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誰もいない廊下を無言で歩く、アウロアとエルヴィン。
アウロアの部屋に着くと、人払いをした途端アウロアはエルヴィンに食ってかかっていった。
「エルヴィン!夫婦関係終了の為に恋人云々の茶番繰り広げたっていうのに、何で猶予なんて言いだすわけ!?」
「仕方がないでしょう。ブライト様のあの必死さ。同じ男として同情を禁じ得なかったんだから」
「同情なんてしなくていいのよ!あんの浮気男の何を見極めろと?」
「お嬢、口調が乱れてきてるんだけど」
「いいのよ!エルヴィンしかいないんだから!」
「はぁ・・・始めからその本性を見せていれば良かったのでは?」
「―――見せてるわよ。剣の鍛錬の時に・・・」
「そうだっけ?俺から見たら、相当猫かぶってるように見えてんだけど?」
「あったりまえじゃん!王妃たるもの辺境に居た時みたいに本性出せるわけないだろ?!」
アウロアの本来の姿・・・・自国では、『女神の皮を被ったゴロツキ』と呼ばれていたのだ・・・・
「こんな自分を受け入れてくれる人間は、今は家族以外いるわけないじゃん」
「俺もいるじゃないですか」
「エルヴィンは家族だからいいのよ」
彼女の言う家族の定義は、国民全てという括りになっている。そして、アウロアの言う通り国民は皆彼女の事を大切に思っている。
傾国ばりの容姿なのに口から出る言葉は正にゴロツキ。だが国民は、彼女のありのままを受け入れてくれており、アウロアも伸び伸び過ごす事が出来ていたのだ。
だから、この国に嫁いできた時の彼女は、本当に窮屈そうに見えたのをエルヴィンは、未だ鮮明に覚えている。
不満そうにそっぽを向くアウロアを、出来の悪い妹でも見るかのように溜息を吐くと、頭をポンポンと撫でた。
アウロアとエルヴィンは同じフロイデン国の出身だ。
まだ国として独立する前からエルヴィンは王太子であるブライトの側近候補として働いていたのだ。
純粋に側近として働いてもいたが、王家の動向をフロイデン公爵に報告する、ある意味密偵の様な役割も果たしていた。
アウロアより三才年上のエルヴィンとは公爵夫人方の親戚でもあり、兄妹の様に育っていた為にかなり遠慮がない間柄だ。
ブライトはエルヴィンがフロイデン出身で、アウロアとは遠い親戚位にしか認識しておらず、その関係性は多少偽装されて報告されていた。
普段の二人の態度からも、此処まで親しいとは恐らく夢にも思っていない筈だ。
彼女が隣国へ留学していた時も、側近候補として隣国との友好をより深めるためだとか、もっともらしい御託を並べ共に留学した。
彼の場合、留学とは名ばかりで本来の目的は、アウロアに寄ってくる男どもを蹴散らす為のお目付け役。
そんな中で出会った彼女の亡くなった婚約者とは、あっという間に親友関係になるほど馬が合い、アウロアよりも彼と共にいた時間の方が長かったほどだ。
だが不幸は突然に襲い掛かってきた。エルヴィンにとって唯一無二の親友の夭逝。あまりのショックに涙すら出てこなかった事を覚えている。
自分ですらそうだったのだ。アウロアが受けた衝撃は、想像を絶するものだったに違いない。
婚約者を亡くし抜け殻のようになってしまったアウロア。
そんな彼女を一番近くで見ていた彼は、誰よりも彼女の幸せを願っていた。
隣国の王太子の執拗な求婚さえなければ、アウロアは今頃当主としてその手腕を振るっていた筈なのにと、未だ苦々しく思う時がある。
留学中、アウロアの婚約者に対し執拗に嫌がらせのような行為をしていたのも、王太子だった。
それら周りからの脅威を跳ね除け婚約者を守っていたのが、アウロアとエルヴィンだったのだ。
婚約者も決して弱い人ではなかった。どちらかと言えば高潔な人だった。
共に手を取り、笑顔を武器に戦っていた。
だからこそエルヴィンは彼を認め、アウロアと共に守ってきたのに、その最後は余りにも非情なものだった。
アウロアが悲しみからようやく前を向き始めた時、見計らったかのようにブライトとの婚姻話が持ち上がる。
その話を聞いた時は、仕事を辞めて領に帰りカスティア国を落とそうかとまで考えた。
結果、自分が動くまでも無くリース公爵が反旗を翻し、国を興してしまったのだが。
側近の仕事も公爵より、そのまま王太子の下にいる様に言われていたので、今もこうして王妃となったアウロアと共にいる事が出来るのだが・・・ブライトに対しては、正直思う所もある。
何の努力もせずアウロアを手に入れ、彼女が歩み寄らないからと自分も何もせず、挙句に浮気。
それだけを考えると、ボッコボコにしたいほどの怒りが先立つ。
だが、状況を把握していたのに何の手も打っていなかった、こちらにも多少の非はあると思っている。
阿婆擦れイライザと密会していた事など、早々に把握していた。
子供の様に、本当に話だけで終わっていた事も。
取り敢えず、今回ブライトの肩を持ったのは、阿婆擦れに指一本触れていない事に対しての恩情のようなものだ。
・・・・いや、国王でありながら情けなくも泣きながら縋りついた哀れな男に、同情したというのが本音なのかもしれない。
「イライザの事は、お嬢にも報告していただろ?それを放置して今の状況なんだから、ちょっとは責任取ろうよ」
「なんで、私?あの男は女を見る目が腐れてるっての自覚してんの?自業自得でしょ!情けなんてかけるわけないじゃん!」
頑ななアウロアにエルヴィンは、これ見よがしに大きな溜息を吐いた。
ブライトは確かに女を見る目は腐れているし、女運も無い。
だが為政者としては他国より頭一つ抜きん出ている程、優秀だ。
その人柄も誠実で、アウロアに閨事を拒否されても、妻以外の女を侍らせることもなかった。
そして、諦めの悪い隣国の王太子に対抗できるのも、アウロアを守れるのも、今現在はブライトしかいないと思っている。
亡くなった親友を苦しめた隣国の王太子を、未だ許す事はできない。当然、大事な主を渡すことなど以ての外だ。
だから何としても離縁だけは避けなければならないのに、あのバカは独断で行動を起こしてしまった。
この度の事は、正にすれ違いの様なものだと思っている。
誓約書を読まずに、アウロアに嫌われていると思っていたブライト。
誓約書を読み、そして上辺だけの関係を選んだのだと理解したアウロア。
互いに何の確認もしていないのだから、拗れて当たり前なのだ。
どうしたものかと考えていると、何故自分がこんなにも悩まなくてはいけないのかと、二人に対し段々と腹が立ってきたエルヴィン。
「これだけ拗れたのはお互いの意思疎通が無かったからだろ」
不貞腐れたように横を向いていたアウロアの顔をグイッと自分に向けると、にっこりと笑みを浮かべる。
「昼食時、猶予は受け入れたと言え」
「え!無理!!ふごっ」
口答えなど許さないとばかりに、彼女の顔を挟む両手に力を入れれば、美しさはそのままに、ほんの少し愛嬌のある顔になり、付き出した唇から変な声が漏れた。
「一時はブライト様に恋心を抱いた時もあったんだろ?捨てたのなら、それを拾って来い!ゴミでも何でも漁って拾いまくれ!」
「ふごごふみ~(それは無理~)」
「離縁するにしろ、しないにしろ、一度話し合いは必要だろ?子供達の事もあるんだから」
「ふぐっ!」
子供の事を出せば一気に大人しくなるアウロア。
エルヴィンが手を離すと少し考える様に頬に手を当て「取り敢えず子供達に話してみるわ」と、部屋の外に居る侍女に子供達を呼んでくるよう指示をした。
アウロアの部屋に着くと、人払いをした途端アウロアはエルヴィンに食ってかかっていった。
「エルヴィン!夫婦関係終了の為に恋人云々の茶番繰り広げたっていうのに、何で猶予なんて言いだすわけ!?」
「仕方がないでしょう。ブライト様のあの必死さ。同じ男として同情を禁じ得なかったんだから」
「同情なんてしなくていいのよ!あんの浮気男の何を見極めろと?」
「お嬢、口調が乱れてきてるんだけど」
「いいのよ!エルヴィンしかいないんだから!」
「はぁ・・・始めからその本性を見せていれば良かったのでは?」
「―――見せてるわよ。剣の鍛錬の時に・・・」
「そうだっけ?俺から見たら、相当猫かぶってるように見えてんだけど?」
「あったりまえじゃん!王妃たるもの辺境に居た時みたいに本性出せるわけないだろ?!」
アウロアの本来の姿・・・・自国では、『女神の皮を被ったゴロツキ』と呼ばれていたのだ・・・・
「こんな自分を受け入れてくれる人間は、今は家族以外いるわけないじゃん」
「俺もいるじゃないですか」
「エルヴィンは家族だからいいのよ」
彼女の言う家族の定義は、国民全てという括りになっている。そして、アウロアの言う通り国民は皆彼女の事を大切に思っている。
傾国ばりの容姿なのに口から出る言葉は正にゴロツキ。だが国民は、彼女のありのままを受け入れてくれており、アウロアも伸び伸び過ごす事が出来ていたのだ。
だから、この国に嫁いできた時の彼女は、本当に窮屈そうに見えたのをエルヴィンは、未だ鮮明に覚えている。
不満そうにそっぽを向くアウロアを、出来の悪い妹でも見るかのように溜息を吐くと、頭をポンポンと撫でた。
アウロアとエルヴィンは同じフロイデン国の出身だ。
まだ国として独立する前からエルヴィンは王太子であるブライトの側近候補として働いていたのだ。
純粋に側近として働いてもいたが、王家の動向をフロイデン公爵に報告する、ある意味密偵の様な役割も果たしていた。
アウロアより三才年上のエルヴィンとは公爵夫人方の親戚でもあり、兄妹の様に育っていた為にかなり遠慮がない間柄だ。
ブライトはエルヴィンがフロイデン出身で、アウロアとは遠い親戚位にしか認識しておらず、その関係性は多少偽装されて報告されていた。
普段の二人の態度からも、此処まで親しいとは恐らく夢にも思っていない筈だ。
彼女が隣国へ留学していた時も、側近候補として隣国との友好をより深めるためだとか、もっともらしい御託を並べ共に留学した。
彼の場合、留学とは名ばかりで本来の目的は、アウロアに寄ってくる男どもを蹴散らす為のお目付け役。
そんな中で出会った彼女の亡くなった婚約者とは、あっという間に親友関係になるほど馬が合い、アウロアよりも彼と共にいた時間の方が長かったほどだ。
だが不幸は突然に襲い掛かってきた。エルヴィンにとって唯一無二の親友の夭逝。あまりのショックに涙すら出てこなかった事を覚えている。
自分ですらそうだったのだ。アウロアが受けた衝撃は、想像を絶するものだったに違いない。
婚約者を亡くし抜け殻のようになってしまったアウロア。
そんな彼女を一番近くで見ていた彼は、誰よりも彼女の幸せを願っていた。
隣国の王太子の執拗な求婚さえなければ、アウロアは今頃当主としてその手腕を振るっていた筈なのにと、未だ苦々しく思う時がある。
留学中、アウロアの婚約者に対し執拗に嫌がらせのような行為をしていたのも、王太子だった。
それら周りからの脅威を跳ね除け婚約者を守っていたのが、アウロアとエルヴィンだったのだ。
婚約者も決して弱い人ではなかった。どちらかと言えば高潔な人だった。
共に手を取り、笑顔を武器に戦っていた。
だからこそエルヴィンは彼を認め、アウロアと共に守ってきたのに、その最後は余りにも非情なものだった。
アウロアが悲しみからようやく前を向き始めた時、見計らったかのようにブライトとの婚姻話が持ち上がる。
その話を聞いた時は、仕事を辞めて領に帰りカスティア国を落とそうかとまで考えた。
結果、自分が動くまでも無くリース公爵が反旗を翻し、国を興してしまったのだが。
側近の仕事も公爵より、そのまま王太子の下にいる様に言われていたので、今もこうして王妃となったアウロアと共にいる事が出来るのだが・・・ブライトに対しては、正直思う所もある。
何の努力もせずアウロアを手に入れ、彼女が歩み寄らないからと自分も何もせず、挙句に浮気。
それだけを考えると、ボッコボコにしたいほどの怒りが先立つ。
だが、状況を把握していたのに何の手も打っていなかった、こちらにも多少の非はあると思っている。
阿婆擦れイライザと密会していた事など、早々に把握していた。
子供の様に、本当に話だけで終わっていた事も。
取り敢えず、今回ブライトの肩を持ったのは、阿婆擦れに指一本触れていない事に対しての恩情のようなものだ。
・・・・いや、国王でありながら情けなくも泣きながら縋りついた哀れな男に、同情したというのが本音なのかもしれない。
「イライザの事は、お嬢にも報告していただろ?それを放置して今の状況なんだから、ちょっとは責任取ろうよ」
「なんで、私?あの男は女を見る目が腐れてるっての自覚してんの?自業自得でしょ!情けなんてかけるわけないじゃん!」
頑ななアウロアにエルヴィンは、これ見よがしに大きな溜息を吐いた。
ブライトは確かに女を見る目は腐れているし、女運も無い。
だが為政者としては他国より頭一つ抜きん出ている程、優秀だ。
その人柄も誠実で、アウロアに閨事を拒否されても、妻以外の女を侍らせることもなかった。
そして、諦めの悪い隣国の王太子に対抗できるのも、アウロアを守れるのも、今現在はブライトしかいないと思っている。
亡くなった親友を苦しめた隣国の王太子を、未だ許す事はできない。当然、大事な主を渡すことなど以ての外だ。
だから何としても離縁だけは避けなければならないのに、あのバカは独断で行動を起こしてしまった。
この度の事は、正にすれ違いの様なものだと思っている。
誓約書を読まずに、アウロアに嫌われていると思っていたブライト。
誓約書を読み、そして上辺だけの関係を選んだのだと理解したアウロア。
互いに何の確認もしていないのだから、拗れて当たり前なのだ。
どうしたものかと考えていると、何故自分がこんなにも悩まなくてはいけないのかと、二人に対し段々と腹が立ってきたエルヴィン。
「これだけ拗れたのはお互いの意思疎通が無かったからだろ」
不貞腐れたように横を向いていたアウロアの顔をグイッと自分に向けると、にっこりと笑みを浮かべる。
「昼食時、猶予は受け入れたと言え」
「え!無理!!ふごっ」
口答えなど許さないとばかりに、彼女の顔を挟む両手に力を入れれば、美しさはそのままに、ほんの少し愛嬌のある顔になり、付き出した唇から変な声が漏れた。
「一時はブライト様に恋心を抱いた時もあったんだろ?捨てたのなら、それを拾って来い!ゴミでも何でも漁って拾いまくれ!」
「ふごごふみ~(それは無理~)」
「離縁するにしろ、しないにしろ、一度話し合いは必要だろ?子供達の事もあるんだから」
「ふぐっ!」
子供の事を出せば一気に大人しくなるアウロア。
エルヴィンが手を離すと少し考える様に頬に手を当て「取り敢えず子供達に話してみるわ」と、部屋の外に居る侍女に子供達を呼んでくるよう指示をした。
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