上 下
13 / 26

13

しおりを挟む
我がシュルファ国の紋章は真っ赤な牡丹ピオニーだ。
元々、わが国では見た目の鮮やかさや豪華さが好まれ栽培されており、薬としても使われていたので国花としてもお馴染み。
国を挙げてのお祭りの時には、その花びらを撒いて町中を色鮮やかに染め上げてくれる。
そして、クレーテ帝国の紋章は薔薇である。しかも白や赤ではなく、青い薔薇。
青薔薇はクレーテ帝国の皇城の庭にしか咲かず、国宝級扱いされており門外不出なのだ。
幻の花とも言われており、それは国花にも掲げられている。

クレーテ帝国から贈られてくる物には全て両国の紋章が刻まれている。
ドレスなど身に着ける物には、刺繍だったり生地に織り込んだり、ボタンなどの装飾品には刻まれている事が多い。
この度のドレスは、釦に刻まれていたのだ。

ドレスを盗んだ者は当然だが、盗んだ物を平気で着ているカレンもそこまでは気にも留めていなかったのだろう。
カレンの場合は一般常識がないから、何も気にしていないんだろうけど。
恐らく何が起きているのかいまだに理解していないカレンとは対照的に、国王と宰相、そして侍従長達は絶望的な表情をしている。
侍女達に至っては、気を失って倒れている者すらいた。
そんな奴らはそのまま放置。気絶したって逃げる事は出来ないんだからね。

「盗まれた物はドレスだけではありませんの。デルーカ帝国皇后陛下より頂いたネックレスも無くなっているのです。・・・あら?」
わざとらしく今気づいたかの様に、カレンの首元を見つめる。
カレン以外の人間は『まさか・・・』と言う表情で彼女の首元に注目した。

其処には派手な装飾はされてはいないが、親指大のマーキズ・カットされたルビーがぶら下がっていた。
宝石が納まっている台座はシルバーで、チェーンを通す部分にはサファイアでアイリスが模られている。

「アイリスはデルーカ帝国の国花でもあり、紋章でもあるんですのよ」

本当はカレンを見た時に直ぐに目に付いたのが、ネックレスだった。
その大きさや輝きは、私が身に着けている国宝のルビー『赤龍の涙』に引けをとらない物だから。
元々、デルーカ帝国は鉱山が多く多様な宝石が産出されており、『赤龍の涙』の故郷はデルーカ帝国なのだ。

私の一言で、国王は片手で顔を覆い、兄であるアルフは椅子から腰を浮かせカレンの着けているネックレスを凝視し、絶望的な顔で椅子に沈んだ。
そして「カレン・・・そのネックレスは、どうしたんだ?」と、力なく問いかけた。
このなんとも言えない空気を全く感じていないのか、彼女は嬉しそうに「頂いたんです!」と答えた。
「そのドレスをくれた人と、同じか?」
「いいえ」
「お礼を言わないといけないから、誰から貰ったのか教えてくれないか?」
「えぇ!勿論!」
そう言って上げていった名前は、私付きの侍女達とカレン付きの侍女数名だった。
「その人達からは、ネックレスとドレスだけを貰ったのかい?」
「いいえ、髪飾りやピアス・・・これ以外のドレスもくれたのよ。みんな、綺麗なのよ!」

カレンの言葉に、誰もが戦慄する。・・・・これほどまでに、常識が無かったのか、と。
彼女が口を開くたび、周りの人間を容赦なく不幸にしていく。当人は幸せそうな笑顔を振りまいているのに。

私はアイザックに合図を送った。
彼は頷き、近くに居た騎士に指示を出した。当然、騎士もアイザックの部下だ。
「すぐさまカレン伯爵令嬢の部屋へ行き、ベアトリス様の部屋から盗まれた物があるかミラと共に確認してくるように」
「はっ」
「承知しました」
ミラと数人の騎士が食堂を出ていった。
当然、それを見たカレンが騒ぎ出す。
「私の部屋で何をしようとしているの!?勝手に入らないで!!」
彼等の後を追おうとするカレンを、アルフが止めた。
「カレン、止めろ!・・・・もう、止めてくれ・・・」
「お兄様?だって・・・」
「カレン、今お前が身に着けている物は、全て盗品だ」
「盗品?」
「そうだ。ベアトリス殿下の部屋より盗まれた物だ」
「え?私に気のある貴族がくれたんじゃないの?だって、ドローレス達が言っていたもの」
ドローレスとはカレン付きの侍女で、先ほどカレンが名前を挙げた中で一番最初に出てきた人物。カレンに傾倒していた人間の一人でもある。
「サットン伯爵令嬢は信頼しているからと、一介の侍女が買えるはずもない高価なドレスや宝石を貴女に渡しても、何の疑いも持たなかったのですか?」
「だ・・・だって、貰いものだって・・・」
「誰からなのかも追及しなかったのですか?」
「・・・・だって、だって・・・」
味方である兄から事実を明かされ、常識的な事を私から詰問され、ようやくただ事ではないと感じてきたようだ。

「信頼しているからと言って、それは全て正義だとは限らないのですよ」

そう言って私が入り口に目を向けると、ゆっくりと扉が開く。
そしてそこには最後のカードとなる、ダリウス国王の弟でもあるブラッドリー・シュナイダー公爵が立っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完]僕の前から、君が消えた

小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』 余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。 残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。  そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて…… *ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

【完結】王子妃教育1日無料体験実施中!

杜野秋人
恋愛
「このような事件が明るみになった以上は私の婚約者のままにしておくことはできぬ!そなたと私の婚約は破棄されると思え!」 ルテティア国立学園の卒業記念パーティーで、第二王子シャルルから唐突に飛び出したその一言で、シャルルの婚約者である公爵家令嬢ブランディーヌは一気に窮地に立たされることになる。 シャルルによれば、学園で下級生に対する陰湿ないじめが繰り返され、その首謀者がブランディーヌだというのだ。 ブランディーヌは周囲を見渡す。その視線を避けて顔を背ける姿が何人もある。 シャルルの隣にはいじめられているとされる下級生の男爵家令嬢コリンヌの姿が。そのコリンヌが、ブランディーヌと目が合った瞬間、確かに勝ち誇った笑みを浮かべたのが分かった。 ああ、さすがに下位貴族までは盲点でしたわね。 ブランディーヌは敗けを認めるしかない。 だが彼女は、シャルルの次の言葉にさらなる衝撃を受けることになる。 「そして私の婚約は、新たにこのコリンヌと結ぶことになる!」 正式な場でもなく、おそらく父王の承諾さえも得ていないであろう段階で、独断で勝手なことを言い出すシャルル。それも大概だが、本当に男爵家の、下位貴族の娘に王子妃が務まると思っているのか。 これでもブランディーヌは彼の婚約者として10年費やしてきた。その彼の信頼を得られなかったのならば甘んじて婚約破棄も受け入れよう。 だがしかし、シャルルの王子としての立場は守らねばならない。男爵家の娘が立派に務めを果たせるならばいいが、もしも果たせなければ、回り回って婚約者の地位を守れなかったブランディーヌの責任さえも問われかねないのだ。 だから彼女はコリンヌに問うた。 「貴女、王子妃となる覚悟はお有りなのよね? では、一度お試しで受けてみられますか?“王子妃教育”を」 そしてコリンヌは、なぜそう問われたのか、その真意を思い知ることになる⸺! ◆拙作『熊男爵の押しかけ幼妻』と同じ国の同じ時代の物語です。直接の繋がりはありませんが登場人物の一部が被ります。 ◆全15話+番外編が前後編、続編(公爵家侍女編)が全25話+エピローグ、それに設定資料2編とおまけの閑話まで含めて6/2に無事完結! アルファ版は断罪シーンでセリフがひとつ追加されてます。大筋は変わりません。 小説家になろうでも公開しています。あちらは全6話+1話、続編が全13話+エピローグ。なろう版は続編含めて5/16に完結。 ◆小説家になろう4/26日間[異世界恋愛]ランキング1位!同[総合]ランキングも1位!5/22累計100万PV突破! アルファポリスHOTランキングはどうやら41位止まりのようです。(現在圏外)

【完結】婚約破棄!! 

❄️冬は つとめて
恋愛
国王主催の卒業生の祝賀会で、この国の王太子が婚約破棄の暴挙に出た。会場内で繰り広げられる婚約破棄の場に、王と王妃が現れようとしていた。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

痛みは教えてくれない

河原巽
恋愛
王立警護団に勤めるエレノアは四ヶ月前に異動してきたマグラに冷たく当たられている。顔を合わせれば舌打ちされたり、「邪魔」だと罵られたり。嫌われていることを自覚しているが、好きな職場での仲間とは仲良くしたかった。そんなある日の出来事。 マグラ視点の「触れても伝わらない」というお話も公開中です。 別サイトにも掲載しております。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

処理中です...