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61話「救出」

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(こんなもんか……)

 吹雪の吹き荒ぶ中、俺はなんとか二人入り込めるサイズの雪洞を掘った。
 中に入ってみる。

(うん、大丈夫そうだ)

 ここと、今胸当てに入ってる火炎石のカイロがあればなんとか凌げそうだ。

(ここまでなら、なんとか背負ってでも連れてこれそうだな)

 俺は雪洞を出て、もう一度人狩り共の宿営地を目指した。



(二人が夜警か……あと二人は馬車の中だな)

 茂みの中から覗き込むと、焚き火を挟んで二人が起きていた。
 腰にぶら下げた小型クロスボウを取り出す。矢は三発。あと、外套の内側にぶら下げた弾倉一つ。計六発か。なるべく脚を狙って、後の追跡をされにくくしなきゃ。
 茂みから狙いをつける。この距離だと外す事はない。
 一発目で一人の太腿を撃ち抜く。

「ぎゃぁぁ!」
「なんだ!」

 脚を抑えてのたうつ男。もう一人は立ち上がって辺りを見渡す。次はその男を狙って、俺はクロスボウを発射する。二連射。立ち上がった男の両腿を撃ち抜く。

「いでぇ!」

 立ち上がった男は、そのまま後方に倒れ込む。
 一瞬、クロスボウを再装填するか迷ったが、そのまま茂みを飛び出して、倒れ込む二人の首筋に思い切り峰打ちを見舞ってやった。

「グッ!」
「ガッ!」
「どうした?」

 馬車の中から声がしたので、車輪の下に潜り込んで隠れる。馬に騒がれると困ると思ったが、幸い夜は放されているようだ。
 馬車から降りてくる脚が見えたので、そのふくらはぎに斬りつける。これぐらいでは死なないだろう。

「ぎゃぁぁぁ!」

 倒れ込んできた男と目が合う。

「誰だ!このクソガキ!」

 馬車の下から飛び出して、こいつの首筋にも峰打ちを喰らわせ、そのまま馬車に飛び込む。
 横になった女性の上に跨り、その豊かな乳房を愛撫する男がこちらを向いていた。

「なんだてめぇ……」

 立ち上がって手をかざす。マズい、コイツが魔術師か。間に合うかな。

身体強化フィジカルブースト!」

 全力で駆け出し『闇斬丸』を抜き放つ。

(腕の一本ぐらいじゃ死なないよね……)

 かざす腕を瞬時に斬り上げた。

「ぎゃぁァァァァァ!」

 宙を舞う男の右腕。俺は斬り上げた『闇斬丸』の峰で男の延髄に一撃を叩き込んだ。
 横たわる女性の隣に男が倒れ込む。早くしないと痛みで意識が戻るだろう。

「俺は味方だよ。君を助けにきた」

 馬車内にあった毛布をエルフの女性に掛けてやる。やはり身体が動かせないのか、頭だけを起こして俺を見る。
 その顔立ちの美しさにハッとする。燃える紅葉の様な長い髪、切れ長の目元に淡い緑色の瞳。以前会った事のあるエルフ達とは比べ物にならない程の美貌に不安げな表情が浮かんでいる。
 俺は思わず目を逸してしまった。

「言葉、わかる?」

 小さく頷くエルフ。

「ちょっと辛いと思うけど、俺が背負うから我慢してね」

 そう言って、エルフの身体に毛布を巻きつけて背中に背負い、外したスカーフで身体を俺に縛り付ける。『身体強化フィジカルブースト』の効果で軽々と持ち上がった。
 彼女の脚をなるべく引きずらない様に、頑張って担ぎ上げて馬車を降り、雪洞を目指して歩き出した。



 猛吹雪の中、なんとか雪洞に辿り着く。途中、二度ほど『身体強化フィジカルブースト』を掛け直したので、少し疲労が出てきた。
 雪洞の中に防水効果のある俺の外套を敷いて、エルフの女性を横たわらせる。そして毛布を身体に掛けてあげた。

「寒いだろうけど、吹雪が止むまではここで我慢して」
「……」

 また小さく頷くエルフ。

「喋れないの?」
「……」

 頷く。

(魔術で何かされたか、物理的に喉に何かされたのか)

 そんな事を考えてると、エルフは頭を起こして、自分の右手に目をやる。

「手がどうかしたの?」

 手を見ると、指先を動かしている。あ、何か伝えたいんだな。
 俺は彼女の手を持って、雪洞の壁に持っていってあげた。
 頭を動かしてそちらを見、雪の壁に指を這わせる。字を書いてるのかな?

「ど……ろ……しー?」

 薄っすらと壁に書かれた文字を読む俺に、微笑みかけるエルフ。

「君の名前か。ドロシー?」

 柔らかく微笑んで頷くエルフ。



 雪洞の外では雪が吹き荒び、時折風向きが変わり中に吹き込んでくる。
 流石に冷えるんだろう、毛布の下で震えるドロシー。

「寒いよね……ちょっと待ってて」

 まずは雪洞の入り口を、少し開ける程度にして雪で塞ぐ。少しはマシかも。
 そして俺は胸当てを外し、内側に取り付けてある火炎石のカイロを取り出す。
 布製のポーチに入ったそれを、毛布の内側……ドロシーのふくよかな胸の辺りに入れる。

「触られるの嫌だろうけどごめんね」

 そう言ってドロシーの服の内側にカイロを置いた。
 外套も脱ぎ、カイロもドロシーに渡した俺は流石に寒くなってきた。

(ヤバいな……あいつらの所からもう一枚毛布を持ってくるんだったな)

 ドロシーを背負う時に使ったスカーフを首に巻きつける。雪まみれにはなっていたが、幸いにも濡れてはいない。
 座り込んで膝を抱えたところ、ドロシーが俺の足首を掴む。

「?」

 ドロシーを見ると、じっと俺を見つめている。俺の足首を掴む手に少し力が入る。
 掴まれてる足首に目をやると、手を離してクイックイッと誘うような動きをする。

「あ、そうか……でも、いいの?」

 頷くドロシー。

「じゃあごめんね」

 少しドロシーの身体を横向けにして、隣に寝そべる。胸を合わせて、その間に火炎石カイロを挟み、二人で毛布にくるまる。

「はーあったかい……」

 眠らない様に気を付けながら、俺とドロシーはお互いの体温と火炎石のカイロで暖を取った。



 吹雪がその勢いを失い、やがて薄っすらと陽が差し込んでくる。雪洞の少し開けた開口部は、ほぼ雪に埋まっていた。

「なんとか凍死しないで済んだね」

 俺の笑えない冗談に、ドロシーは軽く笑顔で返してくれた。途中、火炎石の熱量が落ちたけど、少し魔力を注ぐ事で再び充分な熱を持ってくれた。ほんと便利だよこの魔導具。
 起き上がり、塞がった出口の雪を払い除けようと立ち上がると、雪の向こうでブルブルいう音がする。そのうちに、雪が崩れて馬の鼻が現れた。

「ハヤ?」

 ブルルッ!と鼻で返事をしたあと、大きな嘶きをあげる。

「ハヤ!そこにヒロヤがいるの?」

 遠くでカズミの声がする。

「すぐに戻ってくるから」

 ドロシーに声を掛け、雪洞を出る。

「ヒロヤ!ヒロヤぁ!」

 雪に足を取られながらも走ってくるカズミ。そのまま俺に飛びかかってきたので、なんとか抱きとめる。

「ばか!ばかっ!ばかぁ!」
「ごめんよ……心配かけて」
「もう……死んじゃったかと……思ったんだから!」

 泣きじゃくるカズミをとにかく宥める。

「雪洞に身体が動かせないドロシーってエルフが居るんだ。人狩りの連中が居て、そいつらから助け出したんだけど……」

 泣きやんだカズミが顎に指を当てて、斜め上を見上げる。『念話テレパシー』だ。

「今、レナに話しといた。すぐにルドルフさん連れてきてくれるって」

 カズミと話していると、雪原の向こうから騎馬が走ってくる。

「あ……」

 リズだ。これは怒られる。「深追いはするな」って言われてたもんなぁ。それで遭難したなんて絶対怒鳴られる。

「ヒロヤーッ!」

 うん。あれは怒声だ。
 俺の横を通り過ぎると思いきや、馬上から飛び降りて俺に飛び掛るリズ。

「うわっ!」

 流石に馬上から飛び掛るリズを受け止める事は出来ず、雪の上に押し倒される俺。

「バカやろう!アタイがあれほど……あれほど言ったのに……」

 怒声が泣き声に変わる。

「ごめんリズ……」

 リズの胸に抱きかかえられながら謝る。

「無事で良かった……」

 リズは涙声で俺を強く抱きしめた。

 とにかく、リズにも事情を説明して雪洞の中に入る。
 不安そうに横になっていたドロシーが、俺を見てホッとしたような表情を浮かべる。

「……身体が動かせないのかい?」
「あぁ、魔術で何かされたみたい。喋る事も出来ないらしいんだ」
「そっか──ちょっと口を開けてみな」

 リズがそう言うと、素直に口を開けるドロシー。

「……やっぱりね。喉を焼かれてるよ……痛いだろう?」

 リズの言葉に首を振るドロシー。

「そうか……痛みは無いのかい。これはかなり大変な治療が必要かもね。人狩りの奴ら、騒がれないように喉を焼くやつらもいるんだよ」

 そう言って喉元を優しく撫でるリズ。

「……うん、うん……分かった」

 カズミが何か呟いている。

「この娘『念話テレパシー』が使えるよ。『助けてくれてありがとう。名前を教えて』だって」

 カズミが俺を見る。

「あ、言ってなかったね。ヒロヤ。ヒロヤ・オブライエンっていうんだ。彼女たちは俺の仲間で、カズミとリズ。もう少し待っててね。お医者さんも来てくれるから」

 俺の言葉に頷くドロシー。

「『あなたの身体、とても暖かかった』だって。──ヒロヤ……何したの……」

 カズミが俺を睨む。

「いや、火炎石のカイロが一つしかなかったから、二人で……抱き合って暖を取ってました……」

 無意識に正座をしてカズミに向かって頭を垂れる俺。

「むうっ……まぁ、緊急事態だったから仕方ないわ」

 頬を膨らませていたカズミがやれやれという表情で天を仰ぐ。

「でも……奴隷にされなくてほんと良かったね」

 視線をドロシーに戻し、優しく微笑みかけるカズミ。

「……え?そうなの?……それってなんとかならないの?」

 『念話テレパシー』でドロシーと会話しているようだ。

「……淫紋を刻まれたんだって。まだ何もされてないから隷属の力は働いてないけど……昨夜も何度か……その……下半身が疼いて仕方なかったって……」

 赤い顔でカズミがドロシーの言葉を伝えてくれた。

「どうりで……エルフにしちゃ肉付きがいいなと思ったんだよ。淫紋で発情させられてるんだな……あるじがまだ居ないとはいえ、これは不定期に劣情に襲われるぞ……」
「なんとかならないのか?」

 俺はリズに聞いてみるも、悲しげに首を振る。

「淫紋を消すには、あるじが死ぬしかない。あるじの居ないこのの淫紋は……消せないんじゃないかな。ルドルフさんに任せるしかないよ」

 やがて、雪洞の外でハヤの嘶きの後、何頭かの馬の足音が聴こえた。ようやくレナやルドルフさんが到着したらしい。



 みんなでドロシーを雪洞から出してやり、馬を降りてきたルドルフさんに預ける。ルドルフさんの『破魔ディスペル』により、ようやく動ける様になったドロシーを後ろに乗せて、ルドルフさんは急いで診療所に向かって馬で駆けていった。
 その後、俺はレナとマルティナにも揉みくちゃにされた事は言うまでもない。だから……俺が悪かったから泣かないでよ……
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