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116話「淫紋の力とランク判定」

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(ん……気を……失ってた……?)

 目を開けると、ぼんやりとした視界にレナの心配そうな顔が見えた。

「あ、レナ……」

 起き上がろうとしたけど──全身に激痛が走る。

「痛っ!」
「やっぱりね。ヒロヤくんが浩哉になって戦った時みたいな全身筋肉痛になってるのよ。……カズミの身体じゃ、和美になった状態でのセックスはかなりの負担だったみたいね」
「ヒロヤ……は?」
「ここだよ」

 声のする方に視線を移すと、背中の傷をドロシーに手当てされているヒロヤがいた。
「あ……ごめん……それ、私が……」
「ちっちゃいヒロヤに戻った途端に痛がってな。ほら、ここも。カズミが激しく噛むから」

 リズがニマッと笑いながら、ガーゼの充てられたヒロヤの肩口を指差す。途端に顔が熱くなる。

「レナ……ヒロヤに『回復ヒーリング』を──」
「嫌なんだって。せっかくカズミにつけられた傷、治したくないって」

 レナは私の身体に『回復ヒーリング』を掛けながら笑顔で言った。

「……愛されてるね、カズミ姉ちゃん」

 ベッド脇で両肘を付いて顔を支えて、私の顔を覗き込んでいるマルティナがニッコリ笑っている。
 もう一度ヒロヤに視線を移すと、照れたように笑っていた。



「今回の出来事は、恐らく淫紋の力とカズミの魂の相乗効果かな……」

 少し身体も楽になったので、ベッドに身を起こして座り、レナの話を聞く。

「淫紋には……まだ他の力があるのですか?」

 ドロシーは不安げな表情だ。

「ううん。他の力というよりも……淫紋ってのがそもそも『女性の心の奥底にある性欲を引き出す』効果もあるのよ。情欲が湧いてくるアレね」
「なるほど。淫紋による情欲っていうのは、勝手に湧き上がってくるものじゃなくて、もともと持っている性欲なんだ」

 ヒロヤの言葉に、真っ赤になって両手で顔を覆うドロシー。

「……わたしは……もともといやらしい女だったんですね……」
「……別にそういう訳じゃないよ。心の奥底の性欲なんて誰でも持ってるものよ?ただ、その性欲を引き出して何倍にも何十倍にもするのが淫紋の力なの」

 レナが少し笑いながらドロシーを慰める。

「あ……わかった気がする」

 そうか。私はレナの話で今回『前世の身体になった私』の理由に思い当った。

「うん。多分カズミの考えてる通りだよ。淫紋の力で『魂として存在する』前世の和美が引き出されたんだと思う」

 レナが私に頷いて返す。

「そっか!カズミの心の奥底にある性欲ってのが前世の和美なんだな!性欲イコール和美か」
「カズミ姉ちゃん……えっち」
「えええええええ?」

 え?リズ?マルティナ?そういう事なの?

「違う違う。多分、カズミは情欲が溢れた状態で『元の和美の身体になりたい』とか考えたんじゃない?それで淫紋が『魂として存在する前世の和美』を『心の奥底にある性欲』と認識して引き出したんだと思うよ。……いずれにしても凄い力だと思う」
「ですね……上級の精神魔術でもそういった事は可能かどうか……」
「そうね。たかだか『呪いの紋様』と侮るなかれってとこだわ」

 ドロシーとレナが目を合わせて頷きあう。

「とにかく重ねて言うわね。この『疑似淫紋』はれな達以外には絶対秘密。門外不出よ」

 私、リズ、マルティナ、ドロシーは真剣な表情で頷いた。

「アタイ達が使うぶんには……その……良いんだよな?」

 リズがおずおずと訊ねる。

「まぁいいわ。それも絶対ヒロヤくんの前で使う事。ヒロヤくんがいない所で使って……他の男に籠絡されても知らないからね?大変な事になるんだから」

 レナは真剣な顔でリズに言い含めるが、『絶対条件』として名前が上がったヒロヤは流石に恥ずかしそうだ。

「恥ずかしがってるけど、リズが他の男のものにされちゃってもいいの?レナが言ってるのはそういう事。
『お前らは俺のもんなんだからな!』ぐらいは言ってもいいと思うよ?」

 私はそう言ってヒロヤの背中を叩いた。

「いっ!」
「あ!ごめん!」

 そうだった。ヒロヤの背中には、私の爪で強く引っ掻いた跡があるんだった……

「言われなくてもそのつもりなんだけど……ヒロヤから直接言われると……身が引き締まるというか……腰の力が抜けちゃうというか……だから言って欲しいな」
「身が引き締まるのか、腰砕けになるのか……どっちなのよ……」

 リズの言い回しに苦笑してしまった。まぁ、言わんとしてる事はわかるけど。

「カズミももちろんだけど、リズ、マルティナ、ドロシー、レナ……みんなは俺のものなんだから、他の男には触れられる事すら許さないからね」
「不意討ちずるいよヒロヤ……」

 瞬間的に顔が熱くなる。

「ふへぇぇぇ♡ もちろんだよ♡」
「あたしはヒロヤ兄ちゃんの女(もの)……♡」
「もちろんです。わたしはヒロヤさんの『牝奴隷』ですから♡」
「れれれれれれれなも?」
「うん。……いずれいただきに参上します」
「ここここここ心の準備だけはしておくね……?」

 どうやら私も含めて、身が引き締まりつつも腰砕けになったようだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 不思議な事があったけど、その結果には大満足だった夜も更け、みんなで寝室に向かい寝る事とする。
 胸に顔を埋めるカズミを抱き、マルティナの胸に抱き締められながら横になった。いつもの同じベッド上での『雑魚寝』状態だけど、俺に引っ付いて寝るがいつも違っているのは女性陣でローテーションを決めてるのかな?

「明日は早起きしてみんなでギルドに向かうからね」

 リズの言葉に、それぞれ返事して眠りについた。



 翌朝、ハンナさんの朝食を済ませて愛馬ハヤに急いで荷物を結わえ付ける。
 リズ、マルティナもそれぞれカゲ、クロに荷物を積む。ちなみにドロシーは宿から借りた栗毛の馬をいたく気に入り、無理を言って安く譲ってもらった。名前はクリ。……ちゃんをつけて呼べない名じゃん……
 それぞれ愛馬を連れて宿の門に向かうと、カズミとレナが既に待っていた。
 ハンナさんの「いってらっしゃい」の言葉を受けて、みんなでのんびりとギルドに向かう。



 朝早い時間にも関わらず、ギルドは冒険者達がかなり居た。

「お、ヒロヤ!今日から護衛任務に出掛けるんだってな!」

 昨夜、温泉で一緒になった冒険者達が声を掛けてくる。

「……あの後、娼館に行ったんだけどよ……なかなかイイ女が揃ってたぜ?……今度連れてってやるよ」

 俺の耳元で囁く冒険者。

「ま、また機会があれば頼むよ」

 カズミ達の冷たい視線を躱すように、俺は愛想笑いでその場を逃れ、カウンターのミヨリの元へ走った。

「ら、ランク判定頼むよ」
「アタイ達全員な」
「わかりました」

 微笑んで、例の水晶珠をカウンターに置くミヨリ。

「あ、そうだ。ヒロヤ君はこっちね」

 そう言って、もう一つ台座の色が違う水晶珠を出してきた。

「ヒロヤ君はこっちで判定してくれって、王都のギルド本部から送られてきたんだ」
「うん。俺のは差し引いて判定しなきゃだめなんだよ。軍務大臣にそう言われた」

 まずは俺が判定してもらう。手をかざすと、淡く輝いた水晶珠が、やがて元に戻る。

「ふむ……かなりの戦闘経験を積まれましたね。まぁレッサーデーモン、ヘルハウンド、グレーターデーモンですからねぇ……」

 呆れた声で呟くミヨリ。

「お、昇級してますよ。おめでとう!ランクBになってます」
「よしっ!」

 思わずガッツポーズする俺。

「まぁ、あんだけのモンスター相手だし当然だな」

 そう言って、リズも隣の水晶珠に手をかざしている。

「リズさんもランクBじゃないですか!おめでとうございます!」
「……うそ……アタイが……ランクB……?」
「リズもダンジョンで頑張ってたもんね!」
 カズミが手を叩く。俺とマルティナがはぐれた時、リズが前衛で頑張ってたって言ってたもんな。

 みんなそれぞれに水晶珠で測定する。
 マルティナ、ドロシーもそれぞれCからB。上級魔術を使える様になったらしいレナはBからA。カズミもDからCに昇級していた。

「私だけ……Cなのね……」
「いやいや。カズミちゃん?その歳でランクCなんて王国内に居ないからね?ヒロヤ君とレナちゃんが規格外なだけだからね?」

 ミヨリが慰めるというより呆れた感じでカズミに言葉を掛ける。

「ヒロヤなんて……本気出したらランクS超えちゃうのに……」

 カズミがぼそりと言った呟きを聞いたミヨリが、驚きの表情で固まった。 

「あの……カズミちゃん?それはどういう──」
「あ、そうそう!今回の『指名依頼』は、俺とリズとマルティナ、ドロシーで行くから!よろしくね!」

 俺は更新されたカズミのギルドカードを受け取って、落ち込むカズミの手を引いて外に出た。

「カズミ……ランクなんかより、如何にパーティーで貢献してるかが大事なんだからね?いつも助かってるし、頼りにしてるんだから」
「……ホントに?」
「俺、今回の護衛任務は……カズミが居ないからダメかもしれない……」
「ヒロヤ……それは言い過ぎ……」

 後頭部を軽く叩かれる。そして、軽く唇を重ねてくる。

「ちゅっ♡おまじないしとくね♡」
「うん。これがなきゃダメなんだ」
「……気をつけてね?」
「うん」
「……全く……いちゃいちゃは済んだかい?」

 振り返ると、みんながジト目で俺とカズミを見ていた。

「みんなも気をつけてね」
「引っ越しとかは、れな達に任せて!スノーウルフちゃん達も居るし、こっちは心配しないで」
「アタイ達にも、おまじないってやつしておくれよ♡」

 そう言って、頬を差し出すリズ。
 カズミもレナも、みんなの頬にキスをする。

「よしっ!これでアタイらも頑張れるよ!」
「ありがと。カズミ姉ちゃん、レナ姉ちゃん、行ってくるね」
「カズミさん、レナさん……行ってきますね」
「あ、ヒロヤくんにも!」

 レナが頬にキスしてくれた。

「参上……待ってるね?」

 耳元でみんなに聞こえないように囁くレナ。
 俺は赤い顔で小さく頷いて、ハヤに跨った。

「じゃあ留守よろしく!鍛冶屋に寄ってから任務に行ってくるわ!」

 カゲに乗ったリズを先頭に、俺達は朝靄の中、まずは三姉妹の鍛冶屋を目指した。
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