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60話「ラツィア村の冬」

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「もう少し引きつけるんだよ」

 深く積もった雪原に掘られた雪溝に潜み、リズの指示に従ってクロスボウを構える。
 レナとマルティナの『探知ディテクション』によって、接近するスノーウルフの群れを発見した俺達は、いつもの手順に従って雪溝を掘って待機した。

「アタイの合図で一斉射撃。弾倉打ち尽くしたらヒロヤとマルティナはここを飛び出して接近戦。カズミは自分とレナのクロスボウの装填。レナはヒロヤとマルティナに風の『防御プロテクション』を掛けて」

 俺達はラツィア村に帰還後、早速村周辺での狩りを始めた。
 『小鬼の森』外周でのゴブリン討伐、北部平原でのワイルドボア狩り……
 五人が連携を取れるようになる頃には、季節は冬になっていた。
 最近はもっぱら雪原でスノーウルフの群れを討伐している。大型の狼で、群れの統制も取れておりなかなかの難敵だ。

「少し吹雪いてきたね……早めにケリをつけるよ。それと……」

 リズは複合弓コンポジットボウに矢を番えながら、俺とマルティナを見る。

「深追いはしちゃダメだよ。多分これから吹雪になるだろうし、奴らを追い払ったら村に帰るからね」

 リズの言葉に俺とマルティナは頷いた。

「よし。じゃあ……」

 雪溝から頭を出し、複合弓コンポジットボウを構えるリズ。俺達もクロスボウを構える。群れまでの距離はおよそ100mといったところか。

「斉射!」

 リズの合図とともに、俺達はクロスボウをスノーウルフの群れに向かって撃ち込む。
 20頭ほどのスノーウルフの約半数が倒れる。
 三連射してクロスボウを腰のフックに仕舞うと、マルティナと目配せして雪溝を左右に飛び出す。

防御プロテクション、風!」

 レナの言葉とともに、俺の周りで吹雪とは違う風が渦巻き始めた。飛来する矢から身を守る魔術。味方に撃たれちゃ笑えないからね。
 二手に分かれた群れの先頭が俺に飛び掛る。
 腰の『闇斬丸』に手を掛けた時、スノーウルフが頭部に矢を食らって吹っ飛ぶ。リズの援護だ。
 後ろに続いた一頭を抜き打ちに両断する。そのまま納刀して、唸り声を上げる右側に駆け出した。
 牙を向いて飛び掛るスノーウルフの巨体。

身体強化フィジカルブースト

 こちらから急接近して懐に飛び込み、スノーウルフの腹部を斬り上げる。
 マルティナの方を確認すると、既に二頭斃れており、一頭がマルティナに飛び掛かっていた。
 雪溝へ二頭向かっていたが、リズの射撃と、装填の完了したレナとカズミのクロスボウで何とかなりそうだ。
 俺は迷わずマルティナの方に駆け出した。
 飛び掛かってきたスノーウルフの牙を、左手に構えたマン・ゴーシュで受け止めるマルティナ。しかし、その巨体に押し倒され抑えつけられている。

「マルティナ!」

 俺に気がついたマルティナが笑いかける。同時に馬乗りになっていたスノーウルフが横倒しに倒れた。ショートソードを突き立てられたようだ。

「ヒロヤ兄ちゃん、大丈夫だよ」

 胸当てをスノーウルフの血で染めたマルティナが立ち上がろうとするので手を貸す。

「ありがとね!」

 起き上がり、スノーウルフからショートソードを抜くマルティナ。

「早くリズ達のところへ。かなり吹雪いてきたからはぐれると厄介だ」
「ヒロヤ兄ちゃんは?」
「すぐ戻る」

 そう言ってマルティナの背中を押し、俺は群れの半数が倒れている場所へと向かった。

(戦っている最中に、一段と大きな姿が見えたんだよ……)

 恐らく、群れのリーダー。他のスノーウルフよりひと回りは大きかった。
 周辺を見渡すも、その姿は無かった。やがて吹雪が勢いを増しだした。

(みんなのところに戻るか……)

 そう思った時、左側から強烈な殺気が襲い掛かってきた。向き直って『闇斬丸』に手を掛けるも間に合わない。
 左腕の手甲で防ぐ。吹雪を切り裂いてスノーウルフの巨大な頭部が眼前に迫る。
 その大きく開かれた口に腕ごと手甲を押し込む。

「うわっ!」

 牙の直撃は回避できたものの、その勢いに吹っ飛ばされた。
 すぐに体勢を立て直す。やはりリーダーなのか、こちらに迫ってくるその身体は他のスノーウルフより遥かに大きい。
 身を転がせてその突進を躱し、スノーウルフの背中に飛び乗った。

(今離れるとヤバい……なんとか今のうちに手傷を……)

 腰のナイフを取り出し、俺にしがみつかれたまま全力で疾走するスノーウルフの背中に突き立てる。

「ギャウンッ!」

 急減速し、身を捩って俺を振り落とす。

(よし、なんとか距離は取れたか)

 体勢を整え『闇斬丸』に手を掛ける。
 既に辺りは猛吹雪で、全く視界がない。が、正面からくる凄まじい殺気が、相手の位置を教えてくれる。

「グルルルルルルルルルッ……」

 唸り声が聴こえる。俺は姿勢を低く取り、何時でも抜刀できる姿勢で待つ。
 やがて、殺気が消える。唸り声も聴こえなくなり、吹き荒ぶ吹雪の轟音だけが耳を打ち続けた。



(しまった……はぐれるとはね……)

 スノーウルフにかなり運ばれてしまったようだ。リズ達の居た位置が吹雪のせいで全くわからない。
 外套のフードで頭を覆い、スカーフで顔を吹雪から防ぐ。
 俺は吹雪が強くなる以前に確認していた森の方向へと足を進めた。



 森の中は少し吹雪もマシになる。巨木の陰に座り、左手を確認する。手甲が裂け、二層目の合金が露わになっていた。

(怪我はなし。さすがトルド特製だ)

 顔を上げて周囲を確認してみると、木々の間から焚き火の灯りが彼方に見える。

(冒険者パーティー?それとも吹雪を避けて森に入った商隊?だとしたらこの森での宿営は危険だ)

 森の中であることに加え、吹雪のせいで太陽の位置は分からないが、恐らく夕刻。相手の正体が分からないので、木々に隠れてそっと近づいて行った。

「吹雪とはツイてないな」
「そうは言うが、おかげで森に避難してたエルフの商隊に会えたんだ。ツイてるよ」
「男連中、全員殺しちまったけど良かったのか?」
「男は需要が無えんだよ。性欲も無え、アレも小せえから性奴隷として使えねぇしな」
「結局女がひとり。まぁ、コイツは高額で売れるからかなりの儲けになるぜ」

 藪に隠れて焚き火を囲む男たちの会話を聞いた。ヤバいな。奴隷にする為に人を狩る連中か。

「で、女はどうしてる?」
「あぁ、淫紋だけ刻んでおいた。あとは魔術で身体に力が入らねぇようにしてあるから逃げることはあるめぇよ」
「淫紋刻まれたエルフの女か……つまみ食いしちゃだめかな?」
「ダメに決まってんだろ。初物じゃなくなるだけで商品価値が下がるってんのに、お前の性奴隷になっちまうじゃねぇか」
「だよな。淫紋刻まれて最初にぶち込んで中出しした男に隷属するんだったな」
「気持ちはわかるさ。淫紋刻んだ事で、身体は発情した雌エルフのまんまだからな」
「発情期の雌エルフはなんであんなに色っぺぇんだろな」
「そりゃ雄のエルフをその気にさせる為だろうよ。雄は性欲無えからな。まぁ、だから奴らの出生率低いんだろうけど」
「とにかく、吹雪が止まなければこのまま野営だ。最近この森は物騒だと聞いた。警戒を怠るなよ」

 俺は静かに連中から離れ、どうするかを考える。どうやらエルフの女性が囚われてる様子。既に同行してたエルフ達は殺されている。

(多分、監禁されているのは馬車の中か)

 魔術で身体を動けなくされているそうだから、そう簡単には助けられない。俺のこの体格では抱えて逃げる事も困難だろう。

(せめてハヤが居ればな……)

 王都への旅からの相棒である、ハヤと名付けた青鹿毛の馬を思う。
 四人の男を相手にするには分が悪い。淫紋を刻み、身体を動けなくしたという事は魔術師が混じっている。

(それに……人狩りとはいえ、殺すのはマズいだろうしな)

 救出後に森を出て、吹雪に紛れてしまえば追手もかわせるだろう。

(まずは隠れる避難場所を……)

 先程、雪溝を掘る時に使った折り畳み式のショベルは持っている。それで雪洞を掘って、救出後そこに避難しよう。
 俺は吹雪の吹き荒ぶ雪原を目指した。
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