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ブライトが寝込んで五日目。
ようやく熱も下がり、もう大丈夫だろうと医者が言った翌日から、彼は驚異の回復力を見せた。
あれだけ弱々しくアウロアに甘え縋りついていたのが、気付けばいつも以上で絶好調に愛を囁いている。
未だベッドの上でだがいつも通りになりつつあるブライトに、アウロアはほっと安堵の息を漏らした。
それまで、日中は国王の代理として執務を、夜はブライトの看病をと、精力的に働いていたアウロアを「王妃様まで倒れるのでは」と心配していた臣下達からも安堵の声が漏れた事は言うまでもない。
忙しい合間に子供達としっかり昼寝をとっていたアウロア。皆が心配するほど疲れていないと思っていたのだが、ブライトが元気になった姿を見た瞬間、どっと身体が重く感じたのは気のせいではないだろう。
もう、夜の看病もいらないだろう・・・
と、久し振りにベッドで眠る為に自室に戻ろうとしたアウロアを、ブライトが引き止めた。
「アウロア、此処で一緒に寝てくれないか?」
「陛下・・・ですが・・・」
渋るアウロアに、ブライトは離すまいとギュッと手を握った。
夫婦生活がほぼ破綻していた当時、二人の間には暗黙のルールのようなものが出来上がっていた。
互いの自室では同衾しない・・・
夫婦生活を営む事に限らず・・・つまり、同じベッドで寝る場合は部屋の間にある夫婦の寝室でのみ。
互いの部屋には持ち込まない、という事だ。
当時アウロアが、自室に夫を招く事に難色を示したことから、知らず知らずこのようなルールが出来上がってしまっていた。
なので、彼等は互いの部屋に入るという事がほとんど無かった。
ちょうどその頃、夫に対し仄かな恋心を抱き勝手に終わらせていたアウロア。
己の精神と肉体の安寧を考え、余り深入りはしない方がいいだろうと自室を砦としてしまった。
子供も生まれ、一番重要な仕事も終わったと認識した彼女は、さっくりと己の気持とブライトを切り捨ててしまったのだ。
この度はブライトの看病という事で彼の部屋に詰めていたが、病人と何かあるわけもなく。
一晩中ベッドの横で書類仕事をしていたというのが、ここ数日の彼女である。
だが、体力はまだだが気力は既に元通りのブライト。
このまま愛しい妻を自室に帰すことなど、するはずもない。
「互いの部屋では一緒に寝ないなど、そんな決まりはない。ただ、アウロアの気持を尊重していたら変なルールが出来上がってしまっていた、が・・・・
俺は納得はしていなかった。だから、此処でそのルールを反故にする。いや、始めからそんなルールは無かったのだ」
それはまるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、ただただ真っ直ぐにその瞳を見つめてくる。
いつもの愛を囁き許しを請う様なものではなく、心に深く刺さるよな・・・いや、奥深く沈め抑えていたモノを探り当てるような、アウロアにとっては目を背けたくなるような眼差し。
だが、逸らす事をも許さない圧力の様なものを感じ、ただじっと見つめ返す。
元々、負けん気の強い彼女は、逸らしてしまえば負けの様な関係のない意地がムクムクと湧き上がり、アウロアは思わず睨みつける様にブライトの目を見つめた。
そんなアウロアの眼力に気圧されたのか、ブライトが頬を染めながらふっと視線を逸らした。
よし、勝った!!
何に勝ったのかよくわからないが、アウロアは心の中でガッツポーズをとると、勝ったのだから部屋に戻ってもいいだろうと握られた手を抜こうとするが、今よりも強い力で握られた。
「陛下?」
「・・・・アウロア・・・・もう、離れることは俺にはできないんだ・・・」
そう言いながら彼女の手を引けば、不意を突かれたアウロアがブライトの胸に倒れ込み、そのまま抱きしめられた。
「アウロア・・・俺と、もう一度結婚してくれないか?」
「・・・・え?」
一瞬、何を言われているのか分からず、間の抜けた声を上げた。
そんなアウロアも可愛いと、ブライトはその腕にほんの少し力を込める。
「俺達は、まさに政略結婚だった。というか、お互いの利害が一致した結婚だった」
ブライトは同盟の為。アウロアは隣国の王太子を避ける為。
「そして、この世で一番美しくも賢い女神の様なアウロアを、俺は何の努力もせず妻にできた」
当時のブライトとアウロアの婚姻は、この世の男女を問わず、かなりの衝撃を与えた。
そして当然のようにブライトは、世界中の男に恨まれたといっても過言では無い。
よく言われたのが『何の努力もせず、女神を手に入れるなんて』と言った類の恨み言。
「だから何の努力もせず今まできた事のツケが、今になって回ってきたんだと思っている」
「陛下・・・」
「俺はアウロアが好きだ。誰よりも愛している。そして本当の意味での夫婦になりたい」
「えっと・・・もう、子供もいるのだし・・・」
「でも、アウロアは俺の事を精々、仕事仲間位の愛情しか持ってないだろ?」
それは違う!もう少し、愛情はある・・・と思う!とアウロアは言いたかったが、何となく素直に言葉にする雰囲気ではなく、開きかけた口を閉じた。
「それでもいい。俺は夫である立場を、父親である立場を最大限利用し、必ずアウロアを落とすから」
いつもの愛を囁く甘い声色ではなく、どちらかと言えば為政者独特の、全てを従わせてしまうかのような自信に満ちた声。
何時になく力強い声色にアウロアは驚き、ブライトを見上げた。
そして、目を見開く。
彼女の目に映るのは、いつも見慣れた夫の顔のはずだった。
彼女は為政者の時の顔も、夫であるときの顔も、父親であるときの顔も知っていた。いや、知っていると思っていた。
だが、今目の前にある彼の顔は、表情は、まるで初めて会ったかのような凛々しくもキラキラと眩しい。
なんだ・・・これは・・・誰?
思わず目を擦るも、変わらない。
呆然と見つめるアウロアの額に、ブライトは愛おしそうに口付けた。
そして、チュッチュッとわざとらしく音を立てながら、顔中に口付けていく。
一年の猶予期間を定めたあの日から、どんどん距離を詰めてくるブライト。
今の様なスキンシップも日常化しつつあり、慣れてきていたはずだった。
―――なのに、アウロアは狼狽えていた。
自信に満ちた声に、奪う様な眼差しに、熱い吐息に。
これまでとは、全然違う。
でも変わらずに、常にその中に有るのは、愛おしさ。
アウロアは思わずうめき声を上げた。
想いは完全に消したと思っていた。
最近感じるようになった甘い胸の疼きも、迫られてるが故の勘違いだと思っていた。
もう、二度と信用できないと・・・思っていた。
あぁ・・・この男は、何故こうも遠慮も無しに踏み込んでくるんだ・・・
見た事の無い彼の顔は、ただ一人に恋をする男の顔だった。
ようやく熱も下がり、もう大丈夫だろうと医者が言った翌日から、彼は驚異の回復力を見せた。
あれだけ弱々しくアウロアに甘え縋りついていたのが、気付けばいつも以上で絶好調に愛を囁いている。
未だベッドの上でだがいつも通りになりつつあるブライトに、アウロアはほっと安堵の息を漏らした。
それまで、日中は国王の代理として執務を、夜はブライトの看病をと、精力的に働いていたアウロアを「王妃様まで倒れるのでは」と心配していた臣下達からも安堵の声が漏れた事は言うまでもない。
忙しい合間に子供達としっかり昼寝をとっていたアウロア。皆が心配するほど疲れていないと思っていたのだが、ブライトが元気になった姿を見た瞬間、どっと身体が重く感じたのは気のせいではないだろう。
もう、夜の看病もいらないだろう・・・
と、久し振りにベッドで眠る為に自室に戻ろうとしたアウロアを、ブライトが引き止めた。
「アウロア、此処で一緒に寝てくれないか?」
「陛下・・・ですが・・・」
渋るアウロアに、ブライトは離すまいとギュッと手を握った。
夫婦生活がほぼ破綻していた当時、二人の間には暗黙のルールのようなものが出来上がっていた。
互いの自室では同衾しない・・・
夫婦生活を営む事に限らず・・・つまり、同じベッドで寝る場合は部屋の間にある夫婦の寝室でのみ。
互いの部屋には持ち込まない、という事だ。
当時アウロアが、自室に夫を招く事に難色を示したことから、知らず知らずこのようなルールが出来上がってしまっていた。
なので、彼等は互いの部屋に入るという事がほとんど無かった。
ちょうどその頃、夫に対し仄かな恋心を抱き勝手に終わらせていたアウロア。
己の精神と肉体の安寧を考え、余り深入りはしない方がいいだろうと自室を砦としてしまった。
子供も生まれ、一番重要な仕事も終わったと認識した彼女は、さっくりと己の気持とブライトを切り捨ててしまったのだ。
この度はブライトの看病という事で彼の部屋に詰めていたが、病人と何かあるわけもなく。
一晩中ベッドの横で書類仕事をしていたというのが、ここ数日の彼女である。
だが、体力はまだだが気力は既に元通りのブライト。
このまま愛しい妻を自室に帰すことなど、するはずもない。
「互いの部屋では一緒に寝ないなど、そんな決まりはない。ただ、アウロアの気持を尊重していたら変なルールが出来上がってしまっていた、が・・・・
俺は納得はしていなかった。だから、此処でそのルールを反故にする。いや、始めからそんなルールは無かったのだ」
それはまるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、ただただ真っ直ぐにその瞳を見つめてくる。
いつもの愛を囁き許しを請う様なものではなく、心に深く刺さるよな・・・いや、奥深く沈め抑えていたモノを探り当てるような、アウロアにとっては目を背けたくなるような眼差し。
だが、逸らす事をも許さない圧力の様なものを感じ、ただじっと見つめ返す。
元々、負けん気の強い彼女は、逸らしてしまえば負けの様な関係のない意地がムクムクと湧き上がり、アウロアは思わず睨みつける様にブライトの目を見つめた。
そんなアウロアの眼力に気圧されたのか、ブライトが頬を染めながらふっと視線を逸らした。
よし、勝った!!
何に勝ったのかよくわからないが、アウロアは心の中でガッツポーズをとると、勝ったのだから部屋に戻ってもいいだろうと握られた手を抜こうとするが、今よりも強い力で握られた。
「陛下?」
「・・・・アウロア・・・・もう、離れることは俺にはできないんだ・・・」
そう言いながら彼女の手を引けば、不意を突かれたアウロアがブライトの胸に倒れ込み、そのまま抱きしめられた。
「アウロア・・・俺と、もう一度結婚してくれないか?」
「・・・・え?」
一瞬、何を言われているのか分からず、間の抜けた声を上げた。
そんなアウロアも可愛いと、ブライトはその腕にほんの少し力を込める。
「俺達は、まさに政略結婚だった。というか、お互いの利害が一致した結婚だった」
ブライトは同盟の為。アウロアは隣国の王太子を避ける為。
「そして、この世で一番美しくも賢い女神の様なアウロアを、俺は何の努力もせず妻にできた」
当時のブライトとアウロアの婚姻は、この世の男女を問わず、かなりの衝撃を与えた。
そして当然のようにブライトは、世界中の男に恨まれたといっても過言では無い。
よく言われたのが『何の努力もせず、女神を手に入れるなんて』と言った類の恨み言。
「だから何の努力もせず今まできた事のツケが、今になって回ってきたんだと思っている」
「陛下・・・」
「俺はアウロアが好きだ。誰よりも愛している。そして本当の意味での夫婦になりたい」
「えっと・・・もう、子供もいるのだし・・・」
「でも、アウロアは俺の事を精々、仕事仲間位の愛情しか持ってないだろ?」
それは違う!もう少し、愛情はある・・・と思う!とアウロアは言いたかったが、何となく素直に言葉にする雰囲気ではなく、開きかけた口を閉じた。
「それでもいい。俺は夫である立場を、父親である立場を最大限利用し、必ずアウロアを落とすから」
いつもの愛を囁く甘い声色ではなく、どちらかと言えば為政者独特の、全てを従わせてしまうかのような自信に満ちた声。
何時になく力強い声色にアウロアは驚き、ブライトを見上げた。
そして、目を見開く。
彼女の目に映るのは、いつも見慣れた夫の顔のはずだった。
彼女は為政者の時の顔も、夫であるときの顔も、父親であるときの顔も知っていた。いや、知っていると思っていた。
だが、今目の前にある彼の顔は、表情は、まるで初めて会ったかのような凛々しくもキラキラと眩しい。
なんだ・・・これは・・・誰?
思わず目を擦るも、変わらない。
呆然と見つめるアウロアの額に、ブライトは愛おしそうに口付けた。
そして、チュッチュッとわざとらしく音を立てながら、顔中に口付けていく。
一年の猶予期間を定めたあの日から、どんどん距離を詰めてくるブライト。
今の様なスキンシップも日常化しつつあり、慣れてきていたはずだった。
―――なのに、アウロアは狼狽えていた。
自信に満ちた声に、奪う様な眼差しに、熱い吐息に。
これまでとは、全然違う。
でも変わらずに、常にその中に有るのは、愛おしさ。
アウロアは思わずうめき声を上げた。
想いは完全に消したと思っていた。
最近感じるようになった甘い胸の疼きも、迫られてるが故の勘違いだと思っていた。
もう、二度と信用できないと・・・思っていた。
あぁ・・・この男は、何故こうも遠慮も無しに踏み込んでくるんだ・・・
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