竜帝と番ではない妃

ひとみん

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元義姉の様子に、ほんの少しだけ心が軽やかになり、アーンバル帝国へ帰るために国境沿いの町に立ち寄った時だった。

一目惚れなのだろう。

そう自覚した瞬間から、彼女を手に入れる事しか考えられなくなってしまった。
『番』ではなく、誰かを好きになっただけでも、これほどの独占欲を発揮するのだ。
この状態で『番』などが現れてしまったら、心が壊れてしまうのは必至だろう。青年の兄の様に。

青年はどうしても彼女が欲しかった。
だからこそ、すべて包み隠さず告白した。
自分は竜人族で『番』で問題を起こした男の弟である事。
そして、人族と竜人族との寿命が違う事。
それでも、自分と添い遂げてほしい。誰よりも何よりも、愛しているのだと。
あまりにもの熱烈で粘り強い求愛に、娘は覚悟したようにそれを受け入れ結婚を決めた。

だが、運命は繰り返す。青年に番が現れる兆候が現れたのだ。

意味もなくそわそわし始め、何かに魅かれるようなそんな不安感が心を満たす。
兄から何度も聞いていた彼は、これが『番』が現れる兆候なのだと気づいた。
青年は妻を愛していた。一生閉じ込め誰にも会わせたくないと思うほど。
そんな気持ちを持ったまま、兄の様に本能に抗えなかったらと思うと、怖くて仕方が無い。
青年は堪らず、妻に打ち明けた。この気持ちが本能に押さえつけられるのが怖いのだと。妻を愛しているのだと。
だが、妻はすべて覚悟の上だと静かに笑った。
そして「あちらを選んでも、私はあなたを恨まないわ。だから、どうか苦しまないで」と抱きしめたのだ。

あぁ・・・やっぱり妻が好きだ。愛している。狂おしいほど愛してる・・・

この気持ちはきっと消える事はない。兄を見ていればわかる。
だから兄は苦しんでいるのだ。
自分はそんな事など耐えられない。妻を失うくらいならば・・・死んでしまった方がいい・・・・

そして青年は決意する。人族の妻に『竜芯』を与えようと。
竜人同士の婚姻には、互いの『竜芯』を交換しあう。それにより、万が一『番』が現れても何の反応も示さなくなるのだ。

実の所『番』がなかなか現れないのも、恋愛結婚の末『竜芯』を交換してしまうが為に、『番』の気配自体を消してしまっている事も要因の一つとされている。

『竜芯』とは竜人であれば誰もが必ず一つ持っている。例えるなら『心』が鱗の形で存在するようなモノと認識されていた。
だから『竜芯』を交換するという事は、己の心を与えてしまうくらい大切なのだと・・・最大級の求婚とされているのだ。
竜人同士ならば、互いに『竜芯』を持ち交換し合える。
だが、人族には『竜芯』は無いし、『番』という習性すらない。
何よりも、根本的に身体のつくりが違うのだ。
だから、人族に『竜芯』を与えた場合、どうなってしまうかわからなかった。
下手をすれば命を落とす可能性だってある。
それでも試さずにはいられない。『番』が現れなくても、妻は竜人族である自分を残し、先に逝ってしまうのだから。
『竜芯』で先に妻が逝っても、すぐ後を追うつもりの青年は妻に自分の『竜芯』を与えたのだった。

―――夫婦の願いを・・・その想いを・・・・主神セルティスが聞き届けてくれたのだろうか・・・

そう願う彼等に、奇跡が起きた。


愛しい妻の額に『竜芯』が現れたのだ。
夫はそれを受け取り、互いの寿命を分け同じ時を過ごせるようになった。
そして何より、『番』の気配が一切感じられなくなったのだった。
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