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19話「浴衣」

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 夏休みをみるみる消化していく俺達。

 早朝からの稽古は、リズに引きずられて来たアレスとガルムも加えて賑やかなものになり、俺を指導する片手間で師匠が稽古を付けていた。
 初めは師匠の稽古についていけず、朝の温泉タイムの時に身体を癒やしつつぼやく二人だったが、十日ほどもすればメキメキと腕を上げていた。
 まぁ、ここまで続いてるのもカズミの作った『スタンプカード』が埋まる楽しみが最大の理由の様だが。子供かよ。

 俺の方は『身体強化フィジカルブースト』を使用して、アレスから三本中一本を取れる程には強くなっていた。師匠相手にはまだまだ。

「ほんと、末恐ろしい子供だわ」

 アレスは朝稽古後の温泉でそう呟く。

「いや、俺なんかよりレナの短剣術とカズミの魔術の上達ぶりの方が目覚ましいよ」

 ガルムの背中を流しながらアレスに言葉を返す。

「そうだな。マルティナちゃんが王都の訓練所で騒がれてた『天才盗賊』だった事にも驚いたけど、彼女とそこそこやり合えてるレナちゃん凄えよな」

 俺に背中を洗われ、気持ちよさそうにしてたガルムが真顔で答える。

「カズミちゃんは炎系の初等魔術をほぼ習得したんだって?ほんとなんなんだよお前らって」

 アレスが湯船の中でヤケ気味に言う。なんなんだと言われても『転生者二人と女神様です』とは言えんわな。

「今は、他の系統の魔術に進むか、炎の初等魔術を極めるか悩んでるって。カズミの今の魔力量からして、まだ上の段階に進むのはムリらしいし……」

 ガルムにお湯を掛け流し、俺も湯船に浸かる。

「朝稽古で疲れても、この温泉のおかげでこのあとのギルドでの仕事にも影響出ずに精を出せるのは嬉しいねぇ」

 ガルムも湯船に入ってくる。

「全く。温泉様々だな。……あと、守護騎士様にも感謝しかないな。オレたちみたいな冒険者風情でも真面目に稽古付けてくれるんだからな。おかげで少しはマシな『戦士ファイター』になった気がするよ」

 子供の俺が言うのもなんだが、スケベでいい加減だけど、アレスもガルムもほんと気持ち良いヤツらなんだ。
 多分、師匠もそんな彼らだからこそ真面目に稽古を付けてくれてるんだと思う。
 でも本人達には言わない。絶対調子に乗るから。



「ところでよ。若い夫婦でこの村に移住決めると家が貰えるってホントなのか?」

 風呂上がりのコーヒー牛乳を飲みながらアレスが聞いてきた。

「うん。父さんの話によるともうじき決定するらしいよ。調練場と兵舎の建設と一緒に、村の南に移住者向けの区画を整備するんだって」

 そう。カズミの『あのアイデア』に父は諸手を挙げて賛成したんだ。
 若い家族を誘致する以外に、この村でせっかく腕を上げた冒険者達に残ってほしいという理由もあるらしい。この村を拠点……いや故郷として様々な所へ冒険に出て欲しい。そういう父の願いにも通じるアイデアだったそうだ。

「しばらくは予算は持ち出しだな」

 父はそう言って笑ってた。魔王征伐の報奨金や冒険者時代の蓄えの殆どが注ぎ込まれるらしい。

「こういう事に使わなくてどうするのよ!バーンと使っちゃいなさい!後は軍隊絡みの予算だけ軍務大臣さまアイツから分捕ってくりゃいいのよ」

 と母の弁。



「そうか。マジの話だったか。オレ、このラツィア村が気に入っちまってな。……いつかはこの村で所帯持って、ここから色んな冒険に出たいと思ってるんだよ」

 アレスが嬉しそうな笑顔で話す。

「まぁ、まずは相手を探す事ね。スケベでバカなアンタでも付いてきてくれる女をさ」

 笑いながらリズが来た。女性陣も温泉から出てきたようだ。

「すぐ見つかるさ!お前みたいに憎まれ口しか叩かねぇような女じゃない素直で可愛い女が!」

 怒鳴ってるが怒ってはいない。アレスは笑顔でリズに返している。ほんと気持ちのいい冒険者達だ。
 そろそろ朝風呂に来た老人たちが増えてきたので、俺達は温泉場を出た。



「じゃあひと仕事してくらぁ!またな!」

 そう言ってギルドに向かうアレス達と別れ、俺達はマルティナを治療院に送った。

「あたしもお仕事頑張ってくるね!じゃあ後で!」

 マルティナが治療院に姿を消した。

「さて、今日はどうする?」

 レナが俺とカズミの手を取る。

「あのさ……ちょっと『龍神祭』までに作りたいものがあるんだよね……」

 カズミがレナの腕を軽く左右に振りながら、おずおずと話す。

「なになに?れな達でも作れるもの?」
「……ちょっと難しいかな……でもママに頼むつもりなんだけど」
「なんだよ気になるな。何作りたいの?」

 俺はじれったくなってきた。

「……浴衣……」
「あー!浴衣良い!れなも着たい着たい!」

 流石はあっちの世界にどっぷり浸ってた女神様だ。よくご存知で。

「浴衣かぁ……こっちでも作れるのかな」
「ミシンはあるし、あれってほとんど直線縫いだから作れると思うんだけど……」
「じゃあさ、生地見に行こうよ!」

 レナが俺達の手を引っ張る。

「仕立て屋さんだね。行こう行こう!」

 カズミも俺の手を引く。まぁすぐそこだし見るぐらいならいいか。生地なんて子供の俺達がすぐ買えるほど安いもんじゃないだろうし。



「おや、ラツィア村の小さな英雄たちじゃないか。どうしたんだい?」

 仕立て屋の扉をあけて中に入ると、おばあさんが歓迎してくれた。
 奉仕活動期間中に何度もお世話しに……というかお世話になったおばあさんだ。

「生地を見に来たの!浴衣を作りたくて」

 レナが店のカウンター前に駆け込む。

「ゆかた?」
「いえ、あの……可愛いデザインの服を作りたくて……」

 カズミが慌てて補足する。浴衣なんて言っても分かるわけ無いもんな。

「どんな服を作るんだい?」

 おばあさんの質問に、カズミとレナはどう説明しようかと顔を見合わせていた。

「おばあさん、ちょっと紙と書くものある?」

 仕方ない。俺が助け船出してやるか。



「……こんな感じなんだよ。女の子はこっちで、男はこっち」

 さらさらっと絵にして説明した。前世の幼い頃、絵画教室にも通わされてた経験が活きたわ。

「うわ、ヒロヤくん上手」
「そういや会社のプレゼン資料作らせたら、ヒロヤの右に出る者居なかったよね」
「かいしゃ?ぷれぜん?」
「いや……と、とにかくこんな感じの涼しげな服をさ」

 カズミ迂闊すぎます。

「ふむ……これは東方の衣装によく似てるね。シンプルだけど、なんというか風情があるよ」

 おばあさんは眼鏡を掛けて、俺の描いた絵をしげしげと見つめる。

「よし。おばあちゃんがこの服作ってあげよう。お礼も込めてね」

 そう言って、後ろの棚に並んだ色とりどりの生地を選びだした。

「お礼?」
「そうだよ。あの温泉場、あんた達のアイデアだってね?おかげでずっと痛めてた腰の調子が凄く良くなったんだよ」

 そう言いながら、背筋をピンと伸ばして、高い棚からもいくつかの生地を選ぶ。

「それだけじゃないよ。あのゴブリン退治の英雄たちだし、今度発表されるっていう村の新しい施策。あの噂が本当なら、私の孫夫婦がこっちに住みたいって言ってくれてるんだよ。あれもあんた達が言い出した事なんだろ?」

 振り返ったおばあさんはカウンターにいくつかの生地を並べた。

「好きな色を選びな。なに、おばあちゃんに任せとけば、その『ゆかた』とかいう服の三つぐらい明日には仕上がるよ」

 そう言ってお茶目なウインクをするおばあさん。

「ほんとに?」
「ありがとうおばあさん!れな、この淡い空色がいいかな!」

 カズミとレナはお礼の言葉もそこそこに、早速生地を選びだす。

「おばあさん、ありがとうございます」

 代わりに俺がちゃんとお礼を言っといた。

 カズミは薄緑色、レナは淡い空色、俺は灰色を選ぶ。帯はそれぞれ赤、黄色、紺色を選んだ。そのまま採寸も済ませ、俺達は仕立て屋を後にした。

「楽しみだね~!」
「ね~!」

 カズミとレナの笑顔がハンパない。

「れな達が『龍神祭』で浴衣着る事で流行っちゃうかもね」
「美少女モデル二人が着こなすんだからね」
「サァドウダロウ」
「なにそのムカつく言い方!」

 カズミが繋ぐ手に力を入れる。

「流行る流行る!流行りますから!」

 そこそこ痛い。

「あ……」

 ふと思いついた事がある。

「どしたの?」

 レナが俺の顔を覗き込む。

「……ほんとに流行らせたい気……ある?」
「どういう事?」
「いや、俺達子供じゃいまいち浴衣の良さが伝わらないと思うんだよ」

 手の力を緩めて聞くカズミに俺は答える。

「涼し気で快適な着心地以外に、浴衣の良さって何だと思う?」

 質問に質問を返すようだが、あえて二人に聞いてみる。

「「?」」
「男が着ても女が着ても『色気』が醸し出されるんだよ浴衣って。だからこそ、俺達だけじゃだめなんだよ浴衣を流行らせたいなら」
「ヒロヤ……力説しすぎ」
「ヒロヤくん……なんかえっち」

 いや、俺は間違った事言ってない。
 二人とも、取り敢えずは理解してくれたようだ。
 そこで俺はマルティナとリズ、そしてスケベ戦士二人にも浴衣ファッションをさせてみる事をカズミとレナに提案した。

「なるほど。大人が着た感じをみんなに見せることは確かに大事よね」

 カズミも納得してくれた。まぁ大人というにはまだまだ若いけどねあの人たちは。
 明日、もう一度仕立て屋さんに行っておばあさんに相談してみよう。という事で話は纏まった。
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