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その日アイザックは、城外に居る間者からの情報を得るために町に出ていた。
ベアトリスには常にミラが付いているとはいえ、何が起きるかわからない不安から足早で王宮の廊下を進んでいた。その時だった。
突然目の前に、人が倒れ込んできたのは。
襲撃か!?と、一瞬、剣に手を掛けるがそこに転がっていたのは、件の仮病令嬢だった。
はぁはぁ、と肩で息をし顔を赤く染めていて、いかにも走ってきましたというような様相。
・・・なんだ、こいつか。びっくりさせんじゃねぇよ。
嫌悪感から眉を寄せ見下ろせば、ちょうど顔を上げたカレンと目が合い、何故か彼女はうっとりしたように目を細めた。
そんなカレンの事など無視し、通り過ぎようとすると慌てたように彼女が声を上げた。
「お、お待ちください!」
あぁ・・・とんでもねぇ奴に掴まっちまった・・・
心の中でごちながら、大きな溜息を吐きつつ振り返った。
「何か用か?」
アイザックが反応した事に気を良くしたカレンは嬉しそうに手を伸ばした。
「私、身体が弱く時折このように発作を起こしてしまうのです。どうか、私の部屋まで運んでいただけないでしょうか?」
―――はぁ?発作をおこすんなら、何で一人で出歩いてんだ?
「いや、身体が弱いんなら何故一人で出歩いてるのか、わからないんだけど」
イラついて敬語すらぶっ飛び、思わず素でかえすアイザック。
「今日は調子が良くて、ついついはしゃいでしまって・・・」
「はぁ?」
何言ってんだ?コイツ・・・・
「それに、とてもお天気が良くて、何か良い事がある様な気がして・・・そうしたら・・・・」
そこまで言って、アイザックに媚びるような視線を向けてきた。
え?今日は曇ってるよな?それにコイツ、国王狙いじゃなかったのか?
カレンから向けられる視線はシュルファ国にいた時から、常に向けられていたものと同じだった。
媚びるような、粘着質で不快極まりないそれに、眉間の皺が深くなっていくのが自分でもわかる。
そんなアイザックの気持など知る由もないカレンは、まるで神経を逆撫でするかのように言葉を続けていった。
「きっと、貴方様に会える予感がしていたのかもしれませんわ。こうして具合が悪くなったのが貴方様の前で・・・運命だと思いませんか?」
思わず無表情になるアイザック。
「貴方様がシュルファ国の王女の護衛だと分かっています。・・・・こんな事は言いたくないのですが、私、王女から嫌がらせされているんです・・・」
そう言いながら、目に涙を溜めはじめた。
走って息が整わないうちに、一気にしゃべりだすから苦しくて涙目になっているのだろう・・・と、アイザックは分析する。
「私がダリウス陛下に良くして頂いているから、面白くないのだと思います。初日から倒れてしまって、陛下を独占してしまったから・・・」
しおらしく涙を流してはいるが、あの時は『陛下でなきゃ嫌だ!』と駄々をこねて引き離したくせに、何を言っているのか。
アイザックは苛立たしさより、不思議な生物でも見るような目つきで見下ろした。
「今では、陛下とは一度もお会いできていないとか・・・私には毎日のように時間を作って会いに来てくださるのに。きっと、その事にも気分を害しているのでしょう」
いや、それはお前のバカ兄が仕組んでる事だろうが・・・と思うが、此処で全てを暴露するわけにはいかない。
最終日の計画に支障をきたしてしまう。
どうしたものかとカレンを見れば、断る事などあり得ないという様な自信に満ちた目でアイザックを見ていた。
―――あぁ、無視しよ。
あまりのバカっぽい言い訳に、アイザックは踵を返す。大切な主を待たせているのだから。
アイザックが一歩踏み出したその時、又も「お待ちください!!」と大声で引き留めた。
面倒くさいと言う表情丸出しで「だから、何!?こっちは急いでるんだけど!」と語気を強めて睨み付ければ、恐れるどころか慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「あぁ、アイザック様・・・お可哀想に。王女に権力で縛られているのですね。この婚姻も王女の我侭を押し通したものだと聞いています。どうかこのまま私と共にいらしてください。貴方様をあの我侭で傲慢な悪女から救って差し上げます!」
そう言いきると、悦に入った様にアイザックを見上げた。
―――なに?コイツ。女優にでもなった気でいるのか?
それにしてもムカつく。大切な人を悪女呼ばわりするとは・・・・
「言いたい事はそれだけか?」
これまでうっとりと自分自身に酔う様に囀っていたカレンだったが、まるで首元に刃物でも突きつけられたかの様なアイザックの言葉の冷たさに、ぴたりと口を閉じる。
「まずは、格下である伯爵家のお前がベアトリス様の事を王女と呼ぶな。あのお方は今、この国の王妃だ。王妃殿下と呼べ。あと、あのお方の側に居るのは俺の意思だ。俺はあのお方だけに忠誠を誓っている。伯爵家令嬢風情のお前にとやかく言われる筋合いはない」
カレンは何を言われているのか理解できていない顔をしていたが、その意味を理解すると、次第にその表情が醜く歪み始めた。
「あんたも一応貴族の令嬢なんだったら、礼儀作法や常識を勉強しとけよな。その空っぽでペンペン草しか生えていない頭でも、親のおかげで貴族籍に連なってるんだ。くだらない事ばかり喋ってないで、貴族としての務めを一つでも果たしてみたらどうなんだ」
「は・・伯爵家風情・・・なんて、なんて無礼なの!!」
「無礼なのはあんただろ。あんたは、国王や王妃よりも身分が上だとでも思っているのか?たかが伯爵令嬢のくせに」
「な、な、なにを・・・私にそんな生意気な口を利いていいとでも思っているの!?」
「駄目なのか?」
「ダリウス陛下とお兄様に訴えてやるんだから!あんたなんて、お兄様に罰せられて牢獄行きよ!それが嫌なら、私に従いなさい!!」
あまりの馬鹿さ加減に、思わずため息が漏れる。
「あんたに何一つ力も権限もない癖に、権力者ぶるのは止めろ。あんたが陛下や宰相に訴えた所で、何もおきやしない」
「そんな事無いわ!お兄様は誰よりも偉くて権力を持っているのよ!それに従わないなんて、反逆罪と同じなのよ!」
―――ホント、何言ってんの?コイツ・・・・
自分で言ってる事、わかっているのか?責任とれるのか?
これ以上話しても時間の無駄だと、アイザックは今度こそ踵を返し未だ自分に従えと煩く囀るカレンをそのままに、ベアトリスの元へと急いだのだった。
同じ空気すらも吸いたくもなくて、足早にその場を後にしたアイザックは知らない。
立ち去ったアイザックを、カレンが口汚い言葉で酷く罵り、彼が見えなくなってから悔しそうにガンガンと足を鳴らしながら、肩を怒らせものすごい勢いでその場を立ち去っていった。
―――それを物陰に隠れ、一部始終をメイド数人が目撃していた事を。
そして、カレンをよく思わない使用人の間では、彼女を簡単に袖にしたアイザックが勇者扱いされてしまっている事を。
ベアトリスには常にミラが付いているとはいえ、何が起きるかわからない不安から足早で王宮の廊下を進んでいた。その時だった。
突然目の前に、人が倒れ込んできたのは。
襲撃か!?と、一瞬、剣に手を掛けるがそこに転がっていたのは、件の仮病令嬢だった。
はぁはぁ、と肩で息をし顔を赤く染めていて、いかにも走ってきましたというような様相。
・・・なんだ、こいつか。びっくりさせんじゃねぇよ。
嫌悪感から眉を寄せ見下ろせば、ちょうど顔を上げたカレンと目が合い、何故か彼女はうっとりしたように目を細めた。
そんなカレンの事など無視し、通り過ぎようとすると慌てたように彼女が声を上げた。
「お、お待ちください!」
あぁ・・・とんでもねぇ奴に掴まっちまった・・・
心の中でごちながら、大きな溜息を吐きつつ振り返った。
「何か用か?」
アイザックが反応した事に気を良くしたカレンは嬉しそうに手を伸ばした。
「私、身体が弱く時折このように発作を起こしてしまうのです。どうか、私の部屋まで運んでいただけないでしょうか?」
―――はぁ?発作をおこすんなら、何で一人で出歩いてんだ?
「いや、身体が弱いんなら何故一人で出歩いてるのか、わからないんだけど」
イラついて敬語すらぶっ飛び、思わず素でかえすアイザック。
「今日は調子が良くて、ついついはしゃいでしまって・・・」
「はぁ?」
何言ってんだ?コイツ・・・・
「それに、とてもお天気が良くて、何か良い事がある様な気がして・・・そうしたら・・・・」
そこまで言って、アイザックに媚びるような視線を向けてきた。
え?今日は曇ってるよな?それにコイツ、国王狙いじゃなかったのか?
カレンから向けられる視線はシュルファ国にいた時から、常に向けられていたものと同じだった。
媚びるような、粘着質で不快極まりないそれに、眉間の皺が深くなっていくのが自分でもわかる。
そんなアイザックの気持など知る由もないカレンは、まるで神経を逆撫でするかのように言葉を続けていった。
「きっと、貴方様に会える予感がしていたのかもしれませんわ。こうして具合が悪くなったのが貴方様の前で・・・運命だと思いませんか?」
思わず無表情になるアイザック。
「貴方様がシュルファ国の王女の護衛だと分かっています。・・・・こんな事は言いたくないのですが、私、王女から嫌がらせされているんです・・・」
そう言いながら、目に涙を溜めはじめた。
走って息が整わないうちに、一気にしゃべりだすから苦しくて涙目になっているのだろう・・・と、アイザックは分析する。
「私がダリウス陛下に良くして頂いているから、面白くないのだと思います。初日から倒れてしまって、陛下を独占してしまったから・・・」
しおらしく涙を流してはいるが、あの時は『陛下でなきゃ嫌だ!』と駄々をこねて引き離したくせに、何を言っているのか。
アイザックは苛立たしさより、不思議な生物でも見るような目つきで見下ろした。
「今では、陛下とは一度もお会いできていないとか・・・私には毎日のように時間を作って会いに来てくださるのに。きっと、その事にも気分を害しているのでしょう」
いや、それはお前のバカ兄が仕組んでる事だろうが・・・と思うが、此処で全てを暴露するわけにはいかない。
最終日の計画に支障をきたしてしまう。
どうしたものかとカレンを見れば、断る事などあり得ないという様な自信に満ちた目でアイザックを見ていた。
―――あぁ、無視しよ。
あまりのバカっぽい言い訳に、アイザックは踵を返す。大切な主を待たせているのだから。
アイザックが一歩踏み出したその時、又も「お待ちください!!」と大声で引き留めた。
面倒くさいと言う表情丸出しで「だから、何!?こっちは急いでるんだけど!」と語気を強めて睨み付ければ、恐れるどころか慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「あぁ、アイザック様・・・お可哀想に。王女に権力で縛られているのですね。この婚姻も王女の我侭を押し通したものだと聞いています。どうかこのまま私と共にいらしてください。貴方様をあの我侭で傲慢な悪女から救って差し上げます!」
そう言いきると、悦に入った様にアイザックを見上げた。
―――なに?コイツ。女優にでもなった気でいるのか?
それにしてもムカつく。大切な人を悪女呼ばわりするとは・・・・
「言いたい事はそれだけか?」
これまでうっとりと自分自身に酔う様に囀っていたカレンだったが、まるで首元に刃物でも突きつけられたかの様なアイザックの言葉の冷たさに、ぴたりと口を閉じる。
「まずは、格下である伯爵家のお前がベアトリス様の事を王女と呼ぶな。あのお方は今、この国の王妃だ。王妃殿下と呼べ。あと、あのお方の側に居るのは俺の意思だ。俺はあのお方だけに忠誠を誓っている。伯爵家令嬢風情のお前にとやかく言われる筋合いはない」
カレンは何を言われているのか理解できていない顔をしていたが、その意味を理解すると、次第にその表情が醜く歪み始めた。
「あんたも一応貴族の令嬢なんだったら、礼儀作法や常識を勉強しとけよな。その空っぽでペンペン草しか生えていない頭でも、親のおかげで貴族籍に連なってるんだ。くだらない事ばかり喋ってないで、貴族としての務めを一つでも果たしてみたらどうなんだ」
「は・・伯爵家風情・・・なんて、なんて無礼なの!!」
「無礼なのはあんただろ。あんたは、国王や王妃よりも身分が上だとでも思っているのか?たかが伯爵令嬢のくせに」
「な、な、なにを・・・私にそんな生意気な口を利いていいとでも思っているの!?」
「駄目なのか?」
「ダリウス陛下とお兄様に訴えてやるんだから!あんたなんて、お兄様に罰せられて牢獄行きよ!それが嫌なら、私に従いなさい!!」
あまりの馬鹿さ加減に、思わずため息が漏れる。
「あんたに何一つ力も権限もない癖に、権力者ぶるのは止めろ。あんたが陛下や宰相に訴えた所で、何もおきやしない」
「そんな事無いわ!お兄様は誰よりも偉くて権力を持っているのよ!それに従わないなんて、反逆罪と同じなのよ!」
―――ホント、何言ってんの?コイツ・・・・
自分で言ってる事、わかっているのか?責任とれるのか?
これ以上話しても時間の無駄だと、アイザックは今度こそ踵を返し未だ自分に従えと煩く囀るカレンをそのままに、ベアトリスの元へと急いだのだった。
同じ空気すらも吸いたくもなくて、足早にその場を後にしたアイザックは知らない。
立ち去ったアイザックを、カレンが口汚い言葉で酷く罵り、彼が見えなくなってから悔しそうにガンガンと足を鳴らしながら、肩を怒らせものすごい勢いでその場を立ち去っていった。
―――それを物陰に隠れ、一部始終をメイド数人が目撃していた事を。
そして、カレンをよく思わない使用人の間では、彼女を簡単に袖にしたアイザックが勇者扱いされてしまっている事を。
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