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11話「幽霊屋敷」
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「さてと……」
早めに寝たので、うまく起きることができた俺は早速支度する。
この世界の春先は日本より気温は低めのようで、寒くないようにコートを羽織る。
師匠に貰った木刀もベルトにリングを取り付けてそこに差した。
念の為、布団に枕を詰め込んで『潜り込んでる風』に装って窓を見る。
(そろそろかな……?)
と思ってると、窓にカツンッ!という小石の当たる音がした。
静かに窓を開け、下を覗き込むと、カズミとレナが手を振っていた。
カズミは口元に人差し指を当て
(静かに)
というジェスチャーをする。
隣でレナが目を瞑り、静かに両手を拡げる。
「!」
俺の身体がフワッと浮き上がったかと思うと、そのまま窓を超えて外に出る。
俺は慌てて開け放たれた窓を閉めると、身体はゆっくりと下降してゆく。
「どう?驚いた?」
小さな声でカズミが言う。
「なんでカズミがドヤ顔するんだよ」
「静かに。さぁ、れなに掴まって」
すぐそばの2m程の高さの鉄柵に近づくレナ。
カズミと俺がレナに掴まると、静かに呪文を唱えた。
「浮遊」
今度は三人で浮き上がる。
不思議な浮遊感を感じてるうちに、柵を超えて向こう側へ降り立った。
「さぁ、少しここから離れよう」
レナに手をひかれて、俺達はなるべく静かに駆け出した。
「ヒロヤくんの家は歩哨の兵士さんが居るから、ちょっと慎重に……ね」
俺の家から少し離れたところでようやくレナが落ち着いて話した。
「光の玉ウィスプ」
カズミが前方に手をかざすと、そこに光の玉が現れた。
「さぁ!幽霊屋敷に出発!」
フードの付いたマントを翻して、カズミが颯爽と歩き出した。
俺達の1mほど先を『光の玉』が先導して道を照らす。オイルランタンより少し明るい位の輝度だが、殆ど光の無い異世界の深夜。これは便利だ。
「見えてきた……あれだね」
30分ほど歩いた先に見えたのは、ぽつんと建てられた三階建ての屋敷。周りに民家らしきものもない、本当の一軒家。
朽ち落ちた鉄の門扉の向こうに2つの小さな影がある。
「ジャン達ね」
カズミが歩を進めようとするのをレナが止める。
「ちょっと待ってね。れなが屋敷内に『探知』をかけてみるから」
目を瞑り、屋敷に向かって手をかざすレナ。
「ふむふむ。1階に3人居るわね。誰かはわからないけど、子供で間違いないよ」
「……ジャンの連れか……思ったとおりだ」
まぁ予想できたけどね。俺達を怖がらせるつもりなんだろう。
「で、幽霊やモンスターの類いの気配は?」
カズミがレナの左腕を掴んで身を寄せる。
「居ないよ」
「……あいつら幽霊屋敷とかデタラメいって!よし、いくわよ!」
カズミがズンズン屋敷に向かっていく。
「……でもこの違和感なんだろう」
「ん?」
「いや、なんでもない。れなの気のせい。行きましょ?」
「よう。取り敢えず逃げずに来た事を褒めてやるよ」
ジャンが右手を挙げる。
「早速だがルールだ。あそこに二階の窓が見えるだろ?まずはあの部屋に行って窓から手を振れ」
屋敷の端の窓を指差す。
「その後は三階のすぐ上の部屋。あの上の窓だ。そこから手を振れ。それで帰ってきたらゴールだ」
「……わかったよ。簡単だな」
「そのあとに俺達も同じ事をする。俺達がゴールできたら引き分けだが……」
「だが?」
「まぁお前達がゴールした時点で褒めてやるよ」
「別にあんたに褒められたいとは思わないけどね」
カズミが割り込んでくる。
「ふ、ふん!どうせギャーギャー泣き喚いて逃げてくるくせによ。ほら、早くいけよ!」
ジャンが俺達の後ろに視線を移すと、後ろから大柄な太っちょが俺達三人を押す。
「押されなくても行くよ。触んな……」
「キャァァァァァ!」
俺が太っちょに向かって文句を言ってると、屋敷内から悲鳴が聴こえた。
屋敷の玄関に目を向けると、勢い良く扉が開き、二人の男の子が飛び出してきた。
いつもジャンとつるんでる連中だ。俺はため息をついてジャンに向き直った。
「はぁ……こんな事だろうと思ったよ。やることがちっせえんだよジャン」
「お前ら台無しにする気か!」
顔を真っ赤にして飛び出してきた二人に怒鳴るジャン。
「「ごごごごごごご……」」
二人は恐怖の表情を浮かべてどもりながら話す。
「ご?」
レナが首を傾げた。
「ゴブリンだ!アリサが拐われた!」
二人のうち、のっぽが叫ぶ。
「アリサが!」
ジャンが屋敷に向かって走ろうとする。俺はその腕を掴んで止めた。
「アリサって誰だよ」
「妹が!妹がゴブリンに!」
「そんな!『探知』には何も引っかからなかったわ!……いや、ちょっと待って」
レナが目を瞑る。
「さっきの違和感……まさかとは思ったけど……」
「どうしたの?」
カズミがレナを覗き込む。
「『探知阻害』!こんな魔術がかけられてたのね!破魔!」
「お前らは兵舎まで走れ!兵士さん達を呼んでくるんだ!」
レナの魔術を見ながら、俺はジャン達に指示を出した。ジャンを除く三人は頷いて走っていった。
「俺はアリサを助けに行く」
「無理だよ!」
カズミがジャンの腕を掴んで止める。
「2匹のゴブリンが1階を移動中……多分そのアリサって娘を連れてる。……幼い女の子でも、あいつらのやる事は一つよ」
「!」
ジャンの顔がますます青ざめる。
つまりは『そういう事』だ。
「急がないと……俺が行く」
俺は腰にぶら下げた木刀に左手を掛け、屋敷に走り出した。
「ゴブリンの反応は全部で10。8匹は屋敷の地下に居るわ」
レナが俺に並んで走る。その後ろからカズミもついてきてる。
「カズミはここに居ろ!」
「嫌!ついていくから!」
好奇心からでは無さそうだ。表情は真剣そのもの。
「どうなっても知らないぞ!」
玄関から屋敷内に飛び込む。中は真っ暗だ。
「光の玉」
カズミが光の玉を使う。屋敷内がぼうっと明るくなる。
「魔力付与」
レナの魔術か、左手で押さえた木刀がうっすらと光りだす。
「ゴブリン10匹はヒロヤには無理よ。木刀の魔力付与とれなの攻撃魔術でなんとかアリサちゃんを助けるわ。さぁ、こっちよ」
レナが屋敷の奥に走り出す。
長い廊下を抜けて1番奥の部屋に入ると、蹲ったゴブリンが床の跳ね板を開けたところだった。
そしてもう一匹のゴブリンは、気を失ってると思われるアリサらしき女の子の服をひん剥いてる。
「やめろ!」
俺はアリサに襲い掛かっているゴブリンに向かって駆け出した。
「ヒロヤくんっ!クッ!身体強化!」
俺の走る速度が上がり、身体中に力が湧いてくる。
「ギッ!」
アリサを放り投げ、ゴブリンは棍棒らしきものを拾い上げて走り込む俺に向かって振り下ろした。
半身を逸してその一撃を躱し、身体を捻りざまに左腰から抜いた木刀をゴブリンの頭部に叩き込んだ。
「ギャァァァ!」
グシャリ、とした手応えと共に、ゴブリンが部屋の隅に吹っ飛んだ。
その流れのままに、もう一匹のゴブリンに木刀の切っ先を向ける。
柄尻に添えた左掌に全体重をのせて、思いっきり突き込む。
「グギィィィィ!」
木刀の切っ先はゴブリンの顔面にめり込み、後頭部から脳漿と共に木刀の切っ先が姿を現す。
「クッ!」
俺はゴブリンの身体を蹴飛ばし、木刀をその醜悪な顔面から引き抜いた。
「一瞬だったわね……れな、攻撃魔術使う間もなかった」
俺の隣で斃れたゴブリンを見下ろすレナ。
「ヒロヤくんの剣術ってこんなに凄いんだ……とても6歳児とは思えないわ」
俺を見て唖然としている。
「レナの魔術のおかげだよ」
「アリサちゃんは大丈夫みたい。怪我もないし、気を失ってるだけだわ」
カズミはアリサを抱き起こしている。
「アリサ……良かった……無事だったんだ……」
部屋の入り口を見ると、ジャンが涙で顔をクシャクシャにして立っていた。
「早く連れて行こう。ジャン、アリサちゃんを頼む」
俺の言葉に素直に頷き、ジャンはアリサを背負って部屋を出た。
「……この下にまだ居るんだよな……」
ゴブリンが開けた跳ね板を覗き込むと、階段が下に続いている。
「まだ8匹居るわ……それと……大人が1人?」
「人間が居るのか?」
俺の質問にレナが頷く。
「カズミ、光の玉で階段を照らしてくれ」
「わかった」
光の玉はゆっくりと階段を降りていく。
階段には引き摺ったような血の跡と……片方だけの革ブーツが。
「盗賊が行方不明とか言ってたな……」
俺はそっと階段を降りていこうとする。
「ダメよヒロヤ」
「そうよ。兵士が来るまで待ってた方がいい。ゴブリン達に『探知阻害』をかけたゴブリンメイジが居るはずよ」
カズミとレナは小さな声で俺を制止する。
「でも放っとけない……早く助けてあげないと」
「私達は子供なのよ。8匹のゴブリン、しかも魔術使うゴブリンも居るのに無理よ」
カズミは俺の腕を掴んで離さない。
「ヒロヤになにかあったら……私はどうすればいいのよ……」
涙声でうつむくカズミ。
「さっきだって……ヒロヤがゴブリンに向かっていった時も……どれだけ怖かったか……」
「レナ、魔術はまだ使える?」
「使えるけど……」
「ゴブリンを全員眠らせたりとかは?」
「ゴブリンメイジの魔術耐性がどうかな。ひょっとするとそいつにだけ効かないかも」
「……そいつは俺が相手する」
俺は左腰の木刀を強く握り締める。
「あまり騒ぐと直ぐ『睡眠』解けちゃうよ。この身体のれな、魔力そんなに強くないから」
「速攻で決めれば良いんだよね。まだ『魔力付与』と『身体強化』は効いてるみたいだし」
「……仕方ないわね……少し魔力錬る時間くれれば『光の矢』でれながなんとかする」
「レナ!」
「ごめんねカズミ。れなも放っとけない。これでも女神様だからね……」
「カズミはここに居て。絶対降りてきちゃダメだ」
俺は腕を掴んでいるカズミの手をそっと外す。
「ヒロヤ……」
「レナも居るから大丈夫だよ。盗賊さんだとしたら早く助けてあげたい」
「……わかった……気をつけてね。レナ、ヒロヤを頼むわよ……」
うつむいたまま、カズミが承諾してくれた。
レナとふたりで、静かに階段を降りてゆく。
やがて階段の先に扉。
「開けるよ?」
そう聞くと、緊張気味に頷くレナ。
そっと扉を覗き込むと、部屋の奥に何匹かのゴブリンが集まっている。
そこには……半壊した革鎧に身を包んだ冒険者風の女性が……
ゴブリンの醜悪な下半身を体中に擦り付けられている。
そして、彼女を組み伏せている他より大柄なゴブリン……
その腰が女性の下半身を突き上げている。何度も何度も……
「睡眠」
思わず目を逸らしたくなるような状況に、扉の外から早速レナが魔術を唱えた。
女性に群がるゴブリン達が、糸の切れた人形の様にバタバタと倒れ込む。……大柄なゴブリンを除いて。
「ヒロヤくん、あと十秒ほど待って。『光の矢』を全員に撃ち込むから」
俺は目を閉じ、集中する。そして心の中でカウントした。
長く感じられた十秒の後、目を開く。大柄なゴブリンは周囲の様子に気付くことなく腰を振り続けている。
「光の矢!」
レナから発せられた何本もの光と共に、俺は飛び出した。
幾条もの光は、駆ける俺を追い越して眠るゴブリン達に次々と突き刺さる。
突進する俺に気が付いた大柄なゴブリンは、女性に跨ったまま、光の矢がその身に突き刺さるのをものともせずに左手をかざす。
「魔術阻害!」
レナの声と共に、ゴブリンの左手に浮かんだ炎が消える。
「フンッ!」
俺は跳び上がり、身体を捻りながら抜刀。遠心力をつけた一撃をゴブリンの側頭部に叩きつける。
(入った!)
と思ったのも束の間、よろめきながらも俺に拳を振り上げる。
(しまった!)
振り抜いた木刀で受けようとするも間に合わない。
「光の矢!」
その時、再度幾条もの光が発せられ、ゴブリンの頭部を射貫いた。
そのまま吹っ飛ぶゴブリン。
床に受け身を取りつつ落ちた俺の目に飛び込んできたのは、両腕を前方に突き出し、掌を拡げたカズミの姿。
「ヒロヤくん!大丈夫?」
レナが俺の元に走ってくる。固まったままだったカズミも後に続く。
「いや、俺はなんともない……さっきのはカズミの光の矢なのか?」
「……うん。ヒロヤが危ないと思ったら咄嗟に……」
泣き顔でカズミが頷く。
「ありがとう。助かった」
俺は行方不明だった盗賊と思われる女性の元に駆けつけた。
両腕、両脚はどうやら折られている様で、おかしな方向に曲がってしまっている。
栗色の長い髪は涙とゴブリンの体液に濡れて顔に貼り付き、豊かな胸も露わにされてあちこちに爪痕が残っている。下半身は出血し、こちらもゴブリンの体液で白く汚れて……その秘裂からも、ゴボゴボと音をたてそうなほど体液が溢れている。
俺はコートを脱ぎ、その下半身に掛けた。
「……殺して……もうころ……して……」
小さな声で女性が呟いている。
一気に涙が溢れた。
俺は彼女の頭を抱きかかえて、涙を堪えて声を掛け続けた。
「大丈夫……もう大丈夫だから……」
何度も何度もそう声を掛けているうちに、彼女の死んだ様な瞳に僅かに光が戻りだした。
そして小さく呟いた。
「あぁ……アイザック……一緒にお家に帰ろう……」
俺はたまらなくなって、彼女の頭を抱きしめて泣いた。
カズミはハンカチでその身体を拭き続け、レナは、おそらく治療魔術を行使しているのであろう。女性の左腕に添えられたその両手のひらはボウッと緑色に優しく輝いていた。
早めに寝たので、うまく起きることができた俺は早速支度する。
この世界の春先は日本より気温は低めのようで、寒くないようにコートを羽織る。
師匠に貰った木刀もベルトにリングを取り付けてそこに差した。
念の為、布団に枕を詰め込んで『潜り込んでる風』に装って窓を見る。
(そろそろかな……?)
と思ってると、窓にカツンッ!という小石の当たる音がした。
静かに窓を開け、下を覗き込むと、カズミとレナが手を振っていた。
カズミは口元に人差し指を当て
(静かに)
というジェスチャーをする。
隣でレナが目を瞑り、静かに両手を拡げる。
「!」
俺の身体がフワッと浮き上がったかと思うと、そのまま窓を超えて外に出る。
俺は慌てて開け放たれた窓を閉めると、身体はゆっくりと下降してゆく。
「どう?驚いた?」
小さな声でカズミが言う。
「なんでカズミがドヤ顔するんだよ」
「静かに。さぁ、れなに掴まって」
すぐそばの2m程の高さの鉄柵に近づくレナ。
カズミと俺がレナに掴まると、静かに呪文を唱えた。
「浮遊」
今度は三人で浮き上がる。
不思議な浮遊感を感じてるうちに、柵を超えて向こう側へ降り立った。
「さぁ、少しここから離れよう」
レナに手をひかれて、俺達はなるべく静かに駆け出した。
「ヒロヤくんの家は歩哨の兵士さんが居るから、ちょっと慎重に……ね」
俺の家から少し離れたところでようやくレナが落ち着いて話した。
「光の玉ウィスプ」
カズミが前方に手をかざすと、そこに光の玉が現れた。
「さぁ!幽霊屋敷に出発!」
フードの付いたマントを翻して、カズミが颯爽と歩き出した。
俺達の1mほど先を『光の玉』が先導して道を照らす。オイルランタンより少し明るい位の輝度だが、殆ど光の無い異世界の深夜。これは便利だ。
「見えてきた……あれだね」
30分ほど歩いた先に見えたのは、ぽつんと建てられた三階建ての屋敷。周りに民家らしきものもない、本当の一軒家。
朽ち落ちた鉄の門扉の向こうに2つの小さな影がある。
「ジャン達ね」
カズミが歩を進めようとするのをレナが止める。
「ちょっと待ってね。れなが屋敷内に『探知』をかけてみるから」
目を瞑り、屋敷に向かって手をかざすレナ。
「ふむふむ。1階に3人居るわね。誰かはわからないけど、子供で間違いないよ」
「……ジャンの連れか……思ったとおりだ」
まぁ予想できたけどね。俺達を怖がらせるつもりなんだろう。
「で、幽霊やモンスターの類いの気配は?」
カズミがレナの左腕を掴んで身を寄せる。
「居ないよ」
「……あいつら幽霊屋敷とかデタラメいって!よし、いくわよ!」
カズミがズンズン屋敷に向かっていく。
「……でもこの違和感なんだろう」
「ん?」
「いや、なんでもない。れなの気のせい。行きましょ?」
「よう。取り敢えず逃げずに来た事を褒めてやるよ」
ジャンが右手を挙げる。
「早速だがルールだ。あそこに二階の窓が見えるだろ?まずはあの部屋に行って窓から手を振れ」
屋敷の端の窓を指差す。
「その後は三階のすぐ上の部屋。あの上の窓だ。そこから手を振れ。それで帰ってきたらゴールだ」
「……わかったよ。簡単だな」
「そのあとに俺達も同じ事をする。俺達がゴールできたら引き分けだが……」
「だが?」
「まぁお前達がゴールした時点で褒めてやるよ」
「別にあんたに褒められたいとは思わないけどね」
カズミが割り込んでくる。
「ふ、ふん!どうせギャーギャー泣き喚いて逃げてくるくせによ。ほら、早くいけよ!」
ジャンが俺達の後ろに視線を移すと、後ろから大柄な太っちょが俺達三人を押す。
「押されなくても行くよ。触んな……」
「キャァァァァァ!」
俺が太っちょに向かって文句を言ってると、屋敷内から悲鳴が聴こえた。
屋敷の玄関に目を向けると、勢い良く扉が開き、二人の男の子が飛び出してきた。
いつもジャンとつるんでる連中だ。俺はため息をついてジャンに向き直った。
「はぁ……こんな事だろうと思ったよ。やることがちっせえんだよジャン」
「お前ら台無しにする気か!」
顔を真っ赤にして飛び出してきた二人に怒鳴るジャン。
「「ごごごごごごご……」」
二人は恐怖の表情を浮かべてどもりながら話す。
「ご?」
レナが首を傾げた。
「ゴブリンだ!アリサが拐われた!」
二人のうち、のっぽが叫ぶ。
「アリサが!」
ジャンが屋敷に向かって走ろうとする。俺はその腕を掴んで止めた。
「アリサって誰だよ」
「妹が!妹がゴブリンに!」
「そんな!『探知』には何も引っかからなかったわ!……いや、ちょっと待って」
レナが目を瞑る。
「さっきの違和感……まさかとは思ったけど……」
「どうしたの?」
カズミがレナを覗き込む。
「『探知阻害』!こんな魔術がかけられてたのね!破魔!」
「お前らは兵舎まで走れ!兵士さん達を呼んでくるんだ!」
レナの魔術を見ながら、俺はジャン達に指示を出した。ジャンを除く三人は頷いて走っていった。
「俺はアリサを助けに行く」
「無理だよ!」
カズミがジャンの腕を掴んで止める。
「2匹のゴブリンが1階を移動中……多分そのアリサって娘を連れてる。……幼い女の子でも、あいつらのやる事は一つよ」
「!」
ジャンの顔がますます青ざめる。
つまりは『そういう事』だ。
「急がないと……俺が行く」
俺は腰にぶら下げた木刀に左手を掛け、屋敷に走り出した。
「ゴブリンの反応は全部で10。8匹は屋敷の地下に居るわ」
レナが俺に並んで走る。その後ろからカズミもついてきてる。
「カズミはここに居ろ!」
「嫌!ついていくから!」
好奇心からでは無さそうだ。表情は真剣そのもの。
「どうなっても知らないぞ!」
玄関から屋敷内に飛び込む。中は真っ暗だ。
「光の玉」
カズミが光の玉を使う。屋敷内がぼうっと明るくなる。
「魔力付与」
レナの魔術か、左手で押さえた木刀がうっすらと光りだす。
「ゴブリン10匹はヒロヤには無理よ。木刀の魔力付与とれなの攻撃魔術でなんとかアリサちゃんを助けるわ。さぁ、こっちよ」
レナが屋敷の奥に走り出す。
長い廊下を抜けて1番奥の部屋に入ると、蹲ったゴブリンが床の跳ね板を開けたところだった。
そしてもう一匹のゴブリンは、気を失ってると思われるアリサらしき女の子の服をひん剥いてる。
「やめろ!」
俺はアリサに襲い掛かっているゴブリンに向かって駆け出した。
「ヒロヤくんっ!クッ!身体強化!」
俺の走る速度が上がり、身体中に力が湧いてくる。
「ギッ!」
アリサを放り投げ、ゴブリンは棍棒らしきものを拾い上げて走り込む俺に向かって振り下ろした。
半身を逸してその一撃を躱し、身体を捻りざまに左腰から抜いた木刀をゴブリンの頭部に叩き込んだ。
「ギャァァァ!」
グシャリ、とした手応えと共に、ゴブリンが部屋の隅に吹っ飛んだ。
その流れのままに、もう一匹のゴブリンに木刀の切っ先を向ける。
柄尻に添えた左掌に全体重をのせて、思いっきり突き込む。
「グギィィィィ!」
木刀の切っ先はゴブリンの顔面にめり込み、後頭部から脳漿と共に木刀の切っ先が姿を現す。
「クッ!」
俺はゴブリンの身体を蹴飛ばし、木刀をその醜悪な顔面から引き抜いた。
「一瞬だったわね……れな、攻撃魔術使う間もなかった」
俺の隣で斃れたゴブリンを見下ろすレナ。
「ヒロヤくんの剣術ってこんなに凄いんだ……とても6歳児とは思えないわ」
俺を見て唖然としている。
「レナの魔術のおかげだよ」
「アリサちゃんは大丈夫みたい。怪我もないし、気を失ってるだけだわ」
カズミはアリサを抱き起こしている。
「アリサ……良かった……無事だったんだ……」
部屋の入り口を見ると、ジャンが涙で顔をクシャクシャにして立っていた。
「早く連れて行こう。ジャン、アリサちゃんを頼む」
俺の言葉に素直に頷き、ジャンはアリサを背負って部屋を出た。
「……この下にまだ居るんだよな……」
ゴブリンが開けた跳ね板を覗き込むと、階段が下に続いている。
「まだ8匹居るわ……それと……大人が1人?」
「人間が居るのか?」
俺の質問にレナが頷く。
「カズミ、光の玉で階段を照らしてくれ」
「わかった」
光の玉はゆっくりと階段を降りていく。
階段には引き摺ったような血の跡と……片方だけの革ブーツが。
「盗賊が行方不明とか言ってたな……」
俺はそっと階段を降りていこうとする。
「ダメよヒロヤ」
「そうよ。兵士が来るまで待ってた方がいい。ゴブリン達に『探知阻害』をかけたゴブリンメイジが居るはずよ」
カズミとレナは小さな声で俺を制止する。
「でも放っとけない……早く助けてあげないと」
「私達は子供なのよ。8匹のゴブリン、しかも魔術使うゴブリンも居るのに無理よ」
カズミは俺の腕を掴んで離さない。
「ヒロヤになにかあったら……私はどうすればいいのよ……」
涙声でうつむくカズミ。
「さっきだって……ヒロヤがゴブリンに向かっていった時も……どれだけ怖かったか……」
「レナ、魔術はまだ使える?」
「使えるけど……」
「ゴブリンを全員眠らせたりとかは?」
「ゴブリンメイジの魔術耐性がどうかな。ひょっとするとそいつにだけ効かないかも」
「……そいつは俺が相手する」
俺は左腰の木刀を強く握り締める。
「あまり騒ぐと直ぐ『睡眠』解けちゃうよ。この身体のれな、魔力そんなに強くないから」
「速攻で決めれば良いんだよね。まだ『魔力付与』と『身体強化』は効いてるみたいだし」
「……仕方ないわね……少し魔力錬る時間くれれば『光の矢』でれながなんとかする」
「レナ!」
「ごめんねカズミ。れなも放っとけない。これでも女神様だからね……」
「カズミはここに居て。絶対降りてきちゃダメだ」
俺は腕を掴んでいるカズミの手をそっと外す。
「ヒロヤ……」
「レナも居るから大丈夫だよ。盗賊さんだとしたら早く助けてあげたい」
「……わかった……気をつけてね。レナ、ヒロヤを頼むわよ……」
うつむいたまま、カズミが承諾してくれた。
レナとふたりで、静かに階段を降りてゆく。
やがて階段の先に扉。
「開けるよ?」
そう聞くと、緊張気味に頷くレナ。
そっと扉を覗き込むと、部屋の奥に何匹かのゴブリンが集まっている。
そこには……半壊した革鎧に身を包んだ冒険者風の女性が……
ゴブリンの醜悪な下半身を体中に擦り付けられている。
そして、彼女を組み伏せている他より大柄なゴブリン……
その腰が女性の下半身を突き上げている。何度も何度も……
「睡眠」
思わず目を逸らしたくなるような状況に、扉の外から早速レナが魔術を唱えた。
女性に群がるゴブリン達が、糸の切れた人形の様にバタバタと倒れ込む。……大柄なゴブリンを除いて。
「ヒロヤくん、あと十秒ほど待って。『光の矢』を全員に撃ち込むから」
俺は目を閉じ、集中する。そして心の中でカウントした。
長く感じられた十秒の後、目を開く。大柄なゴブリンは周囲の様子に気付くことなく腰を振り続けている。
「光の矢!」
レナから発せられた何本もの光と共に、俺は飛び出した。
幾条もの光は、駆ける俺を追い越して眠るゴブリン達に次々と突き刺さる。
突進する俺に気が付いた大柄なゴブリンは、女性に跨ったまま、光の矢がその身に突き刺さるのをものともせずに左手をかざす。
「魔術阻害!」
レナの声と共に、ゴブリンの左手に浮かんだ炎が消える。
「フンッ!」
俺は跳び上がり、身体を捻りながら抜刀。遠心力をつけた一撃をゴブリンの側頭部に叩きつける。
(入った!)
と思ったのも束の間、よろめきながらも俺に拳を振り上げる。
(しまった!)
振り抜いた木刀で受けようとするも間に合わない。
「光の矢!」
その時、再度幾条もの光が発せられ、ゴブリンの頭部を射貫いた。
そのまま吹っ飛ぶゴブリン。
床に受け身を取りつつ落ちた俺の目に飛び込んできたのは、両腕を前方に突き出し、掌を拡げたカズミの姿。
「ヒロヤくん!大丈夫?」
レナが俺の元に走ってくる。固まったままだったカズミも後に続く。
「いや、俺はなんともない……さっきのはカズミの光の矢なのか?」
「……うん。ヒロヤが危ないと思ったら咄嗟に……」
泣き顔でカズミが頷く。
「ありがとう。助かった」
俺は行方不明だった盗賊と思われる女性の元に駆けつけた。
両腕、両脚はどうやら折られている様で、おかしな方向に曲がってしまっている。
栗色の長い髪は涙とゴブリンの体液に濡れて顔に貼り付き、豊かな胸も露わにされてあちこちに爪痕が残っている。下半身は出血し、こちらもゴブリンの体液で白く汚れて……その秘裂からも、ゴボゴボと音をたてそうなほど体液が溢れている。
俺はコートを脱ぎ、その下半身に掛けた。
「……殺して……もうころ……して……」
小さな声で女性が呟いている。
一気に涙が溢れた。
俺は彼女の頭を抱きかかえて、涙を堪えて声を掛け続けた。
「大丈夫……もう大丈夫だから……」
何度も何度もそう声を掛けているうちに、彼女の死んだ様な瞳に僅かに光が戻りだした。
そして小さく呟いた。
「あぁ……アイザック……一緒にお家に帰ろう……」
俺はたまらなくなって、彼女の頭を抱きしめて泣いた。
カズミはハンカチでその身体を拭き続け、レナは、おそらく治療魔術を行使しているのであろう。女性の左腕に添えられたその両手のひらはボウッと緑色に優しく輝いていた。
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あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
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