35 / 40
35
しおりを挟む
「全て上手くいきましたね」
顔は疲れを滲ませているものの、どこかすっきりした表情のヴィルト。
「順調すぎて、何だか怖い位なんだけど・・・」
思っていた事が余りにもスムーズに進みすぎて、エルヴィンとしては何処か不安げだ。
「だが、これで我が国やフロイデン国の問題が一気に片付いたのだ。フェレメン国がどう対処するのか分からないが、取り敢えずは大成功と言っていいだろう」
そう言いながら、ブライトは満足げに頷いた。
あの祝賀会から既に一週間が経っていた。
あの晩、イライザがグレーグがいる庭に足を向けたのは、決して偶然ではない。
ブライトを早々に諦め優良物件を探していた彼女の側で、仕込みの令嬢達がわざとグレーグの話題を出したのだ。
『グレーグ様って、素敵よね』
『本当に。久し振りにお顔を拝見したけれど、年齢を重ねるごとに素敵になられて』
『そうね。お妃様が羨ましいわ』
『あなた、側室でも狙ってみたら?側室にも、とてもお優しいという話よ』
などなど、イライザの近くでわざとらしくベタ褒め。
最後に、それとなく庭で休んでいるところを遠目だが見たと言った瞬間、イライザが踵を返したのだ。
その後ろ姿を眺めながら、この計画に関わっている者達が心の中で、イライザにエールを送った事は言うまでもない。
そして、ブライト達の期待を裏切る事無く、イライザは本懐を遂げた。
グレーグの『友好国の女性には手を出さない』という誓いも虚しく、あてがわれた己の部屋へとイライザを招き入れてしまったのだ。
そして当然の事ながら翌朝、とある一角の客室が騒然となった。
勿論、騒ぎを大きくしたのはこれまた仕込みの侍従。
自国のフェレメンでなら、まだ何らかの手を打つことが出来た。だが、相手は友好国のカスティア。
しかも手を出したのが侯爵家の令嬢。すでに噂は広まり揉み消す事は不可能。
同意があったとか、無かったとかは関係ない。謝罪だけでは済まされないほど、騒ぎは大きくなってしまっていた。―――仕込みの者達の所為で。
国王ブライトによる、フェレメン国王への王太子に対する正式な抗議をおこない、謝罪と責任追及要請をすぐにした。
そして表向きは友好の証として、イライザを側室へと迎える旨をもぎ取ったのだ。
ブライト達は、阿婆擦れを隣国フェレメン国第一王子の側室へとねじ込んでしまったのだ。
これには個人的にグレーグに因縁のあるブライトとエルヴィンだけではなく、フロイデン国も大喜び。
フロイデン国は迂闊に手を出せなかった王太子を、カスティア国は国王夫妻に害を及ぼす二人を一気に排除できたのだから。
阿婆擦れとは言え、カスティア国とフロイデン国の役に立ったイライザ。
彼女を始末しなくてよかった、と胸を撫で下ろした者がいた事は内緒である。
カスティアとフロイデンでは邪魔者を排除できて歓喜に沸いていたが、隣国フェレメンでは違っていた。
女好きではあるがそこそこ優秀だった王太子。だが、友好国の高位貴族の令嬢に手を出してしまった事は、笑って済ませる話ではなくなってしまったのだ。
国王も前々から危惧していた事であり、何度も釘を刺していたのにこの始末。
自国でも印象の悪い彼が、他国の令嬢にも手を出した。
その噂は光の如く国内を駆け巡り、庇い立て出来ない状況になっていた。
当然の事ながら、グレーグはその地位を剥奪され、第二王子が王太子へと繰り上がった。
元々、第二王子も優秀で、女好きで問題ばかり起こす第一王子より国民からの人気は高かったのだ。
元王太子も本来であれば身分剥奪位はしたかったが、離縁できない者もいる為(例えばイライザとか)侯爵へと臣籍降下し、表向き当主はグレーグではあるものの、実質動かすのは齢十一才の彼の息子になったのだ。
よって、グレーグの行動は必然的に封じられ、若くして隠居生活へ。
女好きの父親からは到底信じられないほどの真面目で優秀な長男へと、全ての権限をゆだねられたのだった。
いくら優秀とはいえ、成人すらしていない子供であるが、祖父に当たる国王から送られたこれまた優秀な側近達に囲まれ、思いの外才能を発揮しているという。
「成人もしていない子供が、侯爵家を切り盛りしているとは、恐れ入るね」
「まぁ、フェレメン国きっての天才と呼ばれ、祖父でもある国王に一番可愛がられているようだから、将来的には表舞台に駆り出されるかもしれないな」
「その時はその時さ。それに、イーサン様の時代になっているだろうし、殿下達が良い様にやってくれるさ」
エルヴィンとヴィルトの話を聞きながら、ブライトは何処か気の抜けたようにソファーに沈んだ。
これでやっとアウロアやブライトの目の上のタンコブが消えた。
今までもそれほど気にはしていなかったが、アウロアの周りを飛び交う害虫を駆除できたことにブライトはようやく実感が湧いたかのように安堵したのだ。
害虫たちは単に自分らに害を為すだけではなく、恩恵も与えてくれていた。
それは、アウロアとの関係がより近くなった事。
リーズ国のアドルフの功績は大きいな。と、ブライトはほくそ笑む。
彼のおかげでアウロアと寝室を共にする事が出来、今もなお共に寝ている。
未だに触れるお許しは出てはいないが、一緒の部屋で眠る事さえ断られていた時の事を考えれば、かなりの進歩だ。
子供達を交えなくても共に眠ってくれる。
最近では、抱きしめて眠る所までは許してくれるようになった。
―――かなり、理性を試されているがな・・・・
思わず思い出し眉間に皺が寄ってしまうが、自分がこれまで彼女にしてきた事を考えれば我慢できない事もない。
結婚する時もこれといって、好きになってもらおうと努力もしなかった。
政略結婚の延長線上でアウロアに惹かれたのだから。
だが今は違う。例え夫婦であっても、遠い存在になってしまっている。
自分を好きになってもらわなければ、捨てられる。
自分の未来がはっきりしている分、ブライトは努力を惜しむことはない。
周りからどんなに姑息だと非難されようと、アウロアに愛して貰えるように努力するつもりだ。
今日もアウロアをどう口説こうかと考えていると、ノックする音が聞こえアウロアが顔を出した。
愛しい人の事を考えている時に、愛しい人が会いに来てくれる。
ブライトは、締まりのない顔だなと自覚しながらも、隠すことのない愛情を湛えた笑みをアウロアに向けるのだった。
顔は疲れを滲ませているものの、どこかすっきりした表情のヴィルト。
「順調すぎて、何だか怖い位なんだけど・・・」
思っていた事が余りにもスムーズに進みすぎて、エルヴィンとしては何処か不安げだ。
「だが、これで我が国やフロイデン国の問題が一気に片付いたのだ。フェレメン国がどう対処するのか分からないが、取り敢えずは大成功と言っていいだろう」
そう言いながら、ブライトは満足げに頷いた。
あの祝賀会から既に一週間が経っていた。
あの晩、イライザがグレーグがいる庭に足を向けたのは、決して偶然ではない。
ブライトを早々に諦め優良物件を探していた彼女の側で、仕込みの令嬢達がわざとグレーグの話題を出したのだ。
『グレーグ様って、素敵よね』
『本当に。久し振りにお顔を拝見したけれど、年齢を重ねるごとに素敵になられて』
『そうね。お妃様が羨ましいわ』
『あなた、側室でも狙ってみたら?側室にも、とてもお優しいという話よ』
などなど、イライザの近くでわざとらしくベタ褒め。
最後に、それとなく庭で休んでいるところを遠目だが見たと言った瞬間、イライザが踵を返したのだ。
その後ろ姿を眺めながら、この計画に関わっている者達が心の中で、イライザにエールを送った事は言うまでもない。
そして、ブライト達の期待を裏切る事無く、イライザは本懐を遂げた。
グレーグの『友好国の女性には手を出さない』という誓いも虚しく、あてがわれた己の部屋へとイライザを招き入れてしまったのだ。
そして当然の事ながら翌朝、とある一角の客室が騒然となった。
勿論、騒ぎを大きくしたのはこれまた仕込みの侍従。
自国のフェレメンでなら、まだ何らかの手を打つことが出来た。だが、相手は友好国のカスティア。
しかも手を出したのが侯爵家の令嬢。すでに噂は広まり揉み消す事は不可能。
同意があったとか、無かったとかは関係ない。謝罪だけでは済まされないほど、騒ぎは大きくなってしまっていた。―――仕込みの者達の所為で。
国王ブライトによる、フェレメン国王への王太子に対する正式な抗議をおこない、謝罪と責任追及要請をすぐにした。
そして表向きは友好の証として、イライザを側室へと迎える旨をもぎ取ったのだ。
ブライト達は、阿婆擦れを隣国フェレメン国第一王子の側室へとねじ込んでしまったのだ。
これには個人的にグレーグに因縁のあるブライトとエルヴィンだけではなく、フロイデン国も大喜び。
フロイデン国は迂闊に手を出せなかった王太子を、カスティア国は国王夫妻に害を及ぼす二人を一気に排除できたのだから。
阿婆擦れとは言え、カスティア国とフロイデン国の役に立ったイライザ。
彼女を始末しなくてよかった、と胸を撫で下ろした者がいた事は内緒である。
カスティアとフロイデンでは邪魔者を排除できて歓喜に沸いていたが、隣国フェレメンでは違っていた。
女好きではあるがそこそこ優秀だった王太子。だが、友好国の高位貴族の令嬢に手を出してしまった事は、笑って済ませる話ではなくなってしまったのだ。
国王も前々から危惧していた事であり、何度も釘を刺していたのにこの始末。
自国でも印象の悪い彼が、他国の令嬢にも手を出した。
その噂は光の如く国内を駆け巡り、庇い立て出来ない状況になっていた。
当然の事ながら、グレーグはその地位を剥奪され、第二王子が王太子へと繰り上がった。
元々、第二王子も優秀で、女好きで問題ばかり起こす第一王子より国民からの人気は高かったのだ。
元王太子も本来であれば身分剥奪位はしたかったが、離縁できない者もいる為(例えばイライザとか)侯爵へと臣籍降下し、表向き当主はグレーグではあるものの、実質動かすのは齢十一才の彼の息子になったのだ。
よって、グレーグの行動は必然的に封じられ、若くして隠居生活へ。
女好きの父親からは到底信じられないほどの真面目で優秀な長男へと、全ての権限をゆだねられたのだった。
いくら優秀とはいえ、成人すらしていない子供であるが、祖父に当たる国王から送られたこれまた優秀な側近達に囲まれ、思いの外才能を発揮しているという。
「成人もしていない子供が、侯爵家を切り盛りしているとは、恐れ入るね」
「まぁ、フェレメン国きっての天才と呼ばれ、祖父でもある国王に一番可愛がられているようだから、将来的には表舞台に駆り出されるかもしれないな」
「その時はその時さ。それに、イーサン様の時代になっているだろうし、殿下達が良い様にやってくれるさ」
エルヴィンとヴィルトの話を聞きながら、ブライトは何処か気の抜けたようにソファーに沈んだ。
これでやっとアウロアやブライトの目の上のタンコブが消えた。
今までもそれほど気にはしていなかったが、アウロアの周りを飛び交う害虫を駆除できたことにブライトはようやく実感が湧いたかのように安堵したのだ。
害虫たちは単に自分らに害を為すだけではなく、恩恵も与えてくれていた。
それは、アウロアとの関係がより近くなった事。
リーズ国のアドルフの功績は大きいな。と、ブライトはほくそ笑む。
彼のおかげでアウロアと寝室を共にする事が出来、今もなお共に寝ている。
未だに触れるお許しは出てはいないが、一緒の部屋で眠る事さえ断られていた時の事を考えれば、かなりの進歩だ。
子供達を交えなくても共に眠ってくれる。
最近では、抱きしめて眠る所までは許してくれるようになった。
―――かなり、理性を試されているがな・・・・
思わず思い出し眉間に皺が寄ってしまうが、自分がこれまで彼女にしてきた事を考えれば我慢できない事もない。
結婚する時もこれといって、好きになってもらおうと努力もしなかった。
政略結婚の延長線上でアウロアに惹かれたのだから。
だが今は違う。例え夫婦であっても、遠い存在になってしまっている。
自分を好きになってもらわなければ、捨てられる。
自分の未来がはっきりしている分、ブライトは努力を惜しむことはない。
周りからどんなに姑息だと非難されようと、アウロアに愛して貰えるように努力するつもりだ。
今日もアウロアをどう口説こうかと考えていると、ノックする音が聞こえアウロアが顔を出した。
愛しい人の事を考えている時に、愛しい人が会いに来てくれる。
ブライトは、締まりのない顔だなと自覚しながらも、隠すことのない愛情を湛えた笑みをアウロアに向けるのだった。
84
お気に入りに追加
1,122
あなたにおすすめの小説

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【短編】可愛い妹の子が欲しいと婚約破棄されました。失敗品の私はどうなっても構わないのですか?
五月ふう
恋愛
「お姉様。やっぱりシトラ様は、お姉様ではなく私の子供が産みたいって!」
エレリアの5歳下の妹ビアナ・シューベルはエレリアの婚約者であるシトラ・ガイゼルの腕を組んでそう言った。
父親にとって失敗作の娘であるエレリアと、宝物であるビアナ。妹はいつもエレリアから大切なものを奪うのだ。
ねぇ、そんなの許せないよ?

【溺愛のはずが誘拐?】王子様に婚約破棄された令嬢は引きこもりましたが・・・お城の使用人達に可愛がられて楽しく暮らしています!
五月ふう
恋愛
ザルトル国に来てから一ヶ月後のある日。最愛の婚約者サイラス様のお母様が突然家にやってきた。
「シエリさん。あなたとサイラスの婚約は認められないわ・・・!すぐに荷物をまとめてここから出ていって頂戴!」
「え・・・と・・・。」
私の名前はシエリ・ウォルターン。17歳。デンバー国伯爵家の一人娘だ。一ヶ月前からサイラス様と共に暮らし始め幸せに暮していたのだが・・・。
「わかったかしら?!ほら、早く荷物をまとめて出ていって頂戴!」
義母様に詰め寄られて、思わずうなずきそうになってしまう。
「な・・・なぜですか・・・?」
両手をぎゅっと握り締めて、義母様に尋ねた。
「リングイット家は側近として代々ザルトル王家を支えてきたのよ。貴方のようなスキャンダラスな子をお嫁さんにするわけにはいかないの!!婚約破棄は決定事項です!」
彼女はそう言って、私を家から追い出してしまった。ちょうどサイラス様は行方不明の王子を探して、家を留守にしている。
どうしよう・・・
家を失った私は、サイラス様を追いかけて隣町に向かったのだがーーー。
この作品は【王子様に婚約破棄された令嬢は引きこもりましたが・・・お城の使用人達に可愛がられて楽しく暮らしています!】のスピンオフ作品です。
この作品だけでもお楽しみいただけますが、気になる方は是非上記の作品を手にとってみてください。

王子様は王妃の出産後すぐ離縁するつもりです~貴方が欲しいのは私の魔力を受け継ぐ世継ぎだけですよね?~
五月ふう
恋愛
ここはロマリア国の大神殿。ロマリア歴417年。雪が降りしきる冬の夜。
「最初から……子供を奪って……離縁するつもりだったのでしょう?」
ロマリア国王子エドワーズの妃、セラ・スチュワートは無表情で言った。セラは両手両足を拘束され、王子エドワーズの前に跪いている。
「……子供をどこに隠した?!」
質問には答えず、エドワーズはセラを怒鳴りつけた。背が高く黒い髪を持つ美しい王子エドワードの顔が、醜く歪んでいる。
「教えてあげない。」
その目には何の感情も浮かんでいない。セラは魔導士達が作る魔法陣の中央に座っていた。魔法陣は少しずつセラから魔力を奪っていく。
(もう……限界ね)
セラは生まれたときから誰よりも強い魔力を持っていた。その強い魔力は彼女から大切なものを奪い、不幸をもたらすものだった。魔力が人並み外れて強くなければ、セラはエドワーズの妃に望まれることも、大切な人と引き離されることもなかったはずだ。
「ちくしょう!もういいっ!セラの魔力を奪え!」
「良いのかしら?魔力がすべて失われたら、私は死んでしまうわよ?貴方の探し物は、きっと見つからないままになるでしょう。」
「魔力を失い、死にたくなかったら、子供の居場所を教えろ!」
「嫌よ。貴方には……絶対見つけられない場所に……隠しておいたから……。」
セラの体は白く光っている。魔力は彼女の生命力を維持するものだ。魔力がなくなれば、セラは空っぽの動かない人形になってしまう。
「もういいっ!母親がいなくなれば、赤子はすぐに見つかるっ。さあ、この死にぞこないから全ての魔力を奪え!」
広い神殿にエドワーズのわめき声が響いた。耳を澄ませば、ゴゴオオオという、吹雪の音が聞こえてくる。
(ねえ、もう一度だけ……貴方に会いたかったわ。)
セラは目を閉じて、大切な元婚約者の顔を思い浮かべる。彼はセラが残したものを見つけて、幸せになってくれるだろうか。
「セラの魔力をすべて奪うまで、あと少しです!」
魔法陣は目を開けていられないほどのまばゆい光を放っている。セラに残された魔力が根こそぎ奪われていく。もはや抵抗は無意味だった。
(ああ……ついに終わるのね……。)
ついにセラは力を失い、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「ねえ、***…………。ずっと貴方を……愛していたわ……。」
彼の傍にいる間、一度も伝えたことのなかった想いをセラは最後にそっと呟いた。

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる