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127話「ゼット商会」

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 お茶屋を出て、サーシャさんに案内されたのは、以前サーシャさんに『野営用具』を頂いた宿屋。……え?宿屋?

「以前はウチの商会が経営していた宿屋兼商品倉庫だったんですが、今までの城塞都市ムンドに加えてラツィア村での商いの伸びを想定して、宿屋は廃業。全て商品倉庫として改築したのですよ」

 宿屋だった建物の前では、男達が馬車の荷物を選別・積み降ろしに従事している。

「そんなに伸びそうなんですか?ラツィア村での需要が……」

 定住者が増えつつある村だけど、俺にはどうにもピンとこない。いや……

「あっ、そうか……」

 サーシャさんに質問しながらも、ある事に気が付いた。そんな俺を見て、サーシャさんがニッコリ微笑む。

「お気付きになられましたか?」
「はい。若い冒険者が村に集まりだしている事、そして城塞都市ムンドへの交代要員である部隊の駐屯。あとは、駐屯地に出来た娼館や酒場等で働く女性。……確かに様々な需要がありそうですね」
「その通りです。村の方々には日用雑貨、冒険者には武器や防具、娼館や酒場の女性には化粧品に衣服や下着……こちらから売る物だけじゃなく、ラツィア村の農作物やギルドに集まる素材などの買い取りも魅力なのです」

 なるほど。それはサーシャさんの商会だけじゃなく、ラツィア村にも魅力的だ。

「化粧品に服や下着……それって王都のだよな?」

 リズが食いつく。王都に行った時も下着たくさん買ってたしな。

「もちろんです。衣服に関しては、ラツィア村では夏に東方風の衣服が流行ったと聞きまして、こちらとしてはそれも気になってます」
「『ユカタ』の事だよね!あれ涼しくて可愛くて凄い良かったよ!」

 マルティナの言葉に、彼女の浴衣姿を思い出す。あれは確かに凄い破壊力だったよな。

「あのおしゃれな下着が村でも買えるのは魅力だな……」
「わたし、王都の下着なんて一枚も持ってません」

 リズとドロシーが嬉しそうに笑う。

「武器や防具もか……ウチとしては商売敵になるのね」

 アルダが難しい顔をする。

「ご心配に及びません。ウチが扱うのはトルドさんの商品です。アルダさんのお店で販売して頂くとトルドさんから言付けられています」
「なるほど。お祖父ちゃんの作ったものなのね」

 アルダも納得したようだ。



「それでは、明日の早朝出立しますのでよろしくお願いしますね」

 サーシャさんが丁寧に頭を下げ、俺達は彼女の商品倉庫を後にした。

「王都の商品が、村で買えるのか。これは楽しみだね」

 リズはニコニコ顔だ。

「わたしも可愛い下着が早く欲しいです」
「ドロシーはまだしも、リズ、こないだ王都でいっぱい買ったよね?」
「可愛くてセクシーな下着はいくらあっても良いんだよ。……それに、色々あった方がさ……ヒロヤも嬉しいだろ?」

 リズの目が妖しく光る。

「わたしも下着姿でヒロヤさんを悩殺したいです」
「ヒロヤ兄ちゃん、王都で買った下着で……今度……シタいな……」

 ドロシーとマルティナの言葉に、二人の下着姿の妄想がモヤモヤと……
 だめだ。抗えん。

「ヒロくんは……下着フェチ……っと」
「アルダ?それどうでもいい情報だからね?」
「どうでもよくないよ……ヒロくんを誘惑しなきゃなんだから……」

 あ、アルダが本気の目をしてる。



 カズミ達『留守番組』へのお土産を探して、露店やお店をウロウロするも、これだ!というものが見当たらず。
 結局、さっきのお茶屋さんでクッキーを大量に購入した。
 陽も傾きだし、宿に戻って夕食を食べてお風呂に入ろう。とみんなで帰りだしたところ……

「……ヒロヤか……?」

 と、後ろから声を掛けられた。

「アンタは……アスカ!」

 振り向いた先に、俺の『尾武夢想流』を破った女・アスカが居た。
 俺は腰を落として『闇斬丸』に手をかける。

「待ってくれ!別に戦いに来た訳じゃないんだ!」

 腰の刀を外し、地面に置いて膝をつくアスカ。

「師匠!待ってくださいッス!アスカはもう敵じゃないッス!」

 通りの向こうからゴージュが慌てて走ってきた。



「オレとアスカは先行任務でここに来たッス。目的地はラツィア村で、師匠や姐さん達にアスカが恩を返したいって言ってるんッス」

 宿の食堂で、ゴージュが慌てて説明する。その隣で激しく頷くアスカ。

「先行任務?」
「オレ達、軍務大臣様の一行の『旅の露払い』みたいな事をしてるんッスよ。道中にモンスターが居たら排除したり、野営地を確保したり、宿場町での宿の手配とか。あ、お忍びなんッスけどね」

 リズの質問に、丁寧に答えるゴージュ。その隣では、またうんうん頷いているアスカ。

「そういや、ラツィア村に来るって言ってたなエルベハルト卿……じゃあもうすぐボルグに到着するの?」

 久しぶりに会って話したい事もある。

「恐らく明日の朝までには到着する筈なんッスよ。なんせ夜しか移動出来ないんッス」
「あ……そういやバルバラさんはヴァンパイアだったっけ?」
「そうッス。軍務大臣とバルバラさんお二人の旅ッス」
「恋人同士の旅……いいなぁ」
「わたしはヒロヤさんが居るから、冒険に出掛ける事で満たされますけど」
「アタイもだな。ヒロヤが傍に居るしね」
「でも、二人っきりってのはアルダも憧れるなぁ」

 マルティナ、ドロシー、リズ、アルダが、それぞれ別方向を向いて胸の前で手を合わせる。……恋する乙女の表情だ。みんな可愛い。

「でも、俺達は夜明けにはこの街出てラツィア村に戻るからなぁ。再会は村でのお楽しみか……」

 少し残念。二度目のダンジョンアタックまでに会って話す時間を取ってもらえるかな。



「で、アスカもゴージュと一緒に雇われたって事は、無罪放免だったんだね……って久々の麦酒美味いな!」

 運ばれてきた食事を目の前に、先ず麦酒を一口飲むリズ。

「あぁ。『奴隷として主人の命令に従っただけ』という事で、冒険者ランク降級の処分だけで済んだ……それで──」

 赤い顔をして、緊張しながら話すアスカも麦酒を一口飲む。

「ふぅ……それで、良くしてくれたあんた達に恩返しがしたくて……それでラツィア村に向かってるんだよ」
「恩返しなんて……あたし達、別に何もしてないよ?」
「いや、本来ならヒロヤに斬られてもおかしくなかった。それに、捕縛後も……良くしてもらって……」

 マルティナの言葉に、少し俯きながら答えるアスカ。

「それは、アスカさんが通した筋に義で応えたまでですよ。あなたは完全に隷属してなかったのでしょ?そうじゃなければ、ゴージュさんを見逃そうとしたりしなかった筈です。そこはアスカさんの意思でしょうし」
「そうだよ。かつての仲間だったゴージュを殺さなかった。そんな筋を通したアンタだったからね」

 ドロシーとリズの言葉を聞いて、少し涙ぐむアスカ。

「いや、最後は本当に殺す気だった。ヒロヤが止めに入らなきゃ……斬っていた……でもさ──」

 顔を上げたアスカがゴージュを見る。とても優しい表情だ。

「アタシは……こいつに惚れてたんだよ。オットーに刻まれた淫紋に抗っていたけど、こいつと会ったおかげで、絶対に抗ってみせると決意できたんだ。そんなこいつを斬らずに済んだのも感謝してる」

 視線を俺に移し、頭を下げるアスカ。

「アスカ、アンタ淫紋の力に……堪えたのか?」
「あの……抗い難い快楽に溺れなかったのですか?」

 リズとドロシーが驚愕の声をあげる。

「あぁ。奴隷契約による隷属はしていたけど、淫紋の力による『快楽での身体と心の隷属』には堕ちなかったよ」
「「「凄い!」」」

 淫紋の力を知るドロシー、リズ、マルティナが驚嘆した。

「わたしは、愛する人に定着して頂いたので……この淫紋は宝物ですけど……オットーの様な男に弄ばれる事を考えると──地獄でしたね……」

 そう言って下腹部に手を当て、悲しそうにアスカを見つめるドロシー。

「あぁ、まさに地獄だったよ……今は、ゴージュになら……また刻まれても良いかな?って思ってる。確かに好きな相手に定着して貰えれば宝物だよな」

 アスカが悲しげに笑う。

「っていうか……今までの話の流れを聞くと……アスカさんとゴージュさんって……その……」
「もちろん恋人同士だ。ゴージュに『愛する男とのセックス』ってやつを……教えてもらった♡」
「!」

 俺はもう少しで飲んでいたスープを噴き出すところだった。

「ゴージュ!やっと愛する人を見つけたんだよな?……遊びじゃないよな?」

 俺はスプーンを置き、腰の『闇斬丸』に手をかける。

「待つッス師匠!本気!本気ッスよ!もう『愛の探求者』ナンパ師ゴージュは廃業ッス!これからはアスカだけを愛するって誓ったッス!」
「……なら良い」

 俺は座り直して、食事を再開した。

「愛する男とのセックス、最高だろ?」
「あたしもヒロヤ兄ちゃん大好きだから、ヒロヤ兄ちゃんとのセックスも大好き♡」
「淫紋……どこかで刻み直します?ゴージュさんだけの『雌奴隷』になれますよ?」
「……うん。こんなに良いものだとは思わなかった。オットーに犯されてた時は嫌悪しか無かったが。ゴージュの雌奴隷なら──うん。悪くない」
「いいなぁ……アルダも初めては好きな人に抱かれたいもんなぁ……」

 女子衆、夕食の場で話す話題じゃないよ……

 俺とゴージュの男二人は、真っ赤な顔をして食事をかき込むしかなかった。
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