魔法省生活保安課オメガはサブスクアルファに課金したい

トノサキミツル

文字の大きさ
上 下
10 / 29

第十話

しおりを挟む
「おおげさだよ……。きょうはそれほど忙しいわけじゃないし」
「倒れたら、ぼくが看病するからいつでもいってね?」

 ……むぎゅぎゅ。

 ああ、どうしよう。
 どうせならいまから倒れて傷病休暇を申請しつつ、ずっと看病してもらってヨシヨシいいこ、熱を測って癒されっぱなしでいたい。

「ニアさん?」
「あっ、ああ。すみません。どうぞ中に入ってください」

 慌てて冷静を顔に貼り付けてぼくは彼をキッチンのイスへと案内した。
 それからぼくたちはお互いの進捗状況を交換し、(ぼくは市役所に勤める福祉課の公務員として通っているので日頃集まる苦情対応について)会話を楽しんだ。

「妹の手術が成功してやっと退院できそうなんだ」
「そうなの? それはよかった。ずっと心配でこないだ聖ワタラ教会に祈ってきたんだ」
「ありがとう、ニアさん。やっとこれで一苦労が報われるかな」

 妹さんについては先々週に聞いていて、ぼくはサブスクのプレミアムに加入することに決めたからよく憶えている。
 入会まもないぼくに、どうしてこの仕事をしたのか、リルはすぐにプライベートな事情を打ち明けてくれた。

 リルくんは妹がやっと病院から退院することになり今度お祝いするらしい。彼の妹は魔力代謝系疾患の難病で、十五のときから入院生活を送っている。
 
 リルくんはご両親に共に早くに先立たれ、彼は妹さんの入院費のために大学進学をあきらめて、魔法高等学校卒業後はすぐに就職という道を選んだという。
 妹さんの入院費を稼ぎながらコツコツと働いていたけど、妹さんの容態が急に悪化して手術費用が必要となり、リルくんはこの仕事を始めたらしい。

 かなり嘘くさい詐欺によくある話だけど、推しの話は口をつぐんで信じなければならない。

 その事情もあいまって昼間も働いているらしく、顧客はぼく一人だ。
 ほんとうに? と食い下がって訊いてみたものの、本当だそうだ。ナンバーワンじゃないけど、オンリーワンでよかったと心底感動して思った。
 ちなみにプレミアムの特典もあり、延長料金を気にせず、好きなときによびだせるけど、スケジュールは彼の都合に合わせて呼んでいる。
 だから指名料、オプション(コスプレ、ノーパン、服破り、巣作り材料の衣類や下着のお持ち帰り)をしっかり現金払いで支払っている真面目な良客で通っているつもりだ。

「……えっと……ニアさん?」
「あ……」

 リルくんの整ったキュートな顔をみつめられ、ぼくの顔が熱くなる。

「やっぱり疲れてる?」
「い、いえ……。だいじょうぶです。ぼうっと考えごとをしていました。デザートはどうします?」
「あっ、それはね。ふふふ。今日は特別メニューをお願いしたいところなんだ。これでね」

 じゃーんと蜂蜜のチューブとホイップクリームの箱がテーブルに置かれた。
 にっこりと満面の笑みを浮かべて、その笑顔にくらりと気絶してしまいそうになる。彼はぼくの手をとって、持ち上げると紳士然として手の甲にキスをした。

「デザートはニアさんにしたいんだ☆」
 
 ううううううううううううううううう…‥‥。
 かわいい。
 夏のボーナスもぜんぶ貢いでしまいたくなる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きになってしまいました

藤雪たすく
BL
火事がきっかけで同居する事になった相手は短大でたまに見掛けた有名人。会話もした事も無かったのに何でこんな事に? 住んでいる世界が違うと思っていたのに……交わる事の無いはずだった線がそうして交わり始めた。 ※他サイトに投稿している作品に加筆修正を加えたものになります

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

たしかなこと

大波小波
BL
 白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。  ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。  彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。  そんな彼が言うことには。 「すでに私たちは、恋人同士なのだから」  僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

お前だけが俺の運命の番

水無瀬雨音
BL
孤児の俺ヴェルトリーはオメガだが、ベータのふりをして、宿屋で働かせてもらっている。それなりに充実した毎日を過ごしていたとき、狼の獣人のアルファ、リュカが現れた。いきなりキスしてきたリュカは、俺に「お前は俺の運命の番だ」と言ってきた。 オメガの集められる施設に行くか、リュカの屋敷に行くかの選択を迫られ、抜け出せる可能性の高いリュカの屋敷に行くことにした俺。新しい暮らしになれ、意外と優しいリュカにだんだんと惹かれて行く。 それなのにリュカが一向に番にしてくれないことに不満を抱いていたとき、彼に婚約者がいることを知り……? 『ロマンチックな恋ならば』とリンクしていますが、読まなくても支障ありません。頭を空っぽにして読んでください。 ふじょっしーのコンテストに応募しています。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...