まぁ『という事にしておこう』って決まった事を先に伝えておくよ」
「言い回し! 紛らわしいから!」
 
 ヒロヤさん達が、ナプキンでテーブルを拭いてらっしゃいます。わたしとウルフメイドさん達も慌ててテーブルを掃除しました。
 
「取り敢えずどういう事ですか?」
 
 レナさんは気を取り直した様子で、スープを口に運んでいました。
 
「……偽装しなきゃならない身分……なんですね?」
 
 いつになく真剣な表情でカズミさんがエルベハルト様とカリンさんを見比べています。
 
「流石はラツィア村随一の知恵者だね。その通り。彼女の本名はカリン・ゲールティエス。今は無き都市国家ゲールティエスの第一皇女なのです。そして、ギーゼラは皇女直属の護衛騎士です」
 
 揶揄うような表情だったエルベハルト様の顔が一変しました。
 
「……わたし達は席を外した方がよろしかったですか?」
 
 わたしは慌てて立ち上がりましたが、エルベハルト様は手で制しました。
 
「この事実を知ってるのは、シンジの家族と……ここのみんなだけ。全員で秘密を守って欲しい」
 
 ◆
 
 それからエルベハルト卿の説明が始まりました。
 つい最近、都市国家ゲールティエスが、ウェルニア帝国皇帝マグヌス・ファクラー四世からカリン嬢輿入れの要請を受け、これを拒否したことにより帝国に攻め滅ぼされた事。
 その戦いによって、第一皇女は国王とともに死んだ事になっている事。
 実は護衛騎士ギーゼラとともに落ち延び、ここでこうして冒険者として身を隠している事。
 ロムーナ王国としては外交上正式に保護してあげられない事。なので、この事実はロムーナ王国上層部には伝えていない事。
 身分を偽装し、その身元を隠し保護する為にシンジ・オブライエン男爵が王都で作った隠し子とする事。
 偽名はカリナ・オブライエン。つまりヒロヤさんとコウイチさんの姉となる事。
 ギーゼラは、彼女の幼馴染ギーゼ・イェーガーとする事。
 この偽りの事実は冒険者登録の名前変更のタイミングで明日ギルドから流布する事。
 今後も冒険者稼業を続けるのがカリン嬢の望みなので、ヒロヤさん達は全力で保護・サポートする事。
 
 ◆
 
「しかし……領主様もとんだ貧乏クジさね……」
 
 食後のワインをひと口飲むリズさん。
 
「いや、古来より『英雄色を好む』っていうしね。もともとそういう浮き名を流してた男だから『隠し子? 居るだろうねそりゃ』ってなるから大丈夫だよ」
「ヒロヤさんのお父様……酷い言われようですね……」
 
 あっけらかんと話すエルベハルト卿を、少し責めるようにドロシーさんが睨みます。
 
「そうかい? ボクからすれば、ヒロヤくんを見てると『あー、やっぱり父子なんだなー』って思うよ?」
 
 そう言ってニヤニヤ笑いながらヒロヤさんを見てます。
 
「ヒロヤ兄ちゃんは隠し子なんて作らない! ……ちゃんとお嫁さんにしてくれる……もん……」
 
 です。マルティナちゃんの言うとおりです。ヒロヤさんはそんな不誠実な事しません。
 
「まぁ、シンジは了承してくれたんだ。その覚悟に免じて、キミたちにも是非協力してもらいたいんだ」
「わ、わ、わたしからもお願いします。四六時中保護してくださいとは言いません。こっ、困った時に縋る事のできる人達が……ほ、欲しいのです」
 
 カリン──カリナ嬢が立ち上がって頭を下げました。隣のギーゼラ──ギーゼさんも頭を下げます。
 
「……色々と失礼な事を言ったけど……許してほしい。そして皇女様の力になってもらいたい」
「事情を知れば……ギーゼラ──いやギーゼがヒロヤを毛嫌いした事も理解できるね」
「よろしくお願いします。カリナ姉さん」
 
 カズミさんがギーゼさんに笑いかけ、ヒロヤさんはカリナ嬢に右手を差し出しました。嬉しそうにその手を握り返すカリナ嬢。
 
「しかし……ヒロヤに『姉さん』って呼ばれるの……なかなかの破壊力だろうな……羨ましい」
 
 リズさんが、グラスに残ったワインを飲み干してカリナ嬢を少し睨みつけてます。
 
「た……確かに……」
 
 ほんのりと頬を染めるカリナ嬢がお可愛らしい。
 そんなこんなで、わたし達全員が大変な秘密を共有する事になったのです。
 
 ■□■□■□■□
 
「ま、まぁカリン……じゃねえやカリナの正体がバレないようにすりゃいいんだよな?」
 
 簡単なことだ。アタイ達が黙ってりゃいいんだ。暖炉が焚かれた食堂のリビングから、開け放たれた扉越しにヒロヤとギーゼラ──じゃなかったギーゼの稽古を眺める。
 
「……そう簡単な事じゃないぞリズくん」
 
 ローテーブルの向こうでアタイを見る軍務大臣の視線が、なかなかにマジだ。
 
「そうですか? アタイらが黙ってりゃ正体バレないじゃないですか」
「リズくん、今回ボクは軍務大臣としてじゃなくキミたちの友人という立場でお願いに来たんだ。砕けていいよ」
「んと……じゃあエルベハルトさん。『簡単な事じゃない』ってどういう意味なんだい?」
 
 裏庭は雪も降り出して寒いだろうに、ヒロヤとギーゼは全身から湯気を立ち昇らせて稽古を続けている。
 
「まず冒険者稼業を続けるという事は、モンスターと戦うという事だ。そこは危惧すべき点だという事は判るね?」
「アタイの見たところ……カリナとギーゼ二人だけじゃ危ないよね。その点は考えてるよ。ウチのウルフメイドの誰かを常に同行させる。オーガークラスでもなんとかなるはずよ」
「ふむ。只者じゃない雰囲気は感じてたが……ただの獣人じゃないんだね」
 
 軍務大臣エルベハルトの視線が、忙しげに歩き回るメイド達を追う。
 
「……まぁ色々あってさ──それだけじゃ足りないかい?」
「ボクはね……リズくん。キミたちの様な『美しい女性が冒険者稼業をするのはリスクが大き過ぎる』と常々思ってるんだよ」
「やだ♡ 口説いてるのかい?」
「ヒロヤくんの怒りをかうつもりはないよ」
 
 アタイの返しに、大げさに怯えるふりをする軍務大臣。
 
「怖いのは『男』だ。美しい女性に降りかかるトラブルの大半は『邪な考えを持った男』なんだよリズくん」
「なるほど。そういう連中からも守れってんだね? ……分かったよ。全力を尽くすから」
「……特に高ランク冒険者には気をつけたまえ。力ある彼らは、その殆どが高潔であり尊敬すべき人物だ。ただ、力に溺れ、それを行使して他者を圧するクズも多い」
 
(あ、オットーだ……)
 
 思い出して、軽く身震いする。ヒロヤが居なければ……あの力が解放されなければ……
 
(アタイは犯られてた……)
 
「……思い当たる輩でも居たかい?」
 
 軍務大臣がアタイを横目で見る。
 
「あぁ……王都自慢のランクA冒険者様でそんな奴が居たよ」
 
 軍務大臣の視線を受け流しつつ、皮肉たっぷりに返してやる。
 
「報告は受けている……魔人に成り下がってでも、キミたちを狙っているらしいね」
 
 苦笑する軍務大臣。
 
「そういう連中は、残念ながらまだ居る。この村が冒険者達の村として大きくなるにつれて増えるだろう。まぁ、領主様の娘だと知って手を出すヤツはいないだろうが、万が一という事もある」
「……わかった。アタイたちも強くなるし、カリナとギーゼにも『強くなってもらう』よ」
 自衛できるに越したことはない。『二人を育ててくれ』。そういう事だったんだろう。
「……理解して頂いて良かったよ。流石はヒロヤくん達をまとめるリーダーだ」
 
 気障っぽくウインクする。 
 
「……まぁ、その為にも『クラン結成』については、前向きに考えといてくれよリズくん」
「!」
 
 その件の張本人、アンタだったのかい!
 
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