魔法省生活保安課オメガはサブスクアルファに課金したい

トノサキミツル

文字の大きさ
上 下
8 / 29

第八話

しおりを挟む
「おおげさだよ……。きょうはそれほど忙しいわけじゃないし」
「倒れたら、ぼくが看病するからいつでもいってね?」

 ……むぎゅぎゅ。

 ああ、どうしよう。
 どうせならいまから倒れて傷病休暇を申請しつつ、ずっと看病してもらってヨシヨシいいこ、熱を測って癒されっぱなしでいたい。

「ニアさん?」
「あっ、ああ。すみません。どうぞ中に入ってください」

 慌てて冷静を顔に貼り付けてぼくは彼をキッチンのイスへと案内した。
 それからぼくたちはお互いの進捗状況を交換し、(ぼくは市役所に勤める福祉課の公務員として通っているので日頃集まる苦情対応について)会話を楽しんだ。

「妹の手術が成功してやっと退院できそうなんだ」
「そうなの? それはよかった。ずっと心配でこないだ聖ワタラ教会に祈ってきたんだ」
「ありがとう、ニアさん。やっとこれで一苦労が報われるかな」

 妹さんについては先々週に聞いていて、ぼくはサブスクのプレミアムに加入することに決めたからよく憶えている。
 入会まもないぼくに、どうしてこの仕事をしたのか、リルはすぐにプライベートな事情を打ち明けてくれた。

 リルくんは妹がやっと病院から退院することになり今度お祝いするらしい。彼の妹は魔力代謝系疾患の難病で、十五のときから入院生活を送っている。
 
 リルくんはご両親に共に早くに先立たれ、彼は妹さんの入院費のために大学進学をあきらめて、魔法高等学校卒業後はすぐに就職という道を選んだという。
 妹さんの入院費を稼ぎながらコツコツと働いていたけど、妹さんの容態が急に悪化して手術費用が必要となり、リルくんはこの仕事を始めたらしい。

 かなり嘘くさい詐欺によくある話だけど、推しの話は口をつぐんで信じなければならない。

 その事情もあいまって昼間も働いているらしく、顧客はぼく一人だ。
 ほんとうに? と食い下がって訊いてみたものの、本当だそうだ。ナンバーワンじゃないけど、オンリーワンでよかったと心底感動して思った。
 ちなみにプレミアムの特典もあり、延長料金を気にせず、好きなときによびだせるけど、スケジュールは彼の都合に合わせて呼んでいる。
 だから指名料、オプション(コスプレ、ノーパン、服破り、巣作り材料の衣類や下着のお持ち帰り)をしっかり現金払いで支払っている真面目な良客で通っているつもりだ。

「……えっと……ニアさん?」
「あ……」

 リルくんの整ったキュートな顔をみつめられ、ぼくの顔が熱くなる。

「やっぱり疲れてる?」
「い、いえ……。だいじょうぶです。ぼうっと考えごとをしていました。デザートはどうします?」
「あっ、それはね。ふふふ。今日は特別メニューをお願いしたいところなんだ。これでね」

 じゃーんと蜂蜜のチューブとホイップクリームの箱がテーブルに置かれた。
 にっこりと満面の笑みを浮かべて、その笑顔にくらりと気絶してしまいそうになる。彼はぼくの手をとって、持ち上げると紳士然として手の甲にキスをした。

「デザートはニアさんにしたいんだ☆」
 
 ううううううううううううううううう…‥‥。
 かわいい。
 夏のボーナスもぜんぶ貢いでしまいたくなる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

好きになってしまいました

藤雪たすく
BL
火事がきっかけで同居する事になった相手は短大でたまに見掛けた有名人。会話もした事も無かったのに何でこんな事に? 住んでいる世界が違うと思っていたのに……交わる事の無いはずだった線がそうして交わり始めた。 ※他サイトに投稿している作品に加筆修正を加えたものになります

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

ナッツに恋するナツの虫

珈琲きの子
BL
究極の一般人ベータである辻井那月は、美術品のような一流のアルファである栗栖東弥に夢中だった。 那月は彼を眺める毎日をそれなりに楽しく過ごしていたが、ある日の飲み会で家に来るように誘われ……。 オメガ嫌いなアルファとそんなアルファに流されるちょっとおバカなベータのお話。 *オメガバースの設定をお借りしていますが、独自の設定も盛り込んでいます。 *予告なく性描写が入ります。 *モブとの絡みあり(保険) *他サイトでも投稿

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

たしかなこと

大波小波
BL
 白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。  ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。  彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。  そんな彼が言うことには。 「すでに私たちは、恋人同士なのだから」  僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。

エンシェントリリー

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

処理中です...