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第二十三話

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 仕事をしっかりやり遂げ、時計を見ると集合時間の三十分前になっていた。
 ぼくは慌ててロッカーで着替えて、待ち合わせにむかう。
 歓楽街に入ると、スマフォが振動し、アーサーくんからメールが入った。どうやら彼は早く到着したみたいで、先に店に入ってまっているらしい。

 ……いけない、急いでむかわなきゃ。
 
 ぼくは人混みを縫ってあるいて、飲食店や遊戯施設、風俗店やバーが軒を連ねた道を通り過ぎて目的地をめざした。
 淫靡な雰囲気が漂う店から呼び込みの客引きや立ちん坊がたむろして、路地裏ではパンチパーマのドワーフや黒地に赤がはいったジョーゼットのシャツに身をつつんだオークなどが道を闊歩している。
 やはり噂通りの治安の悪さだ。ガラのわるいモンスターたちがうろつき、もうちょっといけばラブホ街だ。

 店にむかってすすむたび、あやしいところにいっているような気がしてならない。
 うつむいて歩いていると、急にうしろから肩を叩かれてぼくは飛び上がった。

「ニーア!」
「うわっ! うわわわ! レイン!?」
 
 ふりかえると、派手なジャケットを羽織ったレインがいた。
 かすかにアルコールの匂いがして、独特な香りのコロンが鼻をついた。
 いつもの制服姿とはちがって、圧倒的な存在感を放つ花柄模様に、腕にはないはずのタトゥーがあった。耳にもピアスが何個もついている。

「えっと……お、おつかれさまです」
「あー……。ごめん。びっくりさせちゃったよね。これから知り合いの店がコスプレデーでさ。今日は病み系ファッションなんだ。どう!?」

 にこっと輝く笑顔をむけられ、戸惑いながらも、無難な答えを返すしかない。
 普段のレインとイメージがちがいすぎて、イメチェンどころではない変わりようだ。

「どうといわれても……、素敵だと思います」
「でしょ! ああっ! そうだ! 帰り際に急に仕事お願いしちゃってごめんね! その……、結構な量があったけどだいじょうぶだった?」

 大きな目を潤ませ、捨てられた仔犬のように見つめられてうんと返す。レインが影で切磋琢磨しているのを知っているので、残業してがんばったのは本当だ。

「……ええ、だいじょうぶです。頼まれた書類はすべて処理できたので安心してください」

「ニア、ありがとう! 本当助かった! 感謝してる!」
「それならよかったです。じゃあ、待ち合わせにひとを待たせてるのでぼくはこれで……」

 さすがにこれ以上遅れるわけにはいかない。
 その場を立ち去ろうとすると、レインがぼくの手首をギュッとつかんで引きとめた。なにかを手のひらの中に握らせて、にっこりとわらう。

「これ、あげる☆」

 レインは酔っているのか、ふだんよりテンションが高い。握らせられた手のひらにあったものに視線を走らせると、白い粉みたいなものがあった。フィルム包装されていて、ビタミン剤より覚醒剤かなにかの薬のようにも見えた。
 こんなのもらってもいいんだろうか。ぼくには毎月薬草師から処方されている薬があるので必要ない。はっきり断ればいいんだけども、そうなれば角が立つ。

「レイン、これは……?」
「あ、安心して。これは疲れたときによく効くビタミン剤。疲労回復に効くみたいでさ、ヒートもうちょっとでくるでしょ?」

「え、ええ。そうですけど……」

 どうしてだろう。たしかにそうだけど、ぼくのヒートの周期を知っているなんておかしい。
 戸惑いが伝わったのか、レインが慌ててつけ足す。

「やだな~。ニアってさ、よくヒート休暇をとっているでしょ? まえに取っていたときのことを覚えていたんだ。あ、あと明日の交通フェアの雑用係かわってあげるね。ヒートもちかいし、休日だし、ニアはゆっくり休んで。ね?」

「いや……でも……」

 レインはにっこりと笑うが、手首をつかんだ手に力が入る。

「いつもむりやり仕事を押しつけちゃってたし、前からわるいと思っていたんだ。だから遠慮しないで。これを飲んで、家でゆっくりしててよ~。ね?」

「そこまで……いうなら……。わかりました。お願いします」

「やった。明日はニアのかわりにおもいっきりがんばるね。じゃあね」

 こくりとうなずくと、ぱっと手をはなされた。レインは手をひらひらさせて颯爽と横の店に入っていった。

「じゃあ、また……。うわわ、いけない。待ち合わせに遅れる!」

 腕時計に目を落とすと、すでに三十分ほど遅刻しそうになっていた。
 ぼくは白い粉が入った袋をカバンにいれ、急いでしゃぶしゃぶのお店を目指した。
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