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1章 冒険者レティシア
19話 勇者の力
しおりを挟む「貴女がエレンさんを守るというのであれば、もしも出会ってしまった時の事を考えて、勇者タロウの情報を持っておいて損にはならないと思いますよ。それ程までに勇者というのは強力なのです」
「私に殺せないとでも?」
「それは分かりません。ただ、彼も勇者です。用心するのに越した事は無いでしょう」
確かに、何も知らないよりかは知っておいた方が良いでしょう。
しかし、勇者タロウですか……。ものすごく弱そうな名前ですね。
「まず、タロウがこの国……いえ、この世界に来た経緯を話しておきましょう」
世界?
国というのを言い直して、世界と言いましたね。
「おいおい、まるでその勇者様が別の世界から来たみたいな言い方じゃねぇか」
「そう言っているのですよ」
「おとぎ話に良くある異世界というモノですか?」
「そうです」
エレンも興味津々ですね。
しかし、ここ以外の世界ですか……。
私に戦闘訓練を施してくれたあの人もそんな事を言っていたような気がします。あまりにも幼い頃の話なので、詳しい事は忘れてしまいましたけど。
忘れてしまったモノは思い出せませんから、気にしないでいいでしょう。
「勇者タロウは、魔王を倒す為にこの世界に呼び出されたのです」
「そうなんですか。凄いですねぇ」
レウスさんが力強く言ったのに対し、私はそこまで興味が無かったので適当に流します。
だいたい、勇者タロウ対策を考えると言っているのに、そいつがこの世界に来た経緯なんてどうでも良いですし……。
「れ、レティ!? い、今の話は凄い事なんだよ!?」
「そ、そうだぞ。オレ達がいる世界以外に別の世界があって、別の世界から来た奴がいるんだぞ」
「そうなんですか? 異世界に興味のない私には関係ありませんし、もし勇者タロウとか言うのが異世界から来ていたとしても「隣国から来ましたー」って言っている人と大差はありませんし、価値もないでしょう。もしかしたら、勇者タロウのおかげでこの世界の何かが変わったのですか? もし、そうならば少しは感謝くらいはしますよ。別に私が感謝する必要もありませんけどね」
「そ、それは……」
レウスさんが言い淀んでいます。一気に畳みかけましょう。
「そもそも、なぜこの世界の魔王を倒すのに、わざわざ別の世界のどこの馬の骨かもわからない人物を呼び出す必要があるんですか? あえて聞きますけど、魔王による実害はあるのですか? 別に魔王が世界征服を企んでいたとしても、人間でも侵略するために他国を責めたりしているでしょう? それ以前に、先程聞きましたが、この国は内輪揉めで忙しいみたいでしょう? 魔王になんか構っている暇は無いんじゃないですか? 更に、仮のその勇者以外が魔王を倒しらどうするんですか? 異世界からわざわざ呼んでおいて「無用でしたー」とでも言うんですか? 教会が呼んだのであれば頭がおかしいんではないですか?」
「れ、レティ? ど、どうしたの? まるでその勇者に恨みでもあるみたいに……」
そうですね。
確かに会った事も無い人に対してムキになり過ぎましたかね。
しかし……。
「どちらにしても、そんな訳の分からない人間なんて、出会った瞬間に殺してしまってもいいんでしょう?」
エレンに近付く虫は排除するだけです。
ただし、エレンが望むのならば、私が見極めてから私は身を引きますけど。
私の望みはエレンの幸せですからね。その為でしたら世界を敵に回してもなんとも思いません。
「そ、それは……無理なんです」
「無理? 何故です? 首をちょちょいッとひねってやれば人間は死にますよ?」
「勇者タロウは死なないんです。いえ、神の加護で死んでも生き返るのです」
「そうなんですか?」
神の加護ですか。
そう言えば、前に住んでいた町の神官も「神の加護がー」と戯言を話していましたね。
そもそも、神の加護があるというのなら、この世界に不幸な人はいないと思うのですが……。
どちらにしても死なないのであれば、首を撥ねても生きているんですかね。試してみたいです。
しかし……。
「試したのですか?」
「え?」
「だから、不老不死を試したんですか? 殺して生き返ったんですよね?」
「そんな事できるわけがないじゃないですか!? 彼は神に認められた勇者なのです!!」
できるわけがない?
神に認められたからと言ってなんですか? 何が偉いんですか?
もしかして、神の威光とやらの為に試せていないんですか?
「ならば、何故死なないと言えるのですか?」
「それは神のお告げがあったからと言われています」
「お告げ?」
「はい。神、アブゾル様がおっしゃるには勇者タロウには四つの加護があるそうです」
【光魔法】【身体超強化】【誘惑】【不老不死】
「この四つの力を得たそうです」
「そうですか……」
【光魔法】というのは、勇者と聖女にしか使えない魔法だそうです。
光ですか……。
魔法というモノはイメージです。
私は、人差し指を壁に向けます。
光……光るモノ。
太陽ですかね?
いえ、アレは熱いモノですね。
となると……雷の方が近いですかね。
それならそれを収束させて……。
いえ、それは違いますねぇ。
うーん。
あ、そうです。
エレンが治療魔法を使う時に光るアレをイメージしましょう。
「えい!」
私の指から光が走り、壁に穴が開いています。
おかしいですね。エレンの様に優しい気持ちで放ったんですけどね。
まぁ、成功したので良しとしましょう。
「光魔法というのはこういったものですか?」
「あ、ば、ば……」
レウスさんの顔が驚愕に染まります。
まず一つ目は否定できました。
次は……。
【身体超強化】
「ギルガさん。勇者の強さはどれくらいか分かりますか?」
「いや、オレもあった事は無いから知らないな」
ふむ。
これはカンダタさんに話を聞いた方が良いですかね。
しかし、身体強化ですか。
この世界の前衛職は魔力による身体強化を使っている人が殆どです。
私も一応は使っているので、それが上手いという事ですかね……。
私は部屋に置いてあった水晶の玉を持ち上げます。
「これは硬いですか?」
「え、えぇ。それは人の力では砕く事は不可能です。例え魔力を込めたとしてもです。しかし、勇者が本気を「えい」だ……え?」
水晶の玉は粉々に砕け散ります。
全力でもないのに砕けましたよ?
「砕けましたね。これで身体能力超強化も否定できましたね」
「あ、貴女は何者なんですか!?」
「私はレティシアです」
「い、いや、そういう事を言っているんじゃないんですよ!!」
何を怒っているのでしょうか?
も、もしかして壊しちゃいけないモノでしたか?
弁償はできませんし、復元魔法で直しておきましょう。
私は直した水晶をそっと元の場所に置いておきます。
三つめは【誘惑】
これはどう否定すればいいんでしょう。
「この誘惑とはどういったものなんでしょう?」
「そ、それは勇者タロウの姿を見た女性は心が奪われるそうです。実際、城の殆どの女性が勇者タロウと関係を持ったと聞きました」
「なに? そりゃ男としては願ってもない能力だな。しかし、この国の王女は勇者タロウを嫌っていると聞いた事があるぜ」
「確かに、数名は聞かなかったという話も聞いております。そのうちの一人がネリー姫だそうです」
「へぇ、効かない人もいるんですね。で? その力の恐ろしいところはどこなんですか?」
「この力の恐ろしいところは、映像用の魔法具に写された姿でも誘惑されるそうです。教会では、むやみに女性が誘惑されないように注意喚起として映像用の魔法具を配布されています。そして、その力を体験させて勇者がいる時は顔を出すなと教えています」
「という事は、映像があるんですね」
「はい」
「見せてください」
「おい、お前が誘惑されたらどうするんだ!?」
「私はエレン以外はどうでも良いと思っているんで問題ありません。でもエレンは見ちゃダメです」
「だ、大丈夫だよ! 私もレティが一番大好きだし」
エレンは頬を染めてそう言ってくれます。
……嬉しいですねぇ。
世間一般的には女の子同士は結婚できないですが、国を乗っ取れば結婚できますかねぇ。
私とエレンの会話を聞き、レウスさんは「まぁ、一度見てみると良いですよ」とため息を吐きながら魔法具を持ってきてくれました。
魔法具に映し出されたのは、黒髪の顔の整った少年です。
しかし何でしょうか。コレを見ていると心の奥が熱くなってくるような……。
エレンも少年をジッと見ています。
どういう事でしょうか……これの顔を見ていると……。
ぐちゃぐちゃに殺してやりたくなります。
この気持ちを覚えています。
お母さんを殺されたときに感じた感情……。
憎悪です。
「レティ……。レティは今どんな気持ち?」
「そうですね。憎悪を感じています。殺してやりたい……ただそれだけです」
「そうだね。私も似たような感情かな。ただ、気持ちが悪い。それだけだよ」
私達二人は、同時に魔法具を手に取り、レウスさんに渡します。
「「コレを私達の目の届かないところに捨ててきてください」」
私達は声を揃えてそう言います。そんな私達を見て、ギルガさんとレウスさんは顔を青褪めさせています。
「お、おい。レティシア!?」
「はい?」
「空気が重い!! その異常なまでの殺気を押さえろ!!」
「え? あ、失礼しました」
気付かないうちに殺気を垂れ流していたようです。
ここまで人を憎いと思ったのは久しぶりです。何故でしょうか?
ともかく、これで私達に誘惑も効かない事が分かりました。
最後の力である【不老不死】……。
これが一番わかりません。
不老不死なんて本当に存在するのでしょうか……。
やはりこれに関しては試すしかありませんね。
勇者タロウは私が必ず殺して見せます。
勇者タロウの力を否定するにはこれしかありません。
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