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最終話
しおりを挟む「わわっ、ヤバノちゃんひかないでよ~」
「…………ソータそういうことだ。だからランス、おまえは王都に帰れ」
「えっ」
「え~っ!」
「おまえは帰って王妃の相手でもしてろ」
「やだよ~。ちょっと声をかけたら、執念深く蛇みたいにしつこくつきまとってくるし、ねちねち絡みついてくるし大変だったんだよ~。やきもちなんて焼いちゃって周りにも疑われるからこっちにきたのに~」
ランスはあまえた子どものようなすねた話し方で俺を持ちあげて膝の上に乗せる。
「なっ、なっ……」
「だまれ。さっさと荷物をまとめて王都へもどれ」
「やだやだやだ~」
「え……っ……と」
話についていけない。
わけわからずに目をきょとんとしていると、クロが俺に視線を戻した。
「ランスが王妃と密通していることなんてだれでも知っていることだ。ソータ、このペテン師に騙されるな。こいつの貞潔なんてすでにない」
「へっ、じゃあ……」
「ちょっと、ちょっと~! 密通なんてしてないよ~。ちょっとお茶したり、お話しただけだし~。歴とした聖騎士もとい童貞だったよ~」
本当かよ……。
じと……とした目でみると、ほんとに童貞なんだよ~とつぶやいて、ちんちんを俺にみせつけるようにくいくいと腰を押しつけてくる。
「なっ……!」
「ほら、みてみて~。きれいなピンク色でしょ? ベビーピンクだよ?」
視線を落とすと、ちょっと半だちになっているので、そこから目をそらす。
「やめろ、ランス。これからは俺とソータ、ふたりで聖杯を探す。どうせ俺に許嫁がいるとかなんとか吹き込んだんだろ。もう婚約破棄されてむこうは所帯をもっているのに、よけいなことを言うな」
「へ?」
「え~! やだやだやだ。だってさ、指輪なんてあげるからだよ~。どうせヤバノちゃんをひとりじめするつもりなんでしょ~!」
「わっ、わっ……」
「やめろ。はなれろ」
ランスが全裸のまま抱きついてきたが、クロがかばって阻止した。ふたりで押し合って、無邪気にじゃれあっているようにもみえる。
「だまれ。これ以上おまえのあそびにつきあうつもりはない」
「え~、三人でいいじゃん」
「……おまえは、ほとんど一緒にいないだろう」
「朝と夜はいるよ~。そんなに怒ることないじゃん。もうせっかくだからさ、ソータに決めてもらおうよう」
「へ?」
「…………そうだな」
急に、ふたりがこちらへ視線をむける。ぎしりと寝台が軋んで、灰色と青の瞳がならぶ。
いや、なんつうか。なにそれ。
こっちみんな。
「ランスはかえっ……」
「え~帰ったら、王妃と不倫に走ろうかな~」
「は?」
「だってさ、ヤバノちゃんのおしり天才すぎて忘れられないじゃん。イチャイチャしてまぎらわせるしかないじゃん……。この国がめちゃくちゃになってもさ、王様ぷんぷんでもさ、しょうがないよね。ぜんぶヤバノちゃんのせいだけど~」
「は?」
「ランス、口を挟むな。ソータ、どうなんだ?」
いや、どうなんだというか……。
王都に帰ってほしいような、ないような……。
けど、帰ったら不倫とかはやめろ。俺のせいで、王宮がめちゃくちゃになるのもいやだ。つうか、こまる。
「ソータ、どうなの?」
「うっ」
「ソータ、どっちなんだ?」
「ううっ、……三人で一緒がいいと思う。思います」
そう口にすると、ランスは両手をあげてよろこんだ。腑に落ちないのか、クロは不満そうに腕を組んでいる。
「じゃあ、三人で決まりだね!」
「……チッ」
不機嫌そうにクロが舌打ちをした。
◇
次の日、村を離れて森の奥へいくことになった。行きがけにギルドマネージャーであるおっさんのところに寄った。
ルゥを店の前の丸太につないで、新しく手に入れた餌の皿をだした。熟れた果実をそこに置くとランスがうしろから声をだした。
「なんかさ、ルゥ太った?」
「へ?」
確かによく見ると、ふっくらとしたような気がする。クロが横腹をなでると、気持ちよさげに身体をすりすりしている。
「……餌は適度な量をやっているぞ」
「でもさ、ずっと食べてない?」
「クッ!」
「気のせいだって。皿から餌が出るわけじゃねぇし」
「そうかな~」
「クッ!」
「ランス、いくぞ」
「はいはい~」
二人が先に店の中にはいり、俺は道端に屈んでゆっくりと撫でる。
「ルゥ、おやつは一個だけな?」
「クッ!」
「おとなしくまってろよ?」
「クッ!」
あまい匂いを発散させたやわらかな果実をひとつだけ置いて、首をなでた。
すぐに食べてなくなるだろうなと思って店に足を踏み入れて、振りかえる。
かつかつと嘴でつつく音がしたと思った。
気のせいか。おやつはまだ皿の上にあった。
店の中は変わらず、暗くて煙草と酒の匂いで充満していた。おっさんは長椅子に腰かけて酒瓶を片手に、ごくごくと飲んでげっぷをしている。
「ここを出ていくのか?」
「ああ」
「うん、また長旅だよ~」
「そういえば、ソータのケツはどうなった? サービスにみてやるよ」
おっさんが立ち上がり、ごそごそと透明の水晶を目の前に置いた。膝を折って、尻に水晶をむける。ふわんと薄ぼんやりとした光がゆらめいた。
「お。ケツのレベルが際限なく上がったぞ」
「は?」
「レベル三〇〇〇だ。すげぇな!」
「は?」
「すごい! 僕がたっぷり中に出したおかげだね!」
「……は?」
まじまじと水晶をみると、たしかにケツマンコ三〇〇〇と記されてあった。
たしかにやばい量を注がれたのは事実だけども……。
ケツのレベルの実感がないんだけど……。
「これは、今日の旅は打ち切りだね。お祝いしなきゃだめだね」
「は?」
「ああ、旅は明日にしよう」
「……ちょっとまて。聖杯はどうなるんだよ。そんなんじゃ、一生手に入られないだろうが」
俺はつい、余計な一言を発してしまった。するとおっさんがこっちをみた。
「おいおい、ケンカすんじゃねぇよ。おまえらチームだろうが。聖杯探求なら童貞が一人いればいいんだ。それよりもケツの魅力度を上げて、効率よく探したほうがいいぜ。開発も順調なんだ、そっちを頑張ればいいんじゃねぇか」
「は?」
おっさんの横からの余計なアドバイスを投げられ、ふたりが視線を合わせた。おい、本当にやめろ。おい。ふたりとも納得するな。
「……なら、俺もできるな」
「じゃあ、最後は三人でやろうよ~。クロが脱童貞しても、ソータが探せばいいじゃん! 僕たちが戦って守れば無敵だし~」
「は?」
「…………なるほど。そうだな」
顎に手をやり、なにやら考えているクロが深くうなずいている。
……あ。
これ、やばいやつだ。
逃げようとしたら、ふたりにがっちりと腕をつかまえる。
「せ、聖杯はどうなるんだよ!」
「それは、だいじょーぶだよ~」
「ああ、心配することはない」
「おう、おまえら仲よくすんだぞ!」
ゲラゲラとおっさんが笑う。
朝からすでに三本は瓶を空にしているっぽい。
「きょうはお祝いだね~。目隠しとかしちゃおうよ~。かなりきつきつだったけどレベルも上がったし、そろそろ二本同時もいけそうだね!」
「…………ああ」
「さ、娼館に連絡しなきゃ」
「……ああ、頼む」
いや、無理だし。
これから旅に行くはずがおかしな方向になってるし。
二本ってなんだ。同時ってなんだ。
いや、いやいやいや……。
「ケ、ケツにそんなことできねぇよ!」
「チートだからだいじょうぶ」
「…………ああ、最強だ」
ランスは微笑を浮かべて、クロは神妙な表情でうなずきながら言う。もちろん両腕をがっちりとつかまえて、逃げられない。
「ソータの尻はチートケツマンコだからなっ」
おっさんが愉快そうに酒を呑んで、げらげらと笑った。全然笑えないし、クソきしょい。
「お、おれのケツはそんなんじゃねぇっ!」
俺はずるずると店の前に連れ出された。ルゥはまだおやつをカツカツと食べ続けている。
帰りたい。
ケツマンコってなんだ。
つうかチートてなんだよ。
「なんだ、まだ食べているのか。いくぞ」
「クッ!」
「いろんなこと楽しもうね!」
「やだやだやだやだ!」
俺たちは完全に、なにか大事なことを見逃していたということをまだ誰も気づいていない。
おわり
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