側妃を迎えたいと言ったので、了承したら溺愛されました

ひとみん

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「ありゃ、ないわ~・・・」

晩餐会の準備の為に、アウロアは湯船に浸かりながら重々しい溜息を吐いた。
人払いをした浴室内に小さな呟きは意外にも反響し、温かいお湯の中であるはずなのに、ぶるりと身体を震わせた。

いまだ纏わりつく様な嫌悪感は、何度身体を洗おうと拭われる事はない。
リイズ国王太子からの不快なあの視線。
昔の嫌な思い出が脳裏に甦る。
あの絡みつく様な、舐める様な、不快極まりない視線は、フェレメンに留学していた時、常に晒されていたものだからだ。
好意、妬み、嫉みなんてまだ良い方だった。
性的な・・・まるで視姦でもしているのではと思うほどの、蛇の様に肌を這いずり回る様な視線。
フェレメン国王太子グレーグ。彼の視線はあからさまだった。

グレーグとは同い年でもあったために、クラスは違えど顔を合わす事が多かった。
その頃から彼は沢山の女の取り巻きを側に置き、第一印象が『これが王太子?ただのバカじゃん』と思ったのをいまだに覚えている。
そこそこ優秀ではあったようだが、アウロアやエルヴィンには遠く及ばず、ついぞクラスも同じになる事はなかった。
だが、女に対する執念はもの凄いものがあり、アウロアを手に入れようと常に纏わりついていた。
学生の身でありながら既に結婚をしており、五人まで持てる側室もすでに満杯。
その他に愛人を両手両足では足りぬほど持ち、一夜限りの相手など数知れず・・・兎に角、好色の一言に尽きた。
フロイデンの常識の中で育ったアウロアにとって彼は、男としてと言うより人として受け付けなかった。
考え方、行動、常識。自分とは合い入れない、全く別の生き物の様にしか感じなかったからだ。
極めつけはアウロアの婚約者に対する嫌がらせ。
常にアウロアには求婚を迫り、時には王家の力でねじ伏せようともしていた。
だがそれに怯むようなアウロアではない。
カスティア国王、そして父であるリース公爵からの抗議と警告をフェレメン国王に直接叩きつけたのだ。
その頃、ちょうどグレーグの悪い噂も市井に出回っており、それを追い風に彼の動きを封じ込める事が出来た。
王太子とは呼ばれてはいるが、国民に人気があるのは第二王子のユレーク。
第一王子のグレーグとは違い、真面目で常に国民を思いやり、そして優秀。
甲乙つけがたい優秀さを持つ二人であるなら、女を食い物にする人間と、真面目で優しい人間。どちらを選ぶかなど火を見るよりも明らか。
よってグレーグの足元は常に不安定だった。
だが、当の本人はそれを自覚しておらず、好き放題に女を物色していた。王太子の座は揺るがないものだと信じていたからだ。
そんな彼を『色ボケバカ王子』と国民の多くから言われるのは仕方の無い事かも知れない。
貴族からも、女さえ与えておけば傀儡の国王にちょうどいいと、下に見られている事すら気付いていないのだから。

リイズ国のアドルフも似た様なものだった。
兄であるアドルフは自分に靡く女と、自分の美しさを磨く事しか興味がない。
そんな兄を見て育ったせいか、彼の弟は真面目で優秀。
フェレメン国もリーズ国も、反面教師で第二王子がまともに育ったのかもしれない。

アドルフの所為で、思い出したくもないフェレメン色ボケバカ王子の事も思い出してしまい、精神的にダブルパンチを食らった気分だ。
気分を変えたくて、ばしゃばしゃと顔を洗うと、何気に自分の手に目がいった。

今日一日・・・ずっと手を繋いでたな・・・・

これほど長く手を握っていた事はなくて、じっと手を見つめた。
今日ほどブライトを頼もしいと思った事はない。隣にいてくれて、手を握ってくれて、それだけで何とか表情を取り繕う事ができたのだから。
いつもは自室まで送ってもらうことなどなかった。ブライトは送りたそうにしていたが、アウロアが鬱陶しいとばかりに、却下していたのだ。
だが、今日はブライトと離れがたく、送ってもらっていた。
正直、今も心許なくて側に居てもらいたいくらいだ。

私って、こんなにも弱かったの?
あんなヘナチョコ色ボケ王子なんて、ワンパンで倒せるのに・・・・

拳で解決できない事に、少々苛立ちを感じる。
兎に角、アウロアはあんなクネクネした男が嫌いだった。
見ているだけで苛立ってくる。
だが、王妃が他国の王太子を殴り飛ばしたなど、醜聞以上に戦にもなりかねない。
そこがまたストレスとなり、思いの外気弱になっているのだろう。
晩餐会も、はっきり言って行きたくない。
そう思っているのはアウロアだけではない筈だ。
あの二人が何の問題も起こさずこの国を発つまで、気が抜けないのだから。

警備が万全の王族が生活する区域だったとしても、油断は出来ない。
フェレメン国に留学していた時も、警備万全の女子寮に何度もグレーグが侵入し、アウロアに夜這いを掛けようとしたのだ。
幸いな事に、冷静に対応した護衛により、いつも事なきを得ていた。
侵入者がまさかグレーグだとは思わず、護衛達に思い切り殴られながらも、何時も逃げおおせていたのだが、翌日の彼の顔を見れば誰が犯人なのかは一目瞭然だった。

ああいう馬鹿って、妙に鼻が利いてコソコソ行動するのが上手いのよね。
今晩も警戒しなきゃ。気が休まらないわ。
―――陛下に今晩一緒に居てもらおうかしら・・・・

そこまで考えて、アウロアはハッとした様に目を見開く。
結婚してからこれまで、自分からブライトを誘う事など一度も無かった。
厭らしい意味でなくとも、だ。
ブライトに好意を持ったのは、意外にも結婚して半年も経たない頃だった。
毎日の様に身体を重ねていれば、鋼の心でも持っていない限りは絆されるというもの。
言葉には出さないが、自分を抱いている時のブライトは本当にアウロアを愛しそうに扱っていたから。

だが、やはり言葉に出すことは必要だと思う。
いくら閨で優しくとも、昼と夜の態度が違えば疑念も湧いてくるというもの。
日中の態度が特別冷たいというわけではない。だが、アウロアには極端に感じてしまっていた。
本来であればそこで、互いに話し合えば良かったのだが、それを怠った事によりすれ違いが発生してしまったのだ。
ブライトはブライトで、心底アウロアに惚れていたのに自分の気持ちに気づかなかった鈍感バカだった事も要因でもあるのだが・・・

陛下だけを責める事は出来ないよね・・・
私も結局は、何も言わなかったんだから。

意外と素直に自分の非を認める事が出来た自分自身に驚きつつ、こんな時だからこそブライトと話してみようかと考える。
浴室の外からアウロアを呼ぶ侍女の声に返事をしながら、ゆっくりと立ち上がり、憂鬱な晩餐会の支度をする為に重い足取りで浴室を後にするのだった。
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