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39話「宿場町ボルグ」

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「あ、ヒロヤ!見えてきたよ!、」
「意外と早く着いたね……そういや予定より早く行程進んでるって言ってたっけ」

 俺とカズミは馬車の屋根に上がって前方に見える町を確認していた。

 リズが客用馬車、マルティナが貨物用馬車を御して、途中お昼に休息をとりつつも、陽が西に傾く頃には宿場町ボルグが見えてきた。
 レナの言うとおり、四頭のカラ馬もちゃんと着いてくる。

 やがて歩哨の立つ町の入り口へ。リズが冒険者カードを出して何やら事情を説明している様子。
 しばらく話をしてたようだが、俺達のところにきて頭を掻きながら話した。

「淫魔の件の説明しなきゃいけないから、自分達の荷物降ろして先に宿に行っといて」

 そう言って、予約を取ってある宿の場所が書いてあるメモを渡してくれた。
 俺とカズミ、レナ、マルティナの四人は、それぞれ荷物を持って、教えられた宿に向かった。



「え? ひ……一部屋?」
「はい。オブライエン卿からのご予約は大部屋でお一つでございました。五名様でよろしかったですよね?」

 やられた……あの親父……

「はい!それでよろしくお願いします!」
「あの……せめてあと一部屋空いてないですか?狭いのでいいんで……」

 俺はなんとか食い下がるも、宿の受付嬢は残念そうに首を振る。

「申し訳ありません。今日はすべて埋まっておりまして……」
「……最悪布団部屋でm……」
「さ!行こう行こう!」

 往生際の悪い俺を、カズミとレナが強引に引っ張って部屋へと向かう。

「♪」

 マルティナも嬉しそうな顔するんじゃない。

「お、女の子はそういうところ恥じらいを持った方が……」
「えーみんなで仲良くおしゃべりしながら寝ようよ」

 レナが繋いだ手をぶんぶん振りながら、指定された部屋の扉を開ける。
 リズとあんな事あったから、俺自身の(23歳・健康な男性としての)性欲がヤバいんですよ皆さん。

(これは悶々として眠れないパターンだわ……)

 俺は諦めて部屋へと入った。



 部屋に入って、用意してあった人数分の清め桶(身体を拭くために用意された水とタオルが入ったもの)でそれぞれ身体を拭く……
 いや当然女性陣が身体を拭く時は部屋出てたよ?もちろん俺が拭くときも出てもらったし。

「ほら……こういうのがいちいち面倒じゃん……」
「別に一緒に拭いても良かったのに。もうヒロヤがエッチなのは良く分かったから、見られても良いし」

 ……カズミさん、あなた前までは頑なまでに『覗くな!』っておっしゃってましたよね?

「れなはもともと平気~なんなら拭いてあげても良かったけど」
「あたしも平気~」

 レナはまぁ良いとして、マルティナ、もう君は五歳じゃないでしょ?

「あーでもマルティナの裸はヤバいわね……」

 ほら。カズミさんは分かってらっしゃる。

「マルティナのむちむちエロエロボディーはヒロヤには刺激が強すぎるもん……私も早く大きくならないかな」

 カズミが胸に手を当ててちっぱいを嘆く。

「そうなの?ヒロヤ兄ちゃん」

 いつものように「むにゅっ」と胸を背中に押し付けてくるマルティナ。
 俺は壁を向いて、股間を鎮めるべく意識を他に集中する。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前……」

 そう。『早九字護身法』である。

「なになに?ジャパニーズニンジャ?」

 レナが左腕を抱きかかえて聞いてくる。

「あ、ヒロヤが良くプレゼン前に唱えてた言葉だ!」

 カズミは右腕を……
 当然、集中できるわけも無く……

「……もう知らん……」

 開き直って、思いっきりおっ立てましたよええ。



 そろそろ晩御飯の時間になりつつあったけど、まだリズが帰らない。

「せっかくだからみんなで食べたいよね」

 カズミもそう言うし、みんなも同じ思いだったのでリズを待つことにする。幸い、一階が食堂になっているから、遅くても食事にはありつけそうだし。

「おまたっせー!……はぁ疲れたわ……」

 それからすぐに、元気なのか疲れてるのかよく分からない感じでリズが部屋に入ってきた。

「Dランク冒険者と女子供だけで高位妖魔を倒したって事をなかなか信じてくれなくてね……」

 部屋に入るやいなや、革防具を外しだすリズ。

「ちょ、ちょっと待って!俺、すぐ部屋出るから」
「良いよ。何回も説明するの面倒だし、一緒に聞いててくれ」

 肌着に手を掛けたところで、俺は壁の方を向いた。

「でさ、妖魔の石を見せたらなんとか信じてくれたんだけどね。初めは物取り目的で殺したんだろ?とか疑われてたんだよ」

 水音がする。リズが身体を拭いているんだろう。

「でもさ、ご丁寧に貨物馬車も一緒に運んでくる強盗居ないよね?って言い返したんだけど──そん時、外で馬車を見かけて……って商人さんの身内の人が来てくれたんだ」
「身内の人?」

 カズミが尋ねる声がする。

「そう。あの商人さん達『ゼット商会』って王都では中堅どころの商売人だったんだ。そのうちの一人が会長さんだったらしくて……その娘さんがね」

 あらかた身体を拭き終わったのか、服を着る衣擦れの音がする。

「この宿場町で合流する予定だったんだって。仕入伝票と荷物を照らし合わせて、全部揃ってたから疑い晴れたんだよ。──よし、もういいよヒロヤ」

 振り返ると、村娘風の格好をしたリズが。白いワンピースに革製のベスト、腰には薄紅のエプロンとなかなか似合っている。

「いつもいつもあの格好じゃ……ね?どうだい?似合ってるか?」

 くるりとその場で一周してみせる。

「リズ、可愛いよ……そう、そんな格好を見たかったんだ!」
「ウンウン。れな達四姉妹みたいだね」
「あたしもそう思った!リズ姉ちゃんって呼んでいい?」

 四人姉妹がそれぞれ盛り上がった後、揃って俺を見る。

「……うん。凄く可愛いと思う」
「よしっ!」

 リズが軽くガッツポーズをする。

「あ、そうだ。そのゼット商会の娘さんが下で待ってるんだ。是非お礼が言いたいって」
「じゃあ行こっか。そろそろお腹も限界だし、食事しながら話聞こうよ」

 カズミがリズの手を引いて部屋を出る。レナとマルティナも仲良く後に続いた。

「……ほんと美人四姉妹だ」

 そんな中に紛れ込んだ俺って何なんだろうかね……



「この度はわざわざ荷物を運んできて頂いてありがとうございました。『ゼット商会』のサーシャ・ゼットと申します」

 歳は20そこそこといったところか。丁寧な物言いとしっかりしてる様に見える雰囲気が、リズやマルティナよりは年上な感じ。
 髪は薄茶色のショートボブ、健康的な色の肌は、商人として各地を旅してるからか。

 彼女の話によると、父である会長は最近噂のラツィア村の温泉に入る為に、部下達に同行したらしい。
 彼女の方は、これから城塞都市ムンドへ取り引きに行く予定で、この宿場町ボルグで会う予定だったそうだ。

「我々の方で雇った護衛が不甲斐ないばっかりに、皆様にもご迷惑お掛けして……しかも大切な貨物まで届けて頂いて、本当に感謝しています」
「いえ……こちらこそ、同行の方々を守れず……申し訳ないです」

 村娘なリズが頭を下げる。

「やっぱり父達は……」

 サーシャさんの顔が曇る。

「妖魔どもの討伐後、周囲を捜索したのですが……誰一人見つかりませんでした」

 沈痛な面持ちで答えるリズ。

 しばらく沈黙が続いたが、やがてサーシャさんが口を開いた。

「もし父が亡くなったとなれば、商会の筆頭は私。商会として何かお礼をして差し上げたいのですが、今はあいにくと旅先にて……あ、そうだわ」

 サーシャさんが自然な動きで涙を拭き、顔を上げた。

「皆さんの乗ってきた乗り合い馬車、御者の手配までに数日かかるようなんですが、馬……護衛に預けていた馬を使って頂けませんか?」
「お気持ちはありがたいのですが……我々は野営の支度などをしてきておりませんので……」

 最近、師匠や父との会話で揉まれたせいか、丁寧な口調でリズが受け応えしている。

「王都まで、冒険者としての装備を整える為の旅だとお聞きしています。ならばそういった細かい道具などをお譲りできると思うのです。ちょうどムンドへ持ち込む商品にそういった物がありまして」

 そういって、鞄から手帳を取り出すサーシャさん。

「天幕……寝袋……毛布……外套……ランプ……食器や調理器具等のセット……手斧や鉈も積んでますね」
「リズ!ここはサーシャさんのご厚意を受けましょうよ!サバイバルや野営とか馬の旅なんかも、どうせ装備整えてからしなきゃいけない訓練なんだから」

 カズミが身を乗り出した。

「……なるほど。そういう実践をここでこなしときゃ、戻ってからの訓練が短縮できるよな」

 俺も概ね賛成だ。

「れなは馬車の旅って食事が嫌。温かいのが食べたい」
「あたしは馬に乗るの好き。それに、みんなと一緒に色んな事できるならそっちがいい」
「……アタイは快適な馬車の旅が良かったんだけど……」

 リズがため息をつく。

「でもまぁ、アンタ達に『冒険者の基本』を教えるには良い機会なのかもね。よし、サーシャさん、ご厚意ありがたく受けさせていただきます」
「ほんとなら、私達が王都までお送りするのが一番良いのですが……父の荷物をウチの馬車に積み替えて、そのままムンドに向かいますので」

 サーシャさんが申し訳無さそうにしているが、こちらとしてはありがたい申し出なのだ。

「よし、じゃあ明日の朝に馬と道具を受け取りに行きます」

 リズがサーシャさんの逗留先を聞いてメモする。

「では、難しい話はここまでで。どうぞお好きな食事を召し上がってください。私がご馳走させて頂きますので」

 サーシャさんが女性の給仕さんを呼んでくれたので、みんな好きな食事を注文した。



「それで……最後に父を見た時は、どんな感じでしたか?」

 食事をしながらポツリとサーシャさんが聞いた。

「我々は、ボックスシートに居ましたので、あまりお話する機会は無かったのですが……」

 リズは申し訳無さそうに答える。

「お茶」

 カズミがナイフとフォークを置いた。

「振る舞ってくれたお茶が凄く美味しかったの!」

 サーシャさんにそう訴えるカズミ。

「お茶……あぁ『エルフの茶葉』ですね」

 サーシャさんが微笑む。

「父が初めてエルフと取り引きした商品です。まろやかで、苦味の中にほんのりと甘味のあるお茶。私も好きです」
「うん、とても美味しかったです」
「そうでしたか……父の自慢の逸品でしたから……」

 ふんわりとした笑みを浮かべるサーシャさん。



「それでは、また明日の朝。お待ちしてますね」

 食事を終え、そう言ってサーシャさんは帰って行った。

「お父さんを喪って……辛いだろうけど、商会を支えなきゃいけないサーシャさん、大変なんだろうな……」

 ポツリとカズミが呟いた。

「……でも中堅とはいえ、王都に拠点を置く商会にパイプが出来たのはラツィア村としては良い事なのかもね」

 言葉の内容は打算的なのだけど、カズミの表情は凄く悲しげだった。

 
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