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 宿に戻ると、ランスロットがひとり寝そべって本を読んでいた。

「おかえり~」
「ただいま」
「ぼくさ、ずぅっと一人でまってたんだよ?」
「……だ、だからなんだよ。用事、済ませてきたんだろ?」
「うん、済ませてきたよ~」

 寝台から大儀そうに起きあがり、金髪をさらりと掻きあげてこちらに歩み寄る。どうしてか、きらきらと光る青の目に俺はたじたじとなって後退る。

「な、なんだよ……」
「ん~?」
「な、なに……」

 こういうときはよくない予感が襲う。キラリと薬指にはめた指輪が光を放ち、はたとランスの視線がとまる。

「ん~……」
「なんでこっちくんだよ……」
「んん~?」

 鼻歌を歌いながら、こちらにじりじりと近寄り、ぴたりと目の前で止まる。

「ソータ、これなに?」
「ゆ、ゆびわだよ……」
「だれからの?」

 ランスは眉をうごかす。笑みは絶やしてないが、なにかぞくぞくとしたものが背中に感じた。

「ク、クロだよ……」
「ふうん。朝はしてなかったよね。それで一緒に食事を食べてきたの?」
「食べてきたよ」
「いいな~。クロは?」
「ルゥと一緒に夜の散歩にでかけた」
「そう。じゃあ、ふたりっきりだね?」

 薄笑いを浮かべて、じりじりとこちらに向かってくる。
 な、なんだ。なんなんだ。
 どうしてそんなに怒っているんだ。そして、なんでなにも言わないんだ。

「……な、なんだよ」

 蠟燭の炎がゆらめき、ランスは目を細めてほほ笑んだ。すらりと長い脚をぬっと伸ばして壁ににじりよる。

「ねぇ」
「なに……?」
「最近さあ、クロといちゃいちゃしてるよね?」
「は?」
 目と鼻の先ほどの距離にたじたじになる。まつ毛の翳ったところまでよくみえた。
「ならその指輪はずしてよ」
「あ、こらっ」

 勝手に指から指輪を外して、ランスはその手を隣の机においた。そして顔をうれしそうに輝かせ、柔らかな金髪が頬にふれる。

「そうだ。ソータ、お風呂まだだよね?」
「そうだよ」

 襟元に指をかけ、釦がちぎれ飛んだ。ころころとゆるやかに円を描いて床に転がる。

「あ~あ、壊れちゃった。服、やぶけちゃったね。だから一緒に入ろう?」
「な、な、な……だからってなんだ」
「だから、僕が身体をすみずみ洗ってあげる~」
「い、いやだ」

 逃げようとするが、手首をつかまれて力がつよい。整った顔をよせられ、ぺたりと背中が壁についた。俺は完全に逃げ場を失う。
 よく見ると目つきがいつもとちがう。冷淡な、それでいて有無をいわせないような目だ。まぶしげに目を細めて、うっとりと笑う。

「そんなこわい顔しちゃってさ~。クロもいないんだし。ね、ね、ね、一緒にはいろう?」
「やだよ。ひとりで入れる」
 そのときだ。いきおいよく扉がひらかれ、顔を向けると戸口にクロが立っていた。
「ランス、どうした?」
 怪訝な顔つきで俺たちを眺めている。
「ちぇっ、残念。お風呂はいりたかったな~」
 ランスは俺から、さりげなく、そしてあっさりと離れた。

◇◆◇
 次の日、俺は熱がでた。
「ふお……!」
 病んだように身体が火照る。
 視界もぼんやりと朧げでくらくらして、ぼうっと呆けていると扉がひらいた。男が粥と木碗を盆にのせて入ってきた。

「ソータ、だいじょうぶ~?」
「……ランスかよ」
 昨夜のことを思い出して、おもわず顔をしかめた。
「そんな顔しないでよ。ソータ、熱がでているみたいだね~」
「……ああ」
「クロは心配して薬草を調達していったよ~。いい天気なのに疲れちゃったかな~?」

 ランスは窓をあける。天気がいいのか柔らかな陽光が差しこみ、眩しさに目を細めていた。
 机には花が活けられて、ひとつのコップに歯磨きがみっつ。互いの衣服はきちんと畳まれ、さながら三人で同棲しているようだ。
 湯気立った粥のおいしそうな匂いが流れてきて、ぐうと腹が鳴ってしまう。

「……う」
「雉の出汁でつくった粥だよ~。ひさぶりに台所なんて前に立ったよお。ゆっくり食べて、休んだほうがいいよ~」
「……そうする」

 ……あやしい。

 いつもは茶化してばかりなのに、弱っているせいかランスがこの上なくやさしい。
 慈悲深い女神のような笑顔をこちらにむける。とりあえず、今日のケツ開発がなくなってちょっとほっとする。

「このところ毎日のように森へ連れて行ったから疲れがどっと出たんだよ~」
「……う、うん」
「今日はゆっくり寝てよう~?」
「お、おう……」
「レベルも上がってきたしね。お尻もいい感度だし、攻撃力も防衛力も上がってきたじゃん。すごいいいことだよ~」
「……そ、そうかな」

 俺は恥ずかしくなり、うつむいた。尻以外で褒められるのは照れくさい。

「そうだよ。あっ、これ飲んで~。よく効く薬湯をつくったんだ」
「……あ、ありがとう」

 手渡された木碗の中身を覗くと薄緑色の液体がなみなみとつがれている。にがいやつと思って、顔を顰めて口にするとそれほどでもない。
 ほうっと身体の力が抜けて、澄んだ空気が流れ、沈黙がおりた。

「……」
「…………」

 ちらりと上目遣いで様子をみると、じっとこちらに視線を送っている。

「な、なに……?」
「あのさ……」
「は?」
「あのさ、やっぱりクロのほうがいいの?」
「……ぐっ、ごほっ」

 その言葉に、飲んでいた薬湯が喉に絡んで噎せた。ひとりでに顔が赤くなる。

「図星?」
「……どっちがいいとかないし」
「へぇ……。そうなんだ」
「な、なに……」

 ずいずいと身体を寄せ、ランスの薄い唇が眼前にせまった。
 寝台に上がり、膝をのせて逞しい体で圧迫させてくる。
 ちょっとまて。なんだこの展開は……。まるでキスするみたいじゃないか。
 俺は赤らむ顔を伏せ、避けるように尻もかくす。

「……か、風邪がうつる」
「うつしてもいいよ」
「……だめだ」
「ソウタ、あいしてる」
「……ひ」
「愛しているよ。本当に……」

 寄りかかった背もたれに追いやられる。金色の睫毛の奥にある青の瞳が妖しく輝いて、俺を悲しげに見つめていた。

「なんっ……、そんな好きになるところなんてなかっただろうっ」
「あるよ。毎日のようにアクメ顔を眺めたら好きなる」

 な、な、な。意味がわからん。一体全体どうしたんだ。
 そして、昨夜とおなじように背中をぴったりとくっついて逃げ場がない。

「ち、ちかい……」

 背もたれに背中を貼りつけて、俺はじりじりと近づくランスロットを両手でぐいぐいと押し返す。

「ねえ、僕だけにしよ?」
「は?」
「つれないこと言わないでよ。聖杯なんて探してもむだだよ。ね、ね、ね。僕と一緒に暮らそうよ~。何不自由なく部屋に閉じ込めてあげる」

 口の端を上げ、感情がない笑みを向けられると恐怖心がふくらむ。
 なんだ、一緒に暮らすって。しかも閉じこめるってこわすぎるだろ。

「……ふ、ふ、ふざけんなっ」
「ずっと僕だけをみてよ」
「いや……ぁ……、な、んだ……?」

 どうしてか、ぜいぜいと息が切れ、両腕から力が抜ける。ランスロットは寝台から降りて、こちらを見下ろしている。

「そろそろかな?」

 俺は逃げるように重たい身体を引きずるように寝台から出ようとして、倒れた。

「……これはね、痺れ薬なんだ。ぼくの言うことをきいてくれるやつ。さて、まずはお風呂にはいろう~」
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