名も無き伯爵令嬢の幸運

ひとみん

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そして、あの日から一週間が経ち、今日は辺境伯様との顔合わせの日。
この一週間は、初めの一日二日は忙しかったが、伯爵家にいるよりは穏やかな日々をおくる事が出来た。

王宮に滞在の翌日には、本当に母方の祖父母と伯父がやってきて、私の元気な姿に安堵し抱き合って泣いた。
再会の感動もそこそこに、宰相と騎士を連れて伯爵家に乗り込み、絶縁状にサインをさせた。かなり無理矢理に。
王命にかなりごねっていたわ。それはそうよね、私が居なくなったら義妹が婚約者の相手をしなくてはいけないんだから。
だから、父にはこれまでお世話になったお礼をお伝えしたわ。

「これまでお世話になりました。私がいなくとも義妹は健康体ですから、子供もバンバン産むことができますわ。ただ・・・この家の血が受け継がれる事は無いかと思いますけど」
感謝の気持ちです、と義母に関する調査書を手渡して。
その後の事なんて、私は知~らない。

伯爵家と絶縁して、すぐに母の実家・・・こちらも伯爵なんだけど、伯父の養女として手続きを終え、これまでの事をお互いに報告し合った。
そして、義妹の結婚の話になると三人の表情は鬼のように険しくなった。
「何てこと・・・・あいつらが頭を下げるから、娘を嫁がせたというのに・・・」
「結局は、平民の女と別れていなかったですし。馬鹿にしてるわ!」
「血のつながらない愛人の娘可愛さに、実の娘を子を成す道具のように扱うなんて・・・っ!なんて馬鹿で間抜けなんだ!」
祖父母、伯父と人を殺さんばかりの表情で怒りを吐き出している。

今までそんな事を言ってくれる人など、一人もいなかった。
母が亡くなるまでは、母繋がりで色んな家の令嬢と付き合ってはいたが、母が亡くなってからは連絡すら取っていない。
恐らく、父と義母の所為もあるのだろう。祖父母や伯父とも連絡が取れなかったのだから。

素直に嬉しくて思わず三人に抱き着いた。
「辺境伯様はとても人情に厚く優しく公平な方だと聞く。きっと、大事にしてくれる」
「先頭に立って国境をお守りしていると聞きます。身分など関係なく、辺境伯領に住む者は皆家族だとおっしゃっているようですよ」
「俺も、何度かお会いし話をさせてもらった事があるけど、とても気さくな方だった」
「はい」
「だから、安心して嫁ぐといい」
「はい・・・」
「何かあれば、我が伯爵領に帰ってくるといい」
「は、い」
母が生きていた時以上に心強くて、恥ずかしい事にまたも泣いてしまった私。
そんな私の頭や背中を撫でてくれる彼等の手が優しくて、益々涙が止まらなくなってしまった。


そんな優しい日々が過ぎ、とうとう辺境伯爵様との顔合わせ。
ドレスは辺境伯様の瞳に合わせ青緑のドレス。私の瞳も灰色がかった緑色の瞳なのであまり違和感はない色だ。
そしてアクセサリーはシンプルに琥珀のネックレスとイヤリング。
辺境伯様の髪色が、金髪と言うより琥珀に近い色みたいなの。まぁ、私の髪色もほぼ黄色だし。なんか、全く同じではないけど近い色合いに、勝手に親近感を持ってしまうわ。

侍女の方達に、丁寧に磨かれ綺麗に着飾ってもらった。
「皆さまありがとうございました」
この感謝を何と伝えれば・・・となれば、やはりありきたりではあるけれど語彙力のない私では単純な言葉となってしまうのが、口惜しい。
でも、侍女の方達はにこやかに返してくれた。
「いいえ、お礼を言うのはわたくし達ですわ。お嬢様をこんなに綺麗に着飾る事が出来たんですもの。私共、普段は国王陛下の身の回りのお世話をしてますの。ですから、このように華やかなお仕事がしたくてしたくて、とても嬉しかったですわ」

え!?陛下の専属の方達!?

サーッと血の気が引いていく音が聞こえた気がする。
そんな私を見て彼女等は「そんなに畏まらないでください」と何でもない事のように笑った。
「それだけ辺境伯様の婚姻が重要だという事。そして辺境伯様の花嫁様となられる方に、何かあってはという事でもあるのです」

確かにこんなしがない娘っ子に、過分なほどに護衛騎士も付いていてくれて、王宮だからかな?と単純に思っていた。
でも、私の為じゃなくて辺境伯様の為であって、いや、えっと、婚約者となる私の為でもあって・・・・兎に角!それだけ辺境伯様の結婚が重要という事なのよね!
・・・・今更ながら、緊張してきた・・・私でいいのかなって・・・
今迄考えなかったのが不思議なくらい、私ってば自信満々?

いや多分、陛下を筆頭に侍女の方達や騎士の方達、そして新たに家族になった人達の温かい言葉に、余計な事を考える事無くこの日を迎える事ができたのだ。

これまでの環境と全く違う事に、戸惑いを覚えつつ胸に沸き上がるのは、やはり感謝の気持ち。
「ありがとう、ございます」

語彙力なくて本当にごめんなさい!そんな気持ちも込めてお礼を言えば、侍女の方々が嬉しそうに笑った。
「ふふふ、こちらこそありがとうございました。辺境伯様は本当に良い方なので、幸せになってくださいね」
なんだか涙が出そうになったけど、せっかく綺麗にしていただいたんだからと、ぐっと目を見開き上を見る。
そして「はい!」と笑顔で頷いた。


辺境伯様との面会は、両陛下を交えてのお茶会と言うスタイルでおこなう事になった。
私の目の前には、聞いていた通り金髪と言うよりはまるで琥珀の様な輝きの長い髪を綺麗にまとめて後ろで一本に結び、青緑の瞳はガラス玉のようにキラキラと美しい、険しい顔の男性が立っている。
確かに体は大きく、私も小柄な方ではないのに彼の胸くらいまでしかない。
その体格の良さと、鋭い目つきに少し怯んでしまったが、すぐに彼のどこか気遣う様な眼差しと瞳の美しさに、目を奪われてしまった。
思わず見つめ合ってしまうかのような私達に、陛下が嬉しそうに声を掛けお茶会が始まった。
そして、すぐに「後は若い者同士で」と、庭園に追い出されてしまったのだった。

初めはとても緊張していたけれど、遠慮がちに腕を差し出してくれたり、私の歩幅に合わせて歩いてくれる所、言葉少ないけれどとても気を使ってくれているのがわかって、好感しかない。
なのに庭のベンチに腰を下ろすと、改めて「自分でいいのか?」と言いながら、自虐ともとれる言葉を並べたてる辺境伯様に愕然とする。
何故この人は自分自身を悪く言っているのかわからなくて。
彼の低く落ち着いた声がとても好ましいのに、紡がれる言葉が最悪で私の表情も険しくなってきた。

「何故、自分をそんな風に貶めるのですか!」
気付けば感情のままに、大きな彼に食って掛かってしまった。
「他の誰かがそんな事を言ったのであれば、すべて忘れてください!会ってまだ少ししか経っていない私ですら、辺境伯様が優しくて気遣いのできる方だとわかります!」
令嬢らしからぬ、鼻息荒く怒る私に辺境伯様は綺麗な目を大きく見開いた。
だって、だって、誰かに言われたのか、自分を貶すけな言葉ばかり言うんだもの。
私の事だって、きっと陛下から聞いているはずなのに。
自分の事ではないけど、なんだか怒りがおさまらなくてぷんぷんしていると、辺境伯様がくしゃりと泣きそうな顔で笑い私の前に跪いた。

「私はこの通り見目も悪く口も悪い。性格は・・悪くはないと思うのだが、きっと気が利かない良い所が無い男かもしれません。だが、貴女を初めて見た瞬間から、私の心はあなたで満たされています。どうか、私と結婚してください」
見上げてくるその眼差しは、まさに捨てられた犬・・・・いや、熊さん。
レインフォード公爵夫人が「優しい熊さん」と言っていたのがよくわかった。

全身が心臓になってしまったかのように脈打ち、顔が熱い。嬉しくて嬉しくて、幸せで。
差し出された手を握り「よろしくお願いします」とやっと告げると、嬉し涙が溢れて止まらなかった。


辺境伯様の滞在は五日ほど。その間に婚約式を済ませた。
本来、婚姻は婚約から一年くらい間を開けるのが通常だが、「ここで全部済ませたら?」と陛下の鶴の一声で婚姻届けにも記入。
晴れて私も、人妻である。ふふふ・・・
だから辺境伯様が帰る時、私もついて行く事になった。当然だけど。妻だから。へへへ・・・

幸せだ。まさかこんな結末が待っているとは思わなかった。
この幸せにたどり着けたのも、全てレインフォード公爵夫人のおかげだ。
婚約、結婚が整った時点で公爵夫人にお礼のお手紙を書いた。
お返事はそっけない一言「幸せになりなさい」とだけ。でも、嬉しかった。

元家族の伯爵家がどうなったかだとか、私以外の令嬢がどんな処罰を受けたかは教えてもらえなかったけど、もう関係ない。

レインフォード公爵夫人に関わった令嬢達それぞれにとって・・・私のようにご褒美だったらいいなと、心の奥底で祈りながら辺境伯領へと向かった。








~蛇足~

*一人目令嬢の元実家は、最終的にはファラトゥールによって潰される予定です。
ガルーラ国内を整理している時に義妹の婚約者とガルーラ国貴族が繋がっていて悪事を働いている事が発覚したため、サクッと制裁を受ける予定です。

令嬢達のその後・・・全て王命・・・
*二人目令嬢は愛人の所に嫁がされます。愛妻家と名高かった男には他に五人もの愛人がおり、妻にバレて離縁。修羅場&社交界から抹殺されました。
*三人目、四人目令嬢は、新たに国交を結んだ国へ輿入れ前提の留学をします。二人とも、輿入れ前提という事を留学先で聞き絶望します。
しばらく経ってから、お互いレインフォード公爵邸に乗り込んだ事を知ります。そして、公爵が「自分の目の前に現れるな」と言う条件を出していた事を知り、これが処罰なのだとさらにショックを受ける事になります。


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