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35話「淫虐な計画」(視点・ヒロヤ→三人称→ヒロヤ)

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「……聴こえてたわよ……」

 水浴びを終えた女の子達が姿を現し、カズミが腕組みをして睨んでる。

「油断も隙もないわね。……男ってやつはホントに……」

 いや、俺はちゃんと阻止しましたよ?リズさん。

「まぁ、アイツらの傍には近寄らない事。判った?口もきかなくていいから。次なんかしたらアタイがぶっ飛ばしてやるよ」

 リズが他の三人に言い含める。なんかほんと引率の先生っぽいわリズが。



 馬車に戻ると、まだ出発までに時間があるようで、御者達と商人達がお茶を飲んでいた。

「あ、おかえりなさいませ。もう暫くしたら出発しますね」

 客車の御者の一人が立ち上がって挨拶してくれる。

「わかりました。俺達はもう乗り込んでおきますので」

 そう言って馬車に乗り込もうとしたところ、護衛の『覗き四人組』に取り囲まれた。

「なによアンタたち。退いてくんない?」

 リズがずいと一歩前へ出る。
 男たちは何を言うでもなく、リズ、カズミ、レナ、マルティナをジッと見ている。
 リズがもう一度何か言いかけたが、その前にフラリと背を向けてそれぞれの乗馬へと戻って行った。

「なにあれ……」

 カズミが気味悪げに軽く震え上がった。

(なんかさっきと全然雰囲気が違うな……確かに気味悪い)

 もっと明るい連中だった印象なんだが。

「まぁ、覗きをする様な連中なんだから相手にしない方がいいよ」

 レナはマルティナの手を引いて馬車に乗り込む。
 俺もちょっとアイツらには気を付けた方がいいと思い直した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「確認したか?」

 貨物馬車の陰でリーダー淫魔が他の淫魔を見渡す。

「あぁ」
「うん」
「えぇ」
「しかし、四人のうち子供二人と女の一人が『あの小僧』とはな」

 リーダー淫魔が顔をしかめる。この高位淫魔インキュバス達は、先程、標的を取り囲んだ時に『彼女たちの深層意識』を読んだのだ。
 淫魔インキュバスは精神魔術に長けた妖魔である。しかも高位を標榜する彼らに、それぞれの想い人を読み取る事ぐらいは朝飯前なのだろう。

「女を堕とすには『相手の想い人』の姿を借りるのが一番手っ取り早いからね。僕はラブラブな性交まぐわいが好きだし」

 戦士淫魔が笑顔で話す。

「わたしもその手段が好きだねぇ……でも本人が同行してるのは厄介だよ」

 盾師淫魔が忌々しげに客用馬車を睨む。

「俺の狙ってる『跳ねっ返り女』の男はこの場にいない野郎だったからまぁ楽だな」

 リーダー淫魔は笑う。

「そう?僕には、そのもう一つ奥に別の男が見えかけたんだけどな……」
「わたしもだよ。……他の女達と同じ坊やっぽい姿が見えた気がしたんだけど」

 戦士淫魔と盾師淫魔が首を傾げる。

「どちらにせよ……まずは小僧を排除する事だな」

 そう言って盾師淫魔の肩を叩くリーダー淫魔。

「……どうしたの?」

 戦士淫魔が黙り込んでいる槍使い淫魔に声を掛けた。

「いや……オレの獲物の想い人もあの小僧であったのは間違いないんだが……」
「何か気になった事でもあるのかしら?」

 盾師淫魔も槍使い淫魔を窺い見た。

「……何やら心に術が施されて……封印されてるような節があった。……ふむ、襲う前にそれを解いてみるか……なにやら楽しいプレイができるかもしれんな」

 考え込んでいた槍使い淫魔がニヤリと下卑た笑いを浮かべる。

「三人は小僧の排除から始めるといい。オレは小僧の姿を借りるつもりはねぇし。心の封印を解いてどうなるかはわからんが、そもそもオレは無理矢理犯してから、身も心も肉欲に堕とすのが好みだからな」
「なるほどな。ならば手順の変更だ。俺達三人は小僧を殺す。お前はあの肉感女を無理矢理手篭めにすりゃいい。……今夜決行だ」

 リーダー淫魔が計画を纏める。

「……肉感女が夜一人になったら俺が小僧を誘き出して始末する。その間にお前ら二人はあの馬車に催淫術を掛けておけ。じっくりと効いてくるヤツで。小僧を殺した後にそれぞれ楽しめるようにな」

 リーダー淫魔の言葉に戦士淫魔と盾師淫魔が頷く。

「お前は、一人になった肉感女を好きにすればいい」
「あぁ。早くあの柔らかそうな身体を力いっぱい蹂躙してぇよ」

 槍使い淫魔が舌なめずりした。

 淫魔インキュバスたちのまさに『淫虐いんぎゃくな計画』がこうして進行していくのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 予定より早く行程を踏破したその日、交代で馬車を御しているとはいえ、かなり疲労も蓄積されたであろう御者達を休めるために野営が決定した。
 焚き火を囲み、久々に温かい食事をとる。護衛の連中は離れた場所で別に食事をとるようだ。
 食事といっても、まぁ干し肉とパンなんだけど。それでも火を通した食事は断然美味い。リズのひと工夫で汁物も出来たので商人も御者達も、みな喜んでいた。
 商人が酒を振る舞ってくれたが、もちろん俺やカズミ、レナ、マルティナは飲む事はできず、代わりにエルフの村で仕入れたという秘蔵の茶葉をくれた。
 カズミが湯を沸かし、淹れてくれたが、これがいわゆる『緑茶』のようであり、かなりまろやかで美味かった。

「美味いお茶を淹れるのも女子社員のたしなみだからね」

 と俺とレナ以外には通じない事を言っているカズミ。相変わらずたまに迂闊な事を言うドジ子ちゃんである。
 リズは商人の振る舞うお酒を舐める程度に飲んでいた。ホントはゴキュゴキュいきたいんだろうけど、その辺は『俺達の保護者的立場』としての自覚があったようだ。偉いぞリズ。



 やがてお開きとなり、護衛のリーダーが来て一言、

「俺達が寝ずの番をする」

 とだけ言って、自分たちの焚き火に戻って行った。
 俺達も就寝の為、馬車へと乗り込んだ。
 ボックスシートで寝る準備をしてる時に、俺はマルティナが居ないことに気づいた。

「あれ?マルティナは?」
「……トイレに行くって」

 カズミが小さな声で教えてくれた。すいません。野暮なことを聞いちゃいました……って。

「覗き連中が居るのに。俺ちょっと探してくるよ。多分、森にちょっと入ったところだよね?」

 女の子が隠れてトイレならその辺しかない。
 俺はボックスシートを出て、馬車を降りる。その瞬間、眩暈の様なものを感じてふと足元がふらつく。

(なんだ?)

 一瞬、周りの風景が歪んで見えたような気がしたが、いや、さっきと同じ風景だ。馬車を降りた俺は、目指す場所へと足を踏み出した。

(おかしい……)

 行けども行けども、森に辿り着けない。目の前には見えているのに。
 結構な時間歩いた気がしたが、全く森に近づけない。それすらも変だと感じなかった俺はいったいどうしてたんだ?
 振り返ろうとした刹那、背後から感じた殺気にその場を飛び退く。

「ほほぉ。小僧、これを躱すとはな」

 前方に転がり込んだ俺は、自分の居た場所を見た。護衛のリーダー……であった『なにか』がそこに立っていた。
 リーダーに見えたが、その異形は『彼ではない』事を如実に表していた。
 顔はリーダーのようであるものの、両手の指から伸びた長い鉤爪と関節がいくつもある様に見える長い脚。先程から地面をバンバン叩いている長い尾……

「何者だ……俺を幻術にでも掛けたのか……」

 馬車を降りる時に感じた眩暈。あの時に既に幻に捉えられてたのだとしたら、森への道程で迷走したのも頷ける。

「ほぉ……小僧のくせに勘が鋭いな。そうだ。お前を馬車から引き離し、片付ける為に……なっ!」

 そう言ったかと思うと、その異形の姿の者は地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。

(あの長い脚……かなりバネがあるな)
身体強化フィジカルブースト

 俺の顔をめがけて振り下ろされる鉤爪を、抜き放った大脇差で撫で斬る。
 僅かな手応えと共に、鉤爪は切断されて四散する。

(手応えが軽い……切れ味が上がってる……?)
「我ら妖魔の爪を容易く切断するとは……貴様、何者だ」

 妖魔と名乗った異形の者が俺を睨みつける。眼前に持ち上げたその左手は、指が次第に伸びてやがて元の鉤爪に戻る。

(こいつも再生能力持ちか……厄介だな……)

 大脇差を鞘に収め、ジリジリと位置を変える俺。まずはその素早い動きを抑える為に脚を狙う。

「まぁいい。何者であろうが、ここからは全力でいかせてもらう」

 そう言うや否や、両手を開いて跳びかかってきた。
 左右から襲い掛かる鉤爪。俺の頸をその鉤爪が捉える瞬間をギリギリまで見極め、身体を沈み込ませて躱し、大脇差で抜き撃ちに切断する。
 先程と同じ軽い手応えで両手の鉤爪が切り飛ばされる。返す刀で、妖魔の右脚を袈裟斬りにする。

(また手応えが軽い!)

 その手応えに相反して、妖魔の右脚は切断されて派手に吹っ飛んでいった。
 何というか……よく斬れる。
 大脇差を鞘に収め、柄尻を下げてやや下方に握りを傾ける。次の一撃で妖魔の身体を逆袈裟に斬り上げて両断する狙いの構え。

「な……脚が再生せん……だと……?」

 妖魔の驚愕がこちらに伝わってくる。その長い尾で片脚でも上手くバランスをとって立っているようだ。

「小僧……次は容赦せん!」

 再度鉤爪を伸ばし、目の前の妖魔が何体にも分身して、やがて俺を取り囲む。

(殺気は……?)

 俺は殺気を感じる事で、本体の位置を探る。剥き出しの殺気を隠そうともしない本体が、俺に正確な位置を告げる。

(……俺も次で決める)

 やがて、ある方向から感じる明確な殺意の増大と共に、妖魔が一斉に跳びかかってきた。

(分かりやすい)

 周囲には目もくれずに俺は上に飛び上がり、そちらから襲い掛かってくる妖魔を下方から抜刀と共に斬り上げた。
 これまでと同じく、軽い手応えで大脇差を振り抜いた。

「ギルルルルルァァァァァ!」

 断末魔の悲鳴と共に、真っ二つになった妖魔の身体が落ちてゆく。俺は大脇差を鞘に戻し、着地した。
 妖魔の遺体を見ると、やがて消し炭の様に色褪せ……そして風に散っていった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 マルティナの悲鳴らしき声が聴こえたのは、その直後だった。
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