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シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。
ようやく入手にしたを手に、安堵した様に息を吐くと、侍女のミラが感慨深そうに覗き込んできだ。
「トリス様、ようやくですね」
「えぇ、本当に」
主人と使用人という関係ではあるが、幼い頃からずっと一緒だったミラ。誰もいない所では、愛称で呼ぶ事を許した数少ない大切な人だ。

そんなミラも、自分の事のように喜んでくれるのは、私が手に持つ神殿が発行してくれた離縁届。
この国では、結婚してから半年後に離縁できる。
アルンゼン国以外では、最低でも一年は離縁できないのに。
だが、この国では条件は付けられるけれど、最短期間で離縁が可能なのだ。
私にとっては幸運としか言いようがない。

昨日でちょうど結婚してから半年。
白い結婚である事が条件ではあるが、肉体関係が無い事を認定してもらうために、最低でも二月ふたつきに一度は神殿に行って神官と面接をしなくてはいけない。
それは貴族だろうが、平民だろうが、ましてや王族だろうが関係ない。私は毎月通っていたけれどね。
身の上を明かすのだから、私が誰なのかも知っているだろうけど、彼等はとっても口が堅い。当然の事だが、信用第一なのだから。
それに王家と神殿には其々の役割がある為、それなりに距離を保っているらしい。犯罪まがいの事でもない限りは、情報共有はしていないようだ。
だから私が離縁に動いている事も、あちらには伝わっていない。と言うか、伝えないようお願いしていた。

まぁ、それなりに水面下での取引はあったけどね。神殿だからって綺麗なだけじゃないって事よ。

処女かどうかの判断は、神殿にある神力が籠った水晶に手を翳し判定される。
処女であれば銀色の光が、非処女であれば赤い光が発せられるのだ。
私が触ればいつも銀色に光る水晶。当然だ。何故なら、初夜から放っておかれ見向きもされない王妃なのだから。

「トリス様。そろそろ晩餐会の時間ですわ」
ミラがいつもより何倍も美しく、私を着飾らせてくれた。
銀色の髪は緩やかにそして複雑に編み込まれ、瞳の色と同じルビーで出来た小花を散らす様に髪に飾れば、光の加減でキラキラと輝いている。
雫型のピアスとネックレスもルビーで、シンプルなデザインながらも、その大きさと鮮やかな色、透明度は高級感を漂わせていた。というか、シュルファ国の国宝なのだから当然である。
エンパイアラインのドレスは、首から胸元、両袖は金糸と銀糸の刺繍が入ったレースに覆われ、裾にも見事な刺繍が施されている。
「流石ミラだわ。いつも以上に綺麗で嬉しいわ」
「当然です!女神の如き美しさに、愚かなこの国の者どもが平伏すのが目に見えますわ!」
「ふふふ、ありがとう」
「いいえ。最後にあいつらをぎゃふんと言わせたいですからね!」
「えぇ、そうね。こんな生活も今日でおさらばかと思うと、せいせいするわ。ところで、荷造りは完了してるわね?」
「はい勿論。第一陣は先日出立しております。明日の出立分は兄が既に馬車の中に積んでますわ」
ミラのいう兄とは、私の護衛のアイザック・クルス。ミラとは兄妹で、五才年上で私達の保護者の様な存在だ。
そして彼は故郷でもあるシュルファ国では、私の護衛であると共に諜報部隊の統括でもあった。
この国での離縁の事を調べてくれたのも彼だ。

そう、この城の中での実質的な味方はクルス兄妹しかいない。
私の周りにいる人間は、全てが敵である。
間者としてこの国に潜伏している者はいるけれど、間接的な協力になる。公になると国家問題に発展するからね。
まぁ、この国の人間が一国の王女にしてきた事は、それこそ国家問題なのだが。
でも、それも今日で終わり。正確には明日には私達三人はここを出ていくのだから。

嫁いできて夫だった国王と、最初で最後の晩餐。

今晩で、全て終わらせる・・・・

グッと拳を握りしめ気合を入れていると、アイザックが戻ってきた。
「アイク、お疲れ様。首尾はどう?」
「全て順調だよ、ビー」
ミラと同じく、互いを愛称呼びするほどに信頼し大切な人でもあるアイザック。
頭を動かす度サラサラと揺れる群青色の短めの髪に、紺碧の瞳。
美しいその容姿は、シュルファ国でも断トツの人気だった。
仕事柄、冷血漢れいけつかんに見られているが、実は甘い物が大好きで、懐に入れた人間に対しては何処までも面倒見がいい。
それを知る諜報部隊の部下達には、ドン引きするくらい慕われて・・・いや、どちらかと言えば愛されている。
「兄様!敬称を忘れてますわ!いくら愛称呼びを許されているとはいえ・・・」
そんな兄に苦言を呈する妹ミラは顔の作りは似ていて美少女だが、黄色みがかった茶色の髪に茶色の瞳と、ぱっと見では兄妹とは気付く者は少ない。
ミラは父親似で、アイザックは母親似だ。顔の作りは二人とも母親に似て良かったと思う。
性格はとても優しいのだが、武人の父親はどちらかと言うと全てがごつかったから。

「いいのよ、ミラ。あなたも私の事はトリスと呼んでくれていいのよ?」
「いいえ!親しき仲にも礼儀あり、です。兄様もビー様とお呼びなさいませ!」
「えぇ、ビー様なんて・・・私の方が嫌かも・・・」
「だそうだよ、ミラ。―――それよりも、今日のビーはいつにも増して綺麗だね」
眩しそうに目を細めながら、私を褒めてくれるアイザック。そしてミラ。
彼等はいつもこうやって私を喜ばせてくれる。自国にいた時も、この国に嫁いでからも。ずっと、ずっと、何も変わらずに。
だからこそ、自ら選択したとはいえ、理不尽極まりないこの国での生活も笑って乗り越え、今日を迎える事が出来たのだ。
一人だったらきっと地獄だったに違いない。

「ありがとう、アイク。貴方も素敵だわ」
いつもの騎士服ではなく、シュルファ国王女近衛騎士の正装に身をつつみ、私をエスコートしてくれるのだ。
ほんの少し緊張していたが、いつもと変わらない彼の態度に安堵したからか、ようやく肩の力が抜けていく。
自分が思っていたよりも緊張していた事に、苦笑を漏らせばミラが心配そうに顔を覗き込んできた。

本当に、よく見てるわね・・・ありがたいわ。
ちょっとした表情や態度の変化なんて、この二人にはあっという間に看破されてしまうのだから、おちおち隠し事もできやしないのよね。
でもそれがとても嬉しい。

差し出された手をそっと握り返せば、全てが上手くいきそうな気がしてくるのだから面白いものだ。

「それでは、行きますか!」

この国ごと潰しにかかるつもりで、三人は気合を入れ直したのだった。
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